第25話 店番と暗殺者
午後からは、田口と俺が部活の企画に、野摺さんと狩谷さん、宮川がクラス企画に行かなくてはならない。
「全力で脅かすぞー!」
気合十分の狩谷さんは二時間お化け役をした後、俺と一緒に校内を回って宣伝活動をすることになっている。
「特殊メイクをしたまま宣伝してもらいましょう。」
文化祭前に宮川とそう話し合った。狩谷さんの宣伝時間は脅かし役の後だから、そのお化けのメイクをしたまま宣伝に入れば時間のロスも無く、素顔も分からない。
「ただ、隣にいる橋本が素顔じゃ危ないよな。」と田口。
「ハッシーにも衣装とカツラを用意しました。文芸部の店番が終わったら、教室に寄ってください。」
宣伝役にも衣装があるのかと思いつつも、既に手を打っている宮川に感服した。
「橋本君の企画会場は校舎の端でしょう。人目につきにくいエリアですから、様子は見に行きますね。」と野摺さん。
「俺も行くー。部誌も欲しいしな。」と田口が言った。何かあったら知らせる事を確認し、俺達はまず宮川、狩谷さんを教室に送り届け、そのまま自分の企画に向かった。
「橋本君。」野摺さんが別れ際に俺に小声で言った。
「先日もお伝えしましたが、三ツ輪部長には気を付けて。」
俺が野摺さんに啖呵を切ったあの日、突然現れた部長は野摺さんとその後少し話をしたそうだ。鷹野の中でも
「部長のシフトは、俺の二時間後です。多分、ここには来ないと思います。」
「仲間には彼女をマークしてもらいますが…もし彼女が来たら逃げてください。何もする気配が無くても。」
野摺さんの目は真剣だった。俺は分かりました、と答えてシフトに入った。
教務棟の三階、文芸部ブースのお客は少ない。あまりに来ないので最近はリヤカーに部誌を載せて移動販売をしている。
「ふう……。」
静かな場所で一人。手を動かす事も無いと頭が勝手に動き出す。そうすると、俺は狩谷さんの事を考えていた。転校が無くなったのは本当に嬉しい。今日は勿論はしゃいでいるけど、準備期間もすごく楽しそうだった。狩谷さんはちょっとしたことでもすぐ笑顔になるけれど、ここ最近は特に屈託のない笑顔で、可愛いなと思う。
「……何考えてんだ俺?」
いけないいけない!野摺さんに気を付けてと言われたばかりだ。隈家がどこに潜んでいるか分からないし、三ツ輪部長と言うかなり黒に近いグレーもいるのだ。気を緩めるな。
神経を研ぎらせること二十分。まず田口がやって来た。首から「サッカー部&ハンドボール部企画パネルチャレンジ!」と書かれた宣伝プレートを下げている。外で宣伝に回っていたようだ。
「暑いのなんのって。あーここ涼しい。」
そう言って田口はどかっと部長の椅子に腰を下ろす。そして部誌を購入、早速めくり始める。
「で、告るのか?」
「はあ?!」
唐突に田口がとっぴょうしもない質問をして来た。
「だって文化祭だぜ?狩谷さんに告るならこれ以上のチャンスねえだろ。」
「あのなあ…今そういう状況じゃないだろ。」
「そういうわりには、お前狩谷さんの傍から離れねーじゃん?準備期間も、今も。」
にやりと笑う田口。腹立つー!
