第23話 転校と思惑

「もうそうなったら仕方ねーよ。正面からぶつかるしか。」

 署名活動の準備をしていた田口に合流した俺は、野摺さんに呼び出された事を伝えた。

「でも、これでもし転校が早まったりしたら……。」

「それは無理じゃね?だって、狩谷さんの父ちゃんだって仕事があるんだからさ。体一つでひょいって他所には移れないって。」

 田口がそう言ってくれても、俺は心配だった。野摺さんは間違いなく納得していないだろう。というか、説得自体が無理だと確信した。今俺は、啖呵を切った事を少し後悔していた。勿論、狩谷さんの気持ちを無視しているのは許せないけど、野摺さんにもそういう自覚があるのが何となく分かったから。軽蔑してくれて構わない、と言っていたけど、そう言っている野摺さんが一番、自分を嘲っているように見えた。

「……今日、一緒に帰るのきまずいな。」俺がため息をつくと、田口が苦笑いしながら俺の背中を叩いた。

「大丈夫、今度は俺達四人で話せばいいって。」

「う~ん…狩谷さんに出来るかなあ。お兄ちゃん、って呼ぶくらい慕っているんだし。」

「ここで悩んでも仕方ねーだろ。まずは本人にも話して作戦会議だ。」

 田口が時計を指さす。そろそろ昼休みが終わる。

「よし、署名用紙持ったな?今日のホームルームで早速クラスに署名活動への参加を呼び掛けるぞ。」

「おう。」

 教室に急いで戻ると、狩谷さんがこわばった表情で駆けて来た。何かあった?と少し不安になりながら聞くと、狩谷さんはスマホを見せながら言った。

「お父さんからラインが来たの。『隈家に襲われた友達に話したい事があるから、今日はうちに寄るように伝えて』って…。」

 俺と田口は顔を見合わせた。


「あず、本当に何も聞いてない?」

 下校時間、野摺さんが狩谷さんに尋ねるが、狩谷さんは首を横に振った。

「ホントに何にも知らないって!今朝だって、普通に『行ってらっしゃい』って言っただけで。」

「野摺さんもご存じないという事は、これは警備とは関係の無い事なのでしょうか。」

 宮川の問いに、野摺さんは頭を抱える。

「その可能性は低いと思いますが…。少なくとも、僕が知らないという事は登尾さんも知らないですよ。皆さんや親父さんの警備については、全て登尾さんが指揮を執っています。もし、この連絡も登尾さんの指示なら、僕にも連絡が来るはずです。」

「んじゃ、父ちゃんが勝手に送って来てるのか?」

 田口がうなった。『隈家に襲われた友達』とわざわざ言っているのだから、当然、この状況に関する話なのは間違いない。だが、登尾さん達に知らせずに連絡を送って来たのはなぜだろう。

「親父さんをかたった誰か、という可能性もあります。」野摺さんの表情がこわばる。

「お父さん、何かあったの?!」

「狩谷さん、そう決まったわけじゃないから。」狩谷さんが不安そうな声を上げるので、俺は慌ててなだめた。

「あっ!」

「わっ!?」

狩谷さんが声を上げたので、俺達はびっくりして振り返った。

「ごめん、お父さんから。『六時すぎに帰る予定です。先に着いていたらお友達には家に上がってもらってください』って。」

「…僕も今、登尾さんから連絡が来ました。」野摺さんが言った。「今、親父さんが取引先から帰るところだそうです。列車の時間等を考えると、六時ごろになりそうだと。」

 という事は、第三者が親父さんをかたっている可能性は低くなったのかな…?でも、だとするとますますお父さんは俺達に何を話すつもりなんだろう。お父さんがひとまず無事そうだと知った狩谷さんは少し安心した様だった。

「ね、早く帰ろう。」

 狩谷さんのその一言も手伝って、俺達はいつもより速度を上げて歩みを進めた。おかげで、狩谷さんの家に着いたのは六時十分前。狩谷さんのお父さんが来るはずの時間までには余裕がある。家に入る前に、まず野摺さんが家に入り、中の様子を確認し、さらに仲間と話していた。

「……大丈夫です、異常はありません。」

「あずー、お帰り。」

「お母さん!」

 野摺さんの後ろから顔を出した女性に、狩谷さんが飛びつく。髪の色や、笑った時の口元がそっくりだ。

「あら、もしかしてお友達?」

「あ、はい、こんにちは。」俺達三人が頭を下げると、お母さんはまた笑顔になって、俺達をリビングに案内してくれて、お茶とお菓子まで出してもらえた。もっとも、口に出来るような精神状態じゃなかった俺は全然口を付けなかったが。

