第22話 自由を求める一般人と戦慄する暗殺男子
「……というわけで、このレシピで作った弾を後日お渡しします。」
宮川から最新のつぶてレシピを聞いた俺達三人は身震いしながら頷いた。狩谷さんが俺達と一緒にパチンコの練習やつぶて作製に関わるのは、野摺さん達にバレるリスクが高い。なので、こうしてビデオ通話による会議を行い、武器の類は教室でこっそり渡すことにした。
「狩谷さんは転校する日って分かった?」
俺が尋ねると、狩谷さんがうーんとうなる。
「多分だけど…四日後じゃないかな。」
「四日後?」
「うん。私のお父さん、家で仕事しているんだけど、お客さんに『所用でお休みします』って話をしているのが聞こえたの。それが四日後からだったから。」
なるほど。それはちょっと可能性が高そうだ。ただ、それってつまり狩谷さん盗み聞きしてたって事?
「だって……。引っ越しだって言うのにお父さんもお母さんもちっともその気配無いから…。引っ越し屋さんを頼んだ様子も無いし。いつなんだろうって気がそぞろになっちゃって。」
「四日間しかないにしては、ちょっとのんびりしてるよなあ。」田口も言った。「まさか…引っ越すって情報自体、隈家を混乱させる嘘とか?」
「そ、それは確かだよ!だって、転校先の学校の資料が家にあったから。」
そうか…。もし嘘だったらってちょっと期待したんだけどな。あと四日。その間に隈家をどうにかするっていうのはかなり厳しい。散々校内外を探索してきたが、隈家の足取りがつかめていないからだ。
「じゃあ、明日仕掛けてみる?」狩谷さんが言う。「こう、お兄ちゃんの目を盗んで、私が一人でひゅっと……。」
「それはまずい!」俺は思わず叫んだ。「…ごめん。でも、一人って言うのはまずい。さすがに危なすぎる。それに、第一野摺さんの目をくぐるって、出来る?」
「今ハシビロ君たちかいくぐってるよ?」
「う。」
確かに、そうだけど…。家にいる時すら一緒にいる狩谷さんに、野摺さんを出し抜くって言うのは難しいんじゃないだろうか。何と言っても、野摺さん達分家は狩谷さんに怪我をさせないためにここに来たのだ。狩谷さんの一挙一動には敏感に反応するはず。
「……私ね、思い出した事があるの。」狩谷さんがぽつりと言った。「一回、お父さんに泣きついた事があるの。私達は何にも悪いことしてないのに、どうして逃げてばかりなの。何で私ばっかり我慢しなきゃいけないのって。」
「……。」
「お父さんは、危ないからって言ってた。そうして今までずっと逃げてきたけど、どこいっても安全な場所じゃない。だから、思ったの。戦わなきゃ駄目だって。」
そうだ、狩谷さんは前にも言っていた。「戦わなきゃ自由は手に入らない。」と。戦うために、空を飛ぶ練習もしたし、自分なりに道具も集めたのだろう。だが、俺達が巻き込まれた事で戦う事を止めようとした。
「そのうち、我慢してるって意識も飛んでたんだけど…。」そこで狩谷さんが少し笑った。「思い出しちゃったから、やりたいの。だから、手伝って欲しいの。」
「………。」
思い出させたのも、また戦おうと言い出したのも、俺達だ。
「勿論。手伝わせてって言ったのは俺達の方だし。」
俺が言うと、田口も頷いた。
「これこそ、はいかイエスで答えろってやつだな。」
「ただ、一人は関心しませんね。」宮川はそう言いつつ笑っている。「せめて私達四人でしょう。隈家にしてみれば、狩谷さん一人も我々四人も同じでしょうから。」
「一般高校生としか見られてねーもんな。一泡吹かせてやろうぜ。」
だが、その目論見は思わぬところからつまずいた。
「橋本君、いいですか?」
野摺さんに呼び止められたのは、その翌日のお昼休みだった。
「えっと、文化委員の仕事があるんで、後がいいんですけど…。」
実際には田口の署名活動の手伝いの予定だ。
「そうですか?うちのクラスの文化委員はまだ教室にいますよ。」
野摺さんの表情は優しいが、俺はまずいなと思った。直感で逃げなければと思ったが、勿論無理だ。
「二分で済みますから、時間をもらえませんか?」
有無を言わせぬ強さがあった。俺は頷いた。
野摺さんと俺は中庭に来た。狩谷さんと話した日同様、今日もいくつかのグループが楽しいお昼にしていた。そんな中、どこかピリッとした雰囲気をまとった俺達はちょっと浮いている。
「近所の方にインタビューをしているというのも嘘ですよね。」
単刀直入に野摺さんが言った。「実際には文面によるアンケートです。皆さんが学校周辺を回る必要はありません。では、皆さんはどうしてここ最近、ずっと周辺を探索していたのです?」
名探偵に追い詰められる犯人の気持ちが分かる気がした。残念ながらここは崖っぷちでは無いし仮にそうだとしても真相を葬るために飛び降りるほどの勇気も俺には無い。
「俺が答える前に、知ってるんじゃないすