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「でかいわね」


 なぜか僕一人でこなす予定だったミッションに、熊猫くまねこさんが着いてきました。


 なぜ着いて来たのか尋ねてみると、


「別に人見知りではないけれど、わたしを初対面の年上相手に放置するなんて、それはもう、雪だるまを火山に置くようなものよ。わたしは特に人見知りではないけれど」


 と、言われました。つまり人見知りなのでしょうが、素直に言えない性格みたいですね。ある意味、正直に発表しているのかもしれませんけれども——さておき。


 僕と熊猫さんは、くだんの一年生のクラスにやって来たのですが、まだ入室もしていなければ、当然、声をお掛けしてもいません。


 理由は、熊猫さんがおっしゃる通りです。


 でかいんです。身長が単純に。


 ドアを開けず、ガラス部分から教室内を覗き見しているんですが、かなりでかいです。黒板に貼ってある部活や同好会のリストを立って見ているんですが、たぶん、180センチくらいありそうです。


 あと、僕たちはその黒板側のドアから覗き見しているんですが、横顔すら見えません。なぜなら、前髪が長過ぎるんです。


 それできっと、僕たちの存在もバレていないと思われます。


「あなた、早くスカウトしてきなさいよ」


「……………………」


 本当に、なにしに着いてきたんです?


 人見知りでないなら、僕だけを行かそうって発想は出ないはずですが……。


 まあ、元は僕一人でこなすミッションです。


 熊猫さんを頼りにするのは、はい。筋違いってものでしょう。


「じゃあ、僕が話掛けてきますね」


「わかったわ。わたしはここで暇を持て余しているわね」


 じゃあ戻れば良いのに。


 戻って少しでも先輩方との距離を縮める努力でもすれば良いのに感は否めませんが、ここで僕がそのような提案をしたところで、熊猫さんが呑むとは到底思えませんし、なんなら暴力で黙らされてしまうと思いますので、では、暴力で黙らされなくとも、大人しく勧誘に踏み出そうではありませんか——ガラガラ。


「こんにちはです」


 スライドドアをスライドさせ、僕はかいこういちばん、黒板を眺め立つ、巨大な女子に言いました。


「ひいいい!」


 すごく驚かれました。驚きといいますか、怖がられているふしもあります。


 驚愕ではなく恐怖。僕、そんな怖い見た目していないと思うのですが。ドア付近に隠れた熊猫さんでも見ちゃったのでしょうか。


 ともかく、僕は怖くないですよアピールでもしておきますかね。両手を上げて、危害は加えるつもりはありませんのポーズです。


「僕は無害です。人畜無害の僕です。怖がらないでください」


 おお。なんか今の台詞セリフ、紳士っぽいかもです。


 言ってる自分ですら、紳士っぽさを感じてしまいました。参りましたね、これでは僕が、名乗る前にジェントルマンだと判明させてしまいましたよ。参りました参りました。紳士な自分に参っちゃいます。えへへ。


 僕のジェントルアクションに、巨大な前髪女子は、しかしそれでも僕への警戒を解くことはなく——と言いますか、なぜか向こうも手を上げて、降参してるみたいなポーズで固まっていました。


「あ、あのう……?」


 さすがに想定外でしたので、僕は少し近づきながら(両手はそのまま)、前髪で隠された少女を覗き込むように言いました。


「ぴいいい!」


 鳥みたいな声を出して、バックステップされました。目すら見えませんでしたし、すごく鋭いバックステップでした。たぶん、ボクサーなのかもしれません。でかいですし。てか、退がったついでに、身体が反応したみたいな感じで、ファイティングポーズしてますもん。たぶんボクサーですね。


 しかし怖がらせてしまったのなら、こちらに非があります。ここは謝罪をしてみましょう。


「怖がらせたなら、ごめんなさいです。僕はあなたとお話をしに来ただけなんです」


 ぺこり。お辞儀です。でも両手は上げたままです。熊猫さんと違って、僕は素直に謝れる系男子ですので、ここは謝罪の一択です。ぺこぺこしておきます。


「…………だれ?」


 ぺこぺこ頭を下げている僕に、そのような声が。ものすごく絞られたボリュームで、放課後の静かな教室でなければ聞き逃してしまいそうな声でした。


「僕は、隣のクラスの、茶々織ちゃちゃしき斎姫さいきと言います。見ての通り、男です」


 いつもなら、言えない発言(見ての通り男)ですが、なにせ対面する相手がビクビクしているので言えました。気が小さい相手に気が大きくなった——って言ったら、まるで僕は小物ですが、その通りなのでしょう。


 悲しいことに、身長はぶっちぎりで相手の方がでかいんですが。


 なに食べればそこまで育つんでしょうか。


 キリンと人類くらいの差を感じてしまうんですが……。


「じ、自分は…………自分の名前は……」


 ようやく、彼女の一人称が判明しましたね。


 身長の大きさ以外の情報です。


 そんな初情報よりも、今は彼女の小声に耳をかたむけましょう。彼女は、途切れ途切れではありましたが、言葉を続けました。


「……な、ま、えは……葉隠はがくれ……」


 葉隠——茅主ちぬし。葉隠茅主。


 それが巨大な彼女の名前みたいです。


 葉隠さん。忍びの末裔かと思ってしまいそうな名前です。サイズ的に全然忍べてませんが。


 ともあれ、名前を知ることはできました。


 あとは僕の完璧な勧誘交渉術を発揮する時間です。刮目あれ!


「演劇同好会、辞めちゃうんですか?」


 ジャブです。まずはジャブのような会話から、そして徐々に引き込むのです。なんだか策士みたいな僕にテンション上がります(僕が)。


 僕の質問、完璧な勧誘交渉に移行する前の先制パンチでしたが、葉隠さんは、さらにバックステップして、そして言いました。


 それはもう、今まで小さく話していた声とは違って、魂の叫びのような、大声で。


「ぴいいいい! 自分はレズじゃねえべさ、勘弁してくんろおおお!!!」


 またも初情報。地方出身の可能性が高くなりました。


 いえ。いやいやいえいえ。


 発音よりも、発言に注目すべきですよね。


 果たして、軸梨じくなし先輩は、昨日どのような熱烈かつ猛烈な勧誘をしたのでしょうか。


 気になるところですが、しかし今は、この状況を考えてみましょう。よく女の子と間違われる僕が、あのような発言をした女子を前にして、両手を上げたまま、立っているこの状況。


「僕は男子ですうっ!!!!!」


 一歩間違えば、そう見えなくもない。


 まるで僕が女の子で、女の子を襲おうとしている絵面えづらに見えなくもない。悲しいことですが、見えなくもないのであれば、まず男子だとアピールすることにしました。と言いますか、いつまで両手を上げてんだ僕、って感じですが。


 僕の男子アピール。ですが葉隠さんは、僕をじっと見つめ(てるのか前髪でわかりませんが)、訝しそうに言いました。


「う、嘘だっぺえ。つ、付いてんべか?」


 どうして、誰もかれも、みんなして。


 僕が付いてるのか付いていないのかばかり気にしてくるんですか……。


 ここは男らしく、堂々と宣言しておくべきかもしれませんね。


 僕は言いました。それはもう、男らしく。堂々と腰に手を当て、仁王立ちして、自らが男である——と、象徴を強調するように。


「付いてます! ぶらぶらですよ。ほら今だってぶーらぶらです!」


 なにか間違ってしまった。はい。


 言ってから気づいた、己の過ち——ですね。


 反省です……。


 ……猛省です。

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