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色星いろせさーん、新入生捕まっ——てっ! なになに! なにその可愛い子! きゃー! こっちおいであめ食べる? ほら、あめだよー? ほらほらー、あめちゃんだよー?」


 演劇同好会の活動場所は、なぜか屋上でした。


 案内された屋上にいた、というか屋上のベンチでだらしない感じで、ぐだっとしていた女子生徒に僕は、あめで餌付けされそうになってます。


 目の前をあめが右往左往うおうさおうしています。僕はスイーツ男子なので、その誘惑に逆らうには、ものすごく精神力(忍耐力です?)が必要になりましたが、自分を厳しくりっすることによって、なんとか打ち勝ち——まずは眼前の女子生徒の誤解を解くことから優先したいと思う所存しょぞんです。


「僕、男子です」


 本当なら。


 もし、理想の自分を表現できたのなら、腕を組み、片頬をつりあげワイルドに笑い飛ばし、おっとお嬢ちゃん、ご覧の通り俺はおとこだぜ——とか言いたいのですが(すごく言いたいのですが!)、しかし目の前のあめによる誘惑、そしてなにより、そもそも僕にそんなワイルドな台詞セリフをくちにする度胸はありませんので、眼球運動であめを追いながらの発言になってしまいました。


 恥ずかしながら。えへへ。


 まあ……ですね。


 もしたとえ、ご覧の通り——なんて言ったところで、しっかりばっちりご覧になったから、その結果で僕を女子だと思ったのだ、と言い返されることは、目に見えてますからね……。


 火を見るより明らかです。残念ながら。


 とほほです。しょぼーんです。


「色星さん、なんかこの子、落ち込んでない?」


「ん〜? どうしたのお、斎姫さいきちゃん」


 果たして斎姫ちゃん。しょぼーんメンタルにさらに追い討ちです。


「……いえ、なんでもです」


 とは言え、呼び名で落ち込むのは慣れていますので、はい。そこはなんとか持ち直せますとも。


 なにせこれまで、ちゃん付けでしか呼ばれたことのない僕です。経験が違いますよ。ベテランベテラン。


 ベテランキャリアな僕なのです。えっへん。


 兄貴ちゃん。きっちゃん。さいちゃん。さいきっちゃん。さきちゃん。きいちゃん。


 数々のちゃん付けでの呼び名が、僕に経験と精神力を与えたのです!


 ……まあ、分別の仕方さえ教えていただければ、即刻にゴミ箱にダンクシュートしたい自信ですけどね……。あはは……。


 余談になりますが、苗字バージョンも含めると、さらに倍くらいになります。余談です。


「てか、本当に男子なの? マジで? 男装女子じゃなくて?」


「はい。男装女子ではなくて、男装男子です」


「マジかあ……。いや、でもありか……?」


「なにがです?」


「ううん! なんでもないよ!?」


 なにが『あり』なのか、とても気になるところだったのですが、くちにする前にくちを塞がれちゃいました。もちろん、唇で塞がれたわけじゃなくて、あめを押し込まれました——ふごっ!


 ころころ。おいひー。


 プリン味ですー。あまーい。わーい。


「えへへ」


「あめ食べる顔、可愛すぎるでしょ……。まずい、自分の理性と本能が戦っているわっ……!」


 さっきからあめをくれた先輩(?)が、なにやら意味深なことを言っていますが、あめが美味しすぎて気になりませんね。ころころ。


「ほほろへ、へんはいへふは?」


「一回あめを口から出そう? 棒付いてるっしょ?」


 きゅぽん。仕切り直しです。


 テイクツーからお送りします。


「ところで、先輩ですか?」


「うん。あたしは二年の軸梨じくなし駿戯するぎっていうの。よろしくね」


「はい。僕は一年の茶々織ちゃちゃしき斎姫っていいます。よろしくです」


 ぺこり。ついでにあめをぱくり。


 おいひー。プリン味おいひー。


「茶々織……まさか苗字まで可愛いとは……」


 僕があめに夢中になっていると、軸梨先輩はものすごく複雑そうな表情で言いました。なんだか、すごくすごーく葛藤かっとうしてるように感じられるんですが、あめが美味しすぎて気になりませんでした。


「ところで色星さん? 斎姫ちゃんは入部ってことで良いの?」


「ん〜。本人はさっき、入部します! って元気に可愛く宣言していたから、入部でいいみたいよ」


「じゃあ入部届け書いちゃいますか。なんかあめに夢中みたいだし」


「ふふふ〜そうね。書いちゃいましょう」


 二人はなんだかちょっと離れた場所に移動して、そんな話をしているみたいです。かすかに聞こえてきましたが、やっぱりあめが美味しすぎて気になりませんでした。


 怖い先輩じゃなくて、よかったです。


 あめくれる人は良い人ですもんね。

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