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 帰宅しました。


 夜道は危険ですが、僕は男子なのでそれなりに安全です。一部の人からは、暗い夜道こそ僕は危険だと苦言を呈されますが、心から男子の僕を襲おうとする変態なんて、それはもう本当に真の変態でしょうし、そんな変態さんには、十五年ちょっと生きていて、幸運にも遭遇したことはございませんので、たくさん存在するものでもないのでしょう。


 帰宅した僕は、ご飯、お風呂、歯磨きを済ませ、自室です。


 パジャマ姿で自室です。


 ベッドでゴロゴロです。


 お風呂上がりって、どうしてこんなにも脱力してしまうのでしょうね。心地よい脱力感を覚えながら、ベッドに横になって、格好良い主人公が活躍する小説を読んでます。


 個人的に、ハードボイルドな主人公が好きです。一度で良いから、言ってみたいですねえ。『後退? おいおい俺は真っ直ぐ前進したんだぜ? しかも敵に背を向けたまま』——と。ニヒルに笑い飛ばし、一見すると格好悪いことでも、さも格好良く言える人間になりたいものですなあ。


 まあ、そんなことを言うシチュエーションは、高校生にはなかなか(まったく?)訪れることはないのかもしれませんが。仮に僕が異能力者で、組織を相手に戦ったりしていれば、そのような展開もあるのやもしれませんが、僕は異能力者じゃあないので。


 ふーむ。しかしそう考えてみると、現実に存在する格好良い男子が言えそうな、格好良い台詞セリフって、どのようなものがあるのでしょうか。


 物語の中でのハードボイルドな主人公ではなく、現実を生きる男が言える、一番格好良い台詞——果たしてどのような言葉なのか。


 これは難しい問題ですね。


 作中ならばまだしも、こと現実になると、難易度は爆上がりです。まず言えるシチュエーションすらも限られてしまいます。人生でそう何度も何度も訪れるものではありませんでしょうからね。


 どんなことを言えば格好良いのでしょうか?


 ちょっと考えてみます。レッツ、シンキングタイムです!


「んー」


 普段いっさい涙を見せないのに、でもふと嬉し泣きしちゃった女の子を相手に——普段泣かないお前を泣かせるのは、俺の役目かよ。やれやれ。参ってしまうぜ。


 とかどうでしょう。言える場面はいつなんだ感はありますが、格好良いと思います。あとは、うーん。


 運命って残酷だよな。こうして俺とお前が出逢ってしまった。神様もタチが悪いぜ——これに関しては、シチュエーションすらも思いつきませんが、なんかカッケェです。


 果たして僕が言えそうな台詞ってあるんでしょうか?


 格好良い言葉が似合うかはさておき、言えそうな台詞……。


「僕はあなたが嫌いだ。そんな僕だからこそ、僕はあなたを——誰よりも愛している……」


 くう〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!


 ちょっと言ってみるだけ言ってみたら、思いのほか恥ずかしいです!


 足バタバタさせちゃいます。バタバタさせながら、はっ、と。ふと気づきましたのは、ひょっとして少女漫画は格好良い男子の聖書バイブルなのではないでしょうか——ということに気づきました。


 しかしこんな姿を——ひとりで呟いて勝手に照れて恥ずかしくなり足をバタバタしているところを——妹の軌柞きいすちゃんに見られたら大変です。きっと心底馬鹿にされるでしょう。


「ベッドでもだえて、なにしてんだ、兄貴ちゃん……?」


「って! いるー!?!?」


 軌柞ちゃん居ました。なぜか僕の部屋の出入り口に、立っています。きちんとドアは閉めていたのに、開いてます。


「どうしたんだい、軌柞ちゃん。お兄ちゃんに何か用事かな?」


「口調おかしくなってんぜ、兄貴ちゃん。そんなんじゃ、さっきの独り言みてえなこと、一生言えねえぜ?」


「ぎゃー!」


 聞かれてましたあ! 僕は妹に、一生いじられるきっかけを与えてしまいましたあ!


「ノックしてよ! 軌柞ちゃん!」


「ノックしたぜ? 兄貴ちゃん?」


「え、ほんとに……?」


「うん。小指で」


「それしてないよ!? ノックって言えないよ!? こぶしを丸めてドアを叩いてよ!?」


「おいおい兄貴ちゃん。俺が拳を丸めてドアを叩いたら、ドアをノックアウトしちまうぜ?」


「なんでちょっと格好良く嘘つくの……?」


「格好良いか? いまの」


「ちょっとだけね」


 ちょっとだけです。あくまでちょっとだけ、格好良いと思ってしまったのです。


「……で、軌柞ちゃん、なんのよう?」


 さておき。さておきさておき。ともかくさておき。


 なんの用事もなく、単にお兄ちゃんの部屋を覗き見しているような妹ではありません(と信じています)ので、僕は軌柞ちゃんがやって来た理由を聞きます。


「兄貴ちゃん、リビングに置きっぱなしだったぜ」


 ほい——っと。


 雑にベッドに向けてリリースされたのは、僕のスマホでした。どうやら軌柞ちゃんは、僕がリビングに置き去りにしたスマートフォンをわざわざ届けてくれたようです。ベッドで本体からだを打ち付けたスマホは、軽くはずみ、沈黙しました。


