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 お弁当を食べながら考えたのですが、いえ、考えたと言いますか、振り返り思い出しているのですが、たしか軸梨じくなし先輩、放課後までに勧誘をしておいて、って言いましたよね?


 え? マジです?


 タイムリミット短すぎません?


 放課後って、それは時間が残されていなさ過ぎると思うんです。


 ああああああああああああああ!


 期待には応えたい。ご期待にはお応えする頼りがいのある男だと証明したい——その反面。


 しかしその反面、クラスに馴染めているわけじゃない事実が、僕を悩ませます。


 別に疎外されているわけじゃないんです。


 単にクラスメイトも、僕の扱いに困っているのだと思われます。自分で言うのもあれですが、まあ、こんな見た目ですしね。はは……。


 というか、そんなこんなしてたら、放課後になっちゃったんですけど。どうしましょう。


 一応、授業の合間にあるトイレ休憩の時間、僕は他クラスの中学からの知り合い数名に声をお掛けしたのですが、皆さんすでに部活動は決めているとか。


 ですので、旧知に頼るという選択肢は、早々に封鎖されてしまったのです。


 旧知に頼れず、窮地です。


「えへへ」


 すみません。言いたかったんです。


 いや、こんな面白くもない、微笑みすら頂戴できないダジャレを内心呟いて、誰も微笑んでくれないから自分で微笑んでいる場合ではありません。


 頭を抱えている今も、教室からどんどん生徒は退室しているのです。なんとか彼ら彼女らを呼び止め、そして勧誘しなければ——。


 無理ですってえ。


 そんな度胸あると思います? この僕に。


 どの僕だろうと、退室する生徒諸君を呼び止め、そして勧誘活動に乗り出せる僕——そんな僕を僕は知りません。誰ですか、その僕。


 いやまあ、僕なのですが。


 こんなこと考えているなら、さっさと勧誘しろ、って思いますよね。はい。僕だって思いますとも。


 残念ながら、思うだけなのですが。


 本当に残念ですなあ。本当に。


「なに? 具合でも悪いのあなた?」


「ふえっ!」


 僕が頭を抱えていると、お隣の席から声が掛けられました。隣人である、熊猫くまねこさんです。


 声を掛けられて、驚いてしまったのは、単純に驚いたからなのですが、てかですね、昨日のさくらんぼ収穫事件(僕はそう名付けました)があったので、今朝からどのような顔をして良いのかわからなかったので、朝のおはようございますすら言ってなかったんです。


 朝の挨拶すら言っていないのは、褒められたことではありません。ここは紳士らしく、きちんと言わねばです!


「おはようございます」


「何時だと思っているのよ。時間感覚ぶっ壊れているのかしら? それとも放課後に朝の挨拶をするように、って、これまでの人生で教えてもらったの? もしくは馬鹿なの?」


「こ、こんにちは」


「それも時間的に手遅れでしょう。夕方になるのよ」


「あうっ……すいません……」


 僕がこんな台無しになってしまった原因は、少なくとも熊猫さんにあるのですが、謝ってしまいました。


 だって、眼光が鋭いんですもん。


 僕は親のかたきじゃないですよ?


「それで、なに? 具合でも悪いの?」


 どうやら熊猫さんは、純粋に僕を心配してくれているようです。なんですかもう。そんな優しい側面があったなんて、それにこそ驚いてしまいそうですよ。


 意外と優しいみたいです。熊猫さん。


 あめはくれませんが。


「具合は大丈夫です。健康です」


 心配させても悪いので、誤解は早めに解消しておきましょう。僕は、ありがとうです——と、言ってから、心配してくれてどうもです、と。


 熊猫さんに言いました。


「べ、別に心配なんてしていないわよ。隣で頭を抱えて、さもヘッドバンキングのように頭を振っていたら、心配というか怖いでしょう。わたしは恐怖を拭いたかっただけ。いい? 心配なんてしていないわ。勘違いもはなはだしい。やめてくれるかしら、そういうの」


「……はい。ごめんなさい」


 ツンデレ——ってわけじゃなさそうです。


 だって顔がマジです。ついつい謝罪してしまうくらいの、レイピアくらい鋭く尖った視線で言われましたあ。


 あと僕、さもヘッドバンキングのように頭を振っていたんです?