「なんかお前、狩谷さんがそっち向くとしゃべりぎこちないぞ。」
「ええ、そうか?」
「そのくせ、他所見てる時はずっと狩谷さん見てる。野摺さんと手つないだ時ちょっとむっとしてたし。」
「してねえって!つーか俺を観察してたのか気持ち悪い。」
声が思わず上ずった時、田口のスマホが鳴った。
「ん?…あ、やべサボるなってライン入った。」
「バレてんじゃん。じゃ、頑張れ。」
「おう。橋本もな―。」
見送りながら、「お前も宮川に告れよ。」と言えばよかったと後から気付いた。
その後、野摺さんもこちらを見に来てくれた。しかも、俺のいる部屋の窓から入ってきた。
「この方が早いですからね。それに、実は隈家を既に見つけたので、早く皆さんの無事を確かめたかったのです。」
やはり隈家が入りこんでいたようで、野摺さんは襲われたそうだ。仲間と一緒に返り討ちにしたその数、二十。
「ですが、おそらくこれが全員ではないです。そちらは―」
「部長は来てません。大丈夫です。」
「そうですか。良かった。引き続き警戒しておきます。」
お願いしますと俺が伝えると、野摺さんは窓から音もなくすっと飛び降りた。
「気を付けなくちゃ…。」
と、気を張り詰めようとしたものの、やはり一人、それもお客さんの来ないこの部屋でただぼーっと過ごさざるを得ないと、やはり退屈だった。だから、シフトの残り時間が十五分を切った辺りから時計とにらめっこ。この後は狩谷さんとの宣伝活動で、外を回る。
「トイレ行っとこうかな。」
俺は「すぐ戻りますので、しばらくお待ちください」と書置きを残して教室を出た。鞄も持って行くのは、救急箱と予備のこやしつぶてが入っているから。ポケットにはパチンコ、防犯ブザーにこやしつぶて。(見られたくないし、万が一臭いがもれては大変だ。)
何気なく窓の外を見る。時刻は午後二時を回ったところ。一般のお客さんが一番増える時間帯だ。外に出ている食品の出店だけでなく、教室棟でカフェなどをやっているクラスにもお客さんが入っていくのが見える。スタッフ側の生徒も忙しそうに走り回っている。ふと、教室棟の二階、ベランダを走っている生徒が目に留まった。いくら忙しくてもそこを走るのは、と思ったのはほんの一瞬だった。
「狩谷さん?」
狩谷さんは、クラスのベランダからベランダへ猫の様に飛び移っていた。その後方を、二人の男が追いかけてきている。さらに、狩谷さんが飛び移ろうとしたベランダに、教室から別の男女が飛び出してきた。
「こっちだーーー!狩谷さーーーーん!」
俺は廊下の窓を開け、めいっぱい声を振り上げ叫んだ。狩谷さんがこちらを振り向く。俺は声をまた張り上げた。
「飛んで!」
狩谷さんは自分の腕を掴もうとした男をけり飛ばし、そのままベランダのへりを蹴って空中へ飛び出した。何人かが既にベランダから飛び出している。俺はパチンコを取り出した。とうとう使う時が来たな、とこやしつぶての入ったカプセルを開ける。
「ヴっ!」
鼻をつまみたい衝動を押さえ、相手の顔面目がけて放つ。眼の辺りを狙うと、人は思わず目をつぶる。それだけでも墜落を誘発するが、この弾はさらに、臭い!とてつもなく!無事に二人、撃墜!
「ハシビロ君!」
蹴りが弱かったのか、狩谷さんの足はどうにか窓枠を掴んだものの、上半身が後ろにのけぞって落ちそうになる。俺は狩谷さんの腕をつかみ、強引に前傾姿勢にする。その結果、俺は受け身も取れずに真後ろに倒れる事になり、
「ほぎゃあ!」狩谷さんがそこに覆いかぶさる形に。
「………うわあああああごめんハシビロ君――!」
「い、いいから!俺が引っ張んたんだし!」
お互い顔を真っ赤にしながら弾かれたように飛びのく。が、照れている場合ではない。すぐに窓の鍵を閉めて身をかがめ、そのまま文芸部のブースに戻ってドアを閉めた。相手が来たのは廊下側の窓で、ベランダは無い。窓を閉めてしまえばすぐには着地出来ないし窓を割るにも、ガラスは強化ガラスだ。そう簡単には割れない。
「大丈夫だった?」
俺が尋ねると、無言で頷く。怪我も無いみたいだ。よかった……。
「でも、相手は狩谷さんだって見破ったの?」
狩谷さんの顔は特殊メイクのまま、服装も脅かす時の衣装だ。我ながらよく気づけたと思う。
「そうみたい。脅かし役のシフトが終わって、トイレから出てきたらつけられてて…。」
という事は、クラス企画に隈家が入り込んでいた?狩谷さんがメイクを施されるのをどこかで見ていたのかもしれない。
「とにかく動こう。じっとしているのが一番危ないから。」
まずは特製ハザードマップを確認。野摺さんの仲間は、この階には誰もいない。一番近いのは、ここを下りて連絡通路を渡った特別棟だ。階段はすぐそこ。廊下は静まり返っている。ということは、隈家は窓から侵入していないという事だ。深呼吸をし、パチンコを構え、ほんの少しドアを開け廊下を見る。―誰もいない。ほうっと息をついた。