 結構リビングにスマホを忘れがちな僕で、普段ならそのまま、翌日まで放置してしまう僕ですし、翌日まで放置する妹なのですが、なぜ今日このタイミングに限って、届けようとする優しさが芽生えてしまったのでしょうか。


 間の悪い妹です。


 置き去りにした僕の自業自得かもしれませんが——と。そんなことを思っていると、どうやら軌柞ちゃんが届けてくれたことにも、理由があるみたいです。


「なんか連続してメッセージ届いたみたいだから、この俺がわざわざ重い腰をあげて持って来てやったんだ、兄貴ちゃん。お礼にキスのひとつでもしてくれたって良いんだぜ?」


「しないよ。なぜ妹へのお礼がキスなの。感謝の言葉で満足してよ」


 たぶん、遠回しに僕をいじっているんですね。


 格好良い台詞とか、おそらく独り言すらも聞かれていたのかもしれません。僕をいじるきっかけを、がっつり手にした軌柞ちゃんは、遠回しにちくちくいじってきているのでしょう。


 くそう……。お兄ちゃんなのに……。


 お兄ちゃんなのに、なんて恥ずかしいところを見せてしまったのでしょうか……ガッデムです。


「スマホ……ありがと」


 とりあえず、感謝の気持ちは、言葉にしておきましょう。しておくついでに、僕のあれこれも横に置いてくれれば儲けもんです。


「おう。メッセージ確認しとけよ、兄貴ちゃん」


 そういえば連続してメッセージが届いていた、とか。はてさて、どなたでしょうか。


 僕がスマホを手に取るころには、軌柞ちゃんはドアを閉める動作に移っていました。


 このまま、フェードアウトしてくれれば、そのうちさっきの僕を忘れてくれるだろう、とか都合の良いことを思っていました——が、数センチ隙間を残し、軌柞ちゃんは、言いました。


「『僕はあなたが嫌いだ。そんな僕だからこそ、僕はあなたを——誰よりも愛している……』って。あはは! ウケんぜ兄貴ちゃん」


 そのまま笑い去った軌柞ちゃん。


 あーあ。妹に馬鹿にされることが、慣れっこになってきちゃってるなあ……僕。


 そんなことに慣れたくなかったんですが。


 ……しょぼーん。


「……………………」


 まあ、いいか。


 うん。まあいいです。


 こうやってすぐに切り替えれるくらい慣れっこになっちゃいましたが、気にしても仕方ないですし、落ち込むのも今更です今更。


 そんなことよりも、メッセージを確認しましょうか。


 送り主は——えっと。知らないID。


「だれだろ……?」


 アプリを開くと、名前が表示されて、正体が判明します。


 とは言え、メッセージ内容から、正体は判明していたのですがね。メッセージ内容は、次のようなものでした。


『あたしはレズじゃなくて、可愛い女の子がくっついたりしているのが好きなだけだよ』


 と、一通目。


『美少女と美少女が密着しているのが好きなだけ』


 と、二通目。


『そこにあたしが加わりたいとは、思わないの』


 と、三通目。


『だからあたしはレズじゃなくって、百合を愛する先輩なのさ!』


 と、四通目。


『あ、斎姫さいきちゃんのIDは、色星いろせさんから聞いたんだよー』


 と、五通目。


『とまあ、こんな先輩だけど、これからもよろしくねー、おとこのコ♡』


 と、六通目。これが最後のメッセージでした。


 ハートついてます。けれど、ハートで勘違いしてしまうほどの僕ではありません。


 気になるとすれば、ハート前の『おとこのコ』ですね。


 男の子——男子としての意味ならば、それは僕にとって褒め言葉にも等しいものですが、このニュアンスではきっと別の意味かと。


 たぶんあれですね。


 男の娘——ですね。


 さんざん物語の作中なら格好良い台詞、とか、そんなことを考えていた僕は、当たり前ですが異能力者のような非現実な存在ではありません。しかし、残念ながら、この見た目は、ある意味で非現実的なものなのだろう——と。


 おとこのコというワードが、僕にそう思わせたのでした。


 いや。


 僕だって男らしくなりたいんですよ?


 本当ですよ?


「もう寝よっかなー」


 なんか現実逃避するような感覚で、僕は寝ることにしました。


 返信は、しなくても良い感じの内容でしたので、既読スルーで、じゃあおやすみです。


 ぐすん。

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