接待
草野が総務部長の
「澤村自転車さんだけどな、委託が認められなかった。
「委託が認められないって……どういうことです!?」
オートバイはメーカーの各地営業所から小売店に卸される通常の卸売りの他に、商品を小売店に預けて販売してもらう委託販売という販売形態を取っていた。そして当時はミヤケモータースは販売間口を広げるため、小売店にとって負担の少ない委託販売が多く採用されていた。
「信用調査の結果、澤村自転車の経営状態が良くないことがわかってね。委託販売については上からストップされたんだよ。先方に事情を話して、卸売りで承諾してもらって来てくれ」
随分と簡単に言ってくれるが、こんな話を持ちかけられて澤村も気分が良い筈はない。うまく説得できる自信のなかった草野は蟹沢課長に頼んでみた。ところが……。
「バカヤロウ、おまえが取って来た契約だろ! 自分の頭のハエも追い払えなくてどうする!?」
大切なお客様をハエ扱いとは……思わず草野は蟹沢をキッと睨んでしまった。
「ん? 何か文句あんのか? おまえ、最近妙に俺に対して態度デカくなってねえか?」
まずい、と思って草野は慌てて蟹沢から離れて受話器を取った。そして澤村自転車の番号をプッシュした。
「もしもし、ミヤケモータースの草野ですけど、実は……会社の方から卸売りでするようにと要望がありまして……」
「卸売り? 話がちゃうやないか。委託でええっちゅうから契約したんやで。まさかバックマージンも払えません、てな話ちゃうやろな」
「いえ、その点はご心配ありません。ただ、委託は出来ないと……」
「ん……まぁ、おたくの会社がそう言わはるんやったらしゃあないな。そやけど、今仕入れに出せるカネがあらしまへんのや。ウチもバイク販売を急いでいるわけやないさかい、納期は伸ばしてもらいまっせ」
「わかりました」
「ところで草野はん、ウチの娘知らんか?」
「娘……さんですか? 僕には心当たりがありませんが、どうかされたんですか?」
「学校から連絡があってな、あいつ、学校行ってないみたいなんや。今までこんなことする娘ちゃうかってんけどな、ホンマ何考えとんや……」
「それは心配ですね……もし何かわかったら連絡します」
「おう、頼むわ」
わかったら連絡するとは言ったものの、澤村の娘が自分の目の前に現れる筈などない……そう思った矢先、事務所入り口にいた朝倉泉が声をかけてきた。
「草野君、お客様が来てるよ!」
「はい、今行きます!」
と言って入り口まで行って草野は目を丸くした。
そこにいたのは聖子ちゃんカットの少女……まさしく、いま澤村が探している娘だった。
「君は……澤村さんのお嬢さん……」
「
「……え?」
「美優っていうねん、私の名前」
「ああ、美優さん……あのさ、学校は行かなくていいの?」
美優は質問には答えない。
「私、接待されに来てん」
「接待って?」
「草野さんにとってウチの店は大切な取引先やろ? 取引先を接待するんはビジネスの常識やん」
「は、はあ……」
草野はわけがわからなくなった。とりあえず、彼女を会社から連れ出し、どこか別の場所で話をしようと思った。ところが……
「さっき駅からここまで来るのに歩き疲れたわ。草野さん、バイクの後ろ乗せて」
「いや、僕のバイクは50ccだから二人乗りは出来ないよ……」
「何言うてんの、それ二馬力やろ。昔は馬一頭で六人乗りの馬車とか引っ張ったんやで」
何言ってもこの
「あかんあかん、原付で二ケツしとったらすぐに捕まるで。……ちょっとこっち来てみ」
田辺は二人をカスタマーセンターに連れてきた。そして、一台のスクーターを持って来た。
「これは80ccのステップや。これやったら二ケツしても大丈夫やで」
「いやでも、僕は小型自動二輪免許ありませんけど……」
「捕まらんよう安全運転しとったら大丈夫やろ。ほら、彼女のヘルメット」
と言って田辺はジェットタイプのヘルメットを一つ美優に手渡した。草野がバイクにまたがると、美優も後ろに座った。そして、腕を草野の腹に回し、身体をピタッと寄せてきた。その熱ったぬくもりと柔らかさが背中から伝わってくる。草野は顔が真っ赤になり、田辺はニヤニヤしてそれを眺めている。
「ほな気ィつけや!」
田辺が手を振るのを合図に、草野はスロットルを回した。
「ど、どこへ行こうか?」
「ポートピア行きたい!」
「な、何だって!?」
ポートピア'81は、神戸のポートアイランドで開かれていた地方博覧会で、人気バンドゴダイゴがテーマソングを歌うなど大々的に宣伝され、その未来体験に人々は心を躍らせていた。その反面、過剰な入場者への対策は万全とは言えず、あちこちに行列が出来、炎天下で倒れる者も多数続出した。また、会場への交通手段である自動運転のポートライナーも故障が相次ぐなど、トラブルが絶えなかった。
「あのさ、もうちょっと涼しくて空いているところに行かない?」
「いやや、ポートピアがええんや!」
逆らえない草野は仕方なく、バイクを神戸に向けて走らせた。
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