「いやいや、こういうときこそ落ち着くために一服な。」

「田口君、手が震えてますね…。」宮川の眼はごまかせない。

「六時を回りましたね。」野摺さんが言った。「そろそろ帰ってこられる頃ですか…。」

がちゃり

 不意に開いたドアに、俺達はぱっと顔を上げた。ドアの前に、登尾さんともう一人、背広姿の男性が一人立っている。背は高いが肩幅はあまりなく、すらっとしたスタイルの良い男性だ。精悍な顔立ちと、こちらを射抜くような赤銅色の目。

「初めまして。」男性がこちらを見てほほ笑んだ。「お待たせしてすみません。あずさの父狩谷忠道といいます。」

 優しい声だが、威厳がある。聞いているこちらがいずまいを正される声だ。忠道さんは俺達の前に座った。

「まずは、皆さんを危険な目にあわせて申し訳なかった。」そして、深々と頭を下げた。「謝って済む事ではないけれど、私の口から直接お伝えしたかった。全ての元凶は、私にあるからね。」

「お父さん…。」狩谷さんが声を漏らした。

「その上で、今日わざわざ来ていただいたのは」忠道さんはこちらを見た。「あずの転校を取りやめるので、引き続きご迷惑をおかけすることをお伝えしたかったからだ。」

「ええええええ!?」

 俺達三人、野摺さん、そして狩谷さんも大声を上げた。

「おおおお父さん、それ、本当?」

「待ってください親父さん。」野摺さんが前のめりになる。「隈家の行動は過激になっています。この町に留まり続けるのは―」

「野摺、何言っても無駄だ。」後ろで登尾さんがため息交じりに言った。「こいつも一回ったら聞かねえ。そこは本家の婆さんそっくりだな。」

忠道さんが少しむっとした顔で登尾さんを振り返った。(本当に嫌いなんだな本家の事…。)

「私も、決して隈家を見くびっているわけじゃない。お友達をさらに危険にさらすことにもなる。ただね…」そこで忠道さんがちらっと狩谷さんを見た。

「私は、自分の意思で家を飛び出した。だから、本家がどれほど追ってこようがどこまでも逃げる覚悟はある。でも、娘にまでそれを強いるのは筋ではない。それにようやく気づいたんだ。娘が自由を欲しているなら、親はそれを叶える義務がある。」

 狩谷さんがぽかんとした顔で忠道さんを見つめ、そして恥ずかしそうにうつむいた。

「野摺君。」忠道さんが野摺さんを見た。「あずの友達を引き続き頼むよ。」

「……分かりました。」野摺さんが頷いた。

「君が、橋本君かな。」

「はっはい!?」

 急に名前を呼ばれた俺は声が裏返った。

「そんなに怖がらなくてもいいよ、怖いかもしれないけども。」忠道さんはそう言って笑った。「…君達の学校では文化祭があるそうだね。本来ならもうあと三日で。」

「は、はい。でも、あの…隈家の通り魔の件で、開催するかどうかはまだ…。これから開催を求める署名を集める予定です。」

「そうか。ぜひとも開催して欲しいな。」忠道さんはにっこりと笑った。「あずもだが、私もあまり学校行事というものをやった事が無いんだ。署名が始まったら、私にも協力させておくれ。」


「おい忠道、本気なのか。」

 橋本達を見送る忠道の背中に登尾は話しかける。

「文化祭は多くの人間が集まる。隈家が入りこむ可能性だってあるぞ。」

「かりに中止になっても、攻撃は止まないだろう?」

 そう言って振り返った忠道の目が赫い。「ならば、狙うと分かっている文化祭がある方が仕留めやすい。違うか?」

「……鬼かお前は。」吐き捨てるような声が登尾の口から洩れる。

「それを言うなら、鷹野一族は皆鬼だ。人間などいやしない。」生徒が見えなくなっても、忠道は外を見つめている。「私の代で、鬼を退治しておきたい。」

「隈家が捕まったってデマ流したのもお前だろう。」

「そうだよ。案の定、今日二十人もの刺客に囲まれちゃってね。自分は嘘をつくくせに、自分達に関するうそを他人がつくのは嫌いと見える。」

娘と妻を愛する良き父親である一方、護衛が駆け付ける前にその二十人を叩きのめし、情報まで吐かせる冷徹さを持つこの男は、ある意味鷹野当主らしい。登尾は今一度ため息をついた。

「勝則、そう心配いらない。彼らに指一本触れさせるものか。…あずがあんなに心を許す友人を作ったのは初めてだ。親として、娘も、娘の作ったつながりも守りたいだろう?」

そう言って笑う忠道を見て、相変わらず我がままだなと登尾はつぶやいた。

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