 自覚ありませんでした。


「で。なにがあったのよ? 乳歯でも抜けたの?」


「とっくに永久歯ですー!」


「わざわざ見せてまで永久歯をアピールしなくても良いわよ。でもあれね、歯並び綺麗なのね」


「えへへ。虫歯ゼロなんです」


「そう。どうでも良いわ」


「……………………」


 ですか。いやまあ、どうでも良くないって言われて、興味津々になられても挨拶に困ってしまうのですが。


 仕方ないですね。どうしたの、って聞かれてしまいましたし、話さない理由もありませんので、僕は熊猫さんに勧誘のことを打ち明けました。


 聞き終えた熊猫さんは、


「へえ。がんばんなさい」


 と、言いました。言っただけです。


 聞くだけで、別に協力してくれるつもりはないみたいです。


 ちょっと期待した僕が馬鹿でした。


 なんなら熊猫さんが入部してくれたり——なんて浅はかに都合が良いことを考えた僕は、やっぱり馬鹿だったみたいです。しょぼーん。


「どうして励まされて落ち込むのよ。言いたいことがあるなら、言いなさい」


「…………あの」


「なによ」


「言ったら、暴力とか振るいませんか?」


「なにげに失礼よね、あなた。わたしがすぐに手を出すような、やんちゃな人間に見えるの? 大丈夫? 失明しているんじゃない?」


 たしかに見た目で言えば、そのようなやんちゃな人間には見えませんが、でも前科がありますし、僕としては結構本気の質問だったのですが。


 まあ、僕に危害を加えるつもりはないみたいですので、では、言いたいことを言ってみるとします。


「熊猫さん……入部してくれないかなあ、って」


「ずいぶんと都合の良いことを考えているのね。ずいぶんと都合が良いことをずいぶんとあざとい上目遣いで言ってくれるわね。いやよ」


 ずいぶんと僕にダメージを与える必要ありますか? 僕は不要だと思います。


 でもここで落ち込んで逃したら、もうあとはないんです。見渡してみたら、教室には僕と熊猫さんしか居ませんでしたので、ラストチャンスなのです。


「熊猫さんは、部活決めちゃったんですか?」


「まだよ。でも演劇同好会って、わたしみたいな生まれつきのスターが入部するわけにもいかないでしょう」


「え? 熊猫さんスターなんですか? うわあすごいなあ、サインとか貰えます? テレビとか出てるんですか? すごいなあ、尊敬しちゃいます」


「……いや、冗談よ。冗談に決まっているでしょう」


「あ、そうなんですか」


「その演劇同好会にわたしが入ったとして、わたしにメリットはあるのかしら? 具体的に説明なさい」


「えっと……メリットは……あめもらえます!」


「それのどこがメリットなのよ」


 え。立派なメリットだと思うんですけど。


 まあ、メリットの価値観なんて、人それぞれですからね。僕にはメリットなのですが、熊猫さんはお気に召さないのも、人それぞれがゆえ、ってことですね。うーむ。


「先輩方は、優しい先輩です」


「どう優しいの?」


「あめくれます!」


「ぶち殺すわよ」


「ひええ!」


 あめがそんなに嫌いなのでしょうか。人類にしては、なかなかの希少種だと思います。あんなに美味しいのに。


 しかし困りました。あめによる誘惑が無効なら、僕に残された手札がもうありません。これは困りましたー。


「……衣装とか」


 僕が手札メリットに尽きたことを悩み始めると、熊猫さんがボソッと、そう呟きました——衣装?


「そりゃあ演劇同好会ですので、熊猫さんに似合いそうなカッコいい衣装とかもあると思います」


 あります——って言えませんが。だって衣装が存在するのか、わからないですし。


「カッコいい……可愛いのは?」


 おや?


 なんだか揺れてませんか? 心。


 可愛い衣装に興味があるのでしょうか。意外ですが、そういえば熊猫さんも女性ですもんね。


 字を分けたら可愛い代表みたいな動物が合体した苗字ですし。


「熊猫さん、可愛い衣装着たいんです?」


「べつに!? わたしはこれっぽっちも可愛い衣装なんて着たくないわよ! そもそもわたしが可愛い衣装なんて、似合うわけないでしょう? やめなさいそういうの」


「普通に似合うと思いますけど」


「似合う……ちょっ! そんなはずないわ!」


「だって熊猫さん、普通にお綺麗ですし、そりゃあカッコいい服も似合うでしょうけれど、可愛い服だって似合うと思いますよ?」


「なぜそういう発言はさらっと言えるのよ、あなた!」


「え?」


 僕、変なこと言いましたでしょうか?


 うちには妹がいるので、妹の服はとりあえず褒めておけば面倒にはならない——という家庭の教訓がかされたのでしょうか。


 だとすれば、これも経験のおかげです。


 なんか熊猫さん、明らかに、あからさまに、可愛い衣装に心ぐらぐらみたいですし、ならばもう一押しで……。


「熊猫さんは、どんな服だって似合いますよ。さっき僕がスターだって騙されたのは、心から、スターだとしても不思議はない——と、そう思ったからですもん」


「ひゃうう」


 熊猫さん赤面です。普通に可愛いです。


「だから熊猫さん。演劇同好会、入りませんか?」


 言いながら僕は、手を伸ばしました。見ようによっては、なんだかプロポーズの返事待ちしてる人みたいなポーズになってしまいましたが。


「わたしが必要なの……?」


「はい。熊猫さんしか居ません!」


「わたしが欲しいの……?」


「はい。熊猫さんの入部するの一声が欲しいです」


「そ、そう……まあ、そう。そうね。そこまでお願いされちゃあ、そりゃあわたしだって鬼ではないのだし、それじゃあ……その、まあ、うん……わかったわよ」


「わかったとは?」


「……入部してあげるわよ! いい? わたしは自らの意志で入部するのではなくて、あくまであなたがお願いしてきたから、だから優しいわたしは仕方なく入部するのよ? 入部して、あげるの。わかった? くれぐれも、わたしが可愛い衣装に興味がある——なんて、馬鹿みたいな勘違いしないように。いい!? 本当にわかった!? もしわからないなら、わからせるわよ? ふふふ」


「わかりました! わかり過ぎるくらいにわかりました! もうこれ以上の理解は必要ないくらい知り尽くしました!」


 ここでちょっとでもふざけてしまえば、きっとなにか暴力、あるいはセクハラの餌食になる未来が見えたので、僕はわかったことにしました。身の危険を知り尽くしたのです。


 ともあれ。なんとか勧誘作戦は成功です。


 ミッションコンプリートです。


 期待に応えました! わーい!

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