が、狩谷さんがはっとした顔で固まり、すぐそばの階段を見た。
「下から、来る!」
「……こっち!」
俺は狩谷さんの手を引っ張り掃除道具入れへ。足音が近づいた。心臓の音がうるさい。口が乾く。
「おや、橋本君がいないな?」
ドアが開く音がした。ロッカーの扉にある細い穴から、三ツ輪部長と男女が入って来るのが見えた。部長は教室内をきょろきょろと見回し、俺の書置きを見る。
「だが我々の邪魔をしてきた。狩谷が逃げる時にこちらの校舎から手助けを。」
女の方が言う。すると、部長は「ほお!」と声を上げてロッカーにもたれかかった。叫びそうになるのをこらえる。
「フフ、フハハハハハ!では彼は今小便を我慢しながら忠道の娘を守っているのかね!頼りない騎士様なことだ!ハハハ!」
三ツ輪部長の高笑いに、俺は耳をふさぎたくなった。動いてはだめだ。少しでも悟られたら、確実に殺される!歯を食いしばり、泣きそうになるのを目をつぶってこらえ、指一本も動かさずに、部長たちがここを出て行くのを祈った。
「笑い事じゃねえ。」苛立った声がした。今度は男性だ。「橋本という奴はお前が見張る約束だったろ。手ぇこまねいてた―」
突然、どんっという鈍い音と共に、三ツ輪部長の影が一瞬動き、次に男のうめき声がした。
「言っただろう。予定が狂ったのだ。」部長だ。穏やかなのに、低くて聞くだけで体が金縛りにあったように動けなくなる声。
「君の仲間が野摺を取り逃がしたから、私が代わりに仕留めてやったのだ。わざわざ野摺伝いにあちらに私が
また鈍い音、そしてうめき声。隣で狩谷さんが息を呑む音がした。
「あの方は君を許すそうだがね。私がここで貴様を消してやろうか?
「三ツ輪、そこまでにしといてやってくれ。」
女性のたしなめるような声がした。「それで、野摺は?」
「殺してはいないのだよ。美術準備室に手足を拘束して閉じ込めた。スマホも奪ったし睡眠薬も効いている。なぜ殺さぬかと言えば狩谷あずさを脅す材料として、だ。分かったかね。」
男がうめく声が聞こえた。部長が続ける。
「ところで他は?宮川君はまだ教室だったね。」
なんてこった。俺達のシフトがバレてる。
「ああ、今のところシフト通り動いている。こちらに気付いた様子はなかった。」
女が言った。「問題は橋本だけだ。」
「あの方の指示を忘れるなよ?生徒に手は出さない。消すのはあずさと、忠道だけだ。まあ、もうこの棟にはいないがね。」
「何でだ?」
男の問いに、部長は一つため息をついて話し始める。
「この棟は階段が二か所ある。だが、我々は登って来るとき彼に会っていない。足音もしない。」
「だから、この教室にまだ…。」
「いいや。そこを見たまえ。……窓が開いている。」
俺ははっとした。そうだ、野摺さんが出て行ったあと、開けっ放しだった。
「靴のあとが残っている。あずさはよく橋本君を抱えて飛んでいるから慣れているだろう。飛べば特別棟は目と鼻の先。野摺の仲間はいても、もうこちらの仲間はいない。…どこぞの誰かが、野摺一人に後れをとったばかりにね。」
男の舌打ちが聞こえ、足音が一つ遠くなる。
「そうあおるな、三ツ輪。」
「このくらい、すぐ気づいてくれねば困るのだよ。彼一人では心配だね。この棟には我々以外いなかったね?」
「ああ、教室棟に回した。そちらに二十人、運動場を含む屋外には三十いる。」
「では屋外の半分を向かわせてくれ。分家については最悪殺しても構わない。それから、田口君はどうかね?」
まずい、田口はシフトのあと、野摺さんと自由行動をする予定だ。野摺さんが捕まった今、田口は一人きりだし、その事に気づいていない。
「職員に化けた二人をピロティに配置した。」
「よろしい。あとは我々と、教室棟にあの方か。」
さっきから出てくる、あの方って誰だ?隈家の中でも地位が上みたいだけど。
「フフフ、今が一番歯がゆいだろうねえ。獲物が近くにいるのに、動くに動けぬから。」
「今に始まった事ではない。あの方は鷹野忠道を殺すために、今までずっとそうして息を潜めてきた。」
「分かっているとも。しかし、肝心の忠道の場所は?」
「分からぬ。ここに来ているのは確かだが。」
狩谷さんのお父さん、文化祭に来ているんだ。まだ見つかっていないみたいだけど、心配だ。
「では、私は一度文芸部の方に顔を出しながら忠道を探すとしよう。二十分ほどしたら、野摺を見に戻るから。」
「ああ。私は一度あの方に報告を済ませる。」
「うむ。橋本君にこちらを悟られた事は、耳に入れておいた方が良いだろうね。終わったら、君も特別棟を頼んだよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます