第24話 文化祭といつもと違う男子
衝撃の対談を終えてからは、怒涛の様に事が進んだ。多分、こういうのを運命の歯車が回りだしたとか言うんだろう。ちょっとくさいけど。だが実際、転校が中止になってからはとんとん拍子に事が俺達にとっていい方向に進みだした。
まず、文化祭の開催決定。署名は想像以上に多く集まり、それを受理した学校側が正式に開催を決定した。勿論準備が全く進んでいないから、開催は十一月に持ち越し。企画やその開催場所は前回の決定のままなので、俺達は宮川たちと一緒に企画が出来ることになった。
そこからは文化委員として大忙しの日々。クラス企画はまず二クラス分の生徒に仕事を割り振り、予算を元に材料を考え、買い出し。限りある工具を他クラスと取り合いながら制作を進める。一方で、文化祭全体の運営も俺達の仕事なので、しおりづくりや機材の点検、有事に備えた防災訓練……。目が回る、吐きそうだ…。
「橋本、橋本。」
だが悪い事ばかりではない。文化委員は全ての企画を把握する立場にあり、また防災訓練を受けた関係で、校内のどこに何があるか完璧に把握する事が出来た。つまり、校内のハザードマップ作製に大きくプラスに働いたのだ。
「このグレーのマークは大きい掃除道具入れな。二人入れるくらい広いやつ。まあ、やり過ごすぐらいにはなるだろ。長時間は厳禁だ。」
「こっちのマークは窓だな。隈家が飛んで入って来るかは分からないけど。」
「狩谷さんが逃げるためでもあるから。また何か気づいたら教えろよ!」
さらに、野摺さんもこのハザードマップの改良に協力してくれた。文化祭当日、どこに仲間を配置するか、場所を教えてくれたのだ。一番多いのは、クラス企画のある教室棟。次に、演劇部の部室が近い特別棟周辺。そのほかの位置にも護衛の人が来てくれるらしい。
「何かあったら、そこに逃げ込んでください。」
俺は野摺さんがどうしてハザードマップの事を知っているのか聞いてみた。
「君を呼び出した時には、皆さんが何をやっているかはおよそ把握していたんですよ。」
「俺ら、これでも必死に隠してたのに。」
「そこは忍びですから、僕らの方が上手いですよ。…親父さんに、君達の事を任された。でも、僕はまだ未熟です。だのに、君達の事を認めないまま警護なんて出来っこないでしょう。」
そう言って野摺さんは笑った。
「あの時は怒ってしまってすみませんでした。あずのためにここまでしてくれる友達が出来たというのは、僕としても喜ばしい事なのに。」
「いえ…俺もあおるような事言ったし。怒る相手は野摺さんじゃなくて、本家とか隈家ですよね。」
「本家の犬ですから、怒る相手としては正しいですよ。」野摺さんは悲しそうに笑った。「そうだ、パチンコの撃ち方、良かったら教えますよ。あずに教えたのは僕なんです。」
その狩谷さんは初めての文化祭準備をめいっぱい楽しんでいるようだった。演劇部でも使っているというノコギリやドリルの腕前はなかなかのものだ。ただ、イラストのセンスは独特過ぎたので、すぐ別の仕事を任せた。
「出来上がっていくの見るの、楽しいね!」
作業の進捗を見に来た俺に、頬にペンキが付いた顔で狩谷さんがそう笑いかけた。それを見たら、何言おうとしたか、頭が真っ白になってしまった。
「お客さんいっぱい来るかなあ…。」
「広報班がもう校内にポスターを貼りまくってたから、きっと来るよ。…少し休憩したら?」
「もうちょっとだけ。」そう言ってハケを取る。「転校はなくなったけど…それでも、この学校生活を全力で楽しみたいからね!」
そう笑う狩谷さんは、本当に喜びに満ちていた。こちらまでどきりとするほどに。
そして…俺達四人は文化祭一日目を迎える事が出来た。
「どこ行くー?」
しおりを片手に、わくわくした顔で俺達に尋ねる狩谷さん。「あ!焼きそばだ!行こうハシビロ君!」
「え?まだ昼には早―ちょっと待って狩谷さん!」
走りだそうとする狩谷さんを何とかつかみ、一緒に移動。田口と宮川、そして野摺さんも一緒だ。
「そういや転校決まる前も言ってたな、焼きそば食いてーって。」
「焼きそば、チョコバナナ、たこ焼きはブースがありますよ。」宮川もしおりを見ている。「他には、天むすに揚げパンに…ロシアンルーレットたいやき。」
「ロシアン…?」野摺さんが聞き返した。
「五個のミニたい焼きのどれかに、激辛ソースが入っているそうです。」
「おい、激辛企画駄目じゃなかったのかよ!?どこだよ通ったクラス?」と田口。
「えーそこ行きたい!どこ?」
「あず、辛いものだめだよね?」
野摺さんの忠告も虚しく、狩谷さんはたい焼きを購入し、見事激辛味を引き当てたのだった。口直しに何か食べたい、と泣きながら言う狩谷さんに、宮川が答えた。
「ここからだと野摺さんのクラス企画が近いですね。はしまきを売ってます」
はしまきっていうのは、お好み焼きをわりばしに巻き付けて、歩きながら食べれるようになっているもの。俺達が買っている横で、キャベツを切ったり目玉焼きを焼いたりと忙しそうな生徒がいた。
「いただきます!」
「あ、狩谷さんそんなかぶりついたら―」
「あっづぅ!?」
俺の忠告虚しく、半熟卵が勢いよく飛び出し、狩谷さんは口内全部を火傷した。それでもがっついてほおばる狩谷さん。幸せそうだ…。
「ふひはひはべる?」
多分「次何食べる?」と言ったのだろう。お昼入らなくなるよ?
「では、次は甘いものを―」
ツアーコンダクターみたいになってる宮川について行くと、待ち時間もほぼなく次々と色んなブースに行けた。食べ過ぎないように、と自制していた俺達も、もりもり美味しそうに食べる狩谷さんに触発されてついつい財布のひもが緩む。腹ごなしに、田口が所属するサッカー部の企画を見に行く。離れた所にある十枚のパネルを十二球以内に全て倒せると商品ゲットだそうだ。田口は八枚倒す大健闘。狩谷さんは五球目でパネルを粉砕してしまったので中断。幸い、すぐに直すことが出来た。
「いやあびっくりしたね!」
「それはこっちの台詞だけどね。」笑っている狩谷さんを見て俺は言う。パネルは段ボールを四枚重ねた頑丈なもので、折れる事はあっても狩谷さんがやったみたいにズタズタになるってことはないはずなんだけど。
「次次―!」
「あず、元気だね…。」
「お兄ちゃんも、楽しまないと損だよ。」狩谷さんがきっぱりと言った。「警護で来てるのは事実だけどさ…お兄ちゃんだって、わがまま出来た事ないでしょ?」
「油断は出来ません。」
「堅いなあ。」そう言いつつも、狩谷さんは野摺さんをどこか心配そうに見ている。俺は口を挟んだ。
「今こうしている間だけは、野摺さんも自由ですよ。」
「気持ちは嬉しいですが、駄目ですよ。」野摺さんは俺の言葉を遮った。「僕に…その資格はありません。」
「もーう。」
ほおを膨らませる狩谷さんの横で、野摺さんは自嘲気味に笑った。
「そうだ。個人的には、皆さんのクラス企画も見てみたいですね。」
野摺さんが言うと、狩谷さんがはっとした顔になる。
「そうだった!まだ私ハシビロ君の謎解いてないし!」
「俺自体が謎みたいだよその文だと。」
今回の脱出ゲーム企画で、俺は参加者に出すなぞときの問題作成をしていた。つまり答えを知っているスタッフなので、俺は参加できない。
「四人一組で参加できるから、俺以外の四人で申し込めば?」
「そうなると、ハシビロが一人になるな。」
「それは危ないですね。」
「じゃ、俺二日目にシフトが入っているんです。もし皆の予定が合うならその時間に参加してくれれば。」
各々が予定を確認すると、奇跡的に全員空いていた。
「じゃあ二日目のお楽しみだね!」狩谷さんがこっちをみて嬉しそうに言った。脈が速くなった。うん、と頷くだけで精一杯。
午後からはクラスや部活の企画でバラバラになる。五人で行動できる時間は意外と少ない。めいっぱい楽しまなくては、と思いつつそう思える今年の文化祭に、俺は既に満足してもいた。去年なんかは田口としか一緒に回ってないからな。
「あーーー!お化け屋敷だって!」
「あず、走っちゃだめ!」野摺さんが厳しい口調で言いながら腕をつかむ。「というか、おばけ苦手でしょう。」
「大丈夫だよー!!」とムキになった狩谷さんは、幼稚園児の様にそこから動かない。だが、おばけにビビッて、一人で突っ走らないとも言えない。
「ふぅ…じゃあ、手を繋いでいきましょう。何かあっては遅いですからね?」
というわけで、全員で手をつないで入る事にした。狩谷さんは宮川と、何かあった時のために野摺さんが手をつないだ。
「ほぎゃあああああああああああああーーーーー!」
「いやあああああああああああああああああああーーーーーーー!」
だが、残念なことに野摺さんの予想通り、お化けの類が全くダメな狩谷さん、そして宮川は俺達の手を振り払い猛ダッシュで行ってしまった。
「どっち行ったーー!?」
「こちらは行き止まりです!」
「あ、こっちだ!」
しかもお化け屋敷がなかなかのクオリティで入り組んだ迷路みたいだったので、二人と俺達はついに合流できず、ゴールで泣いている二人と会う事になった。狩谷さんは野摺さんに大目玉をくらい、ますます泣いていた。やれやれ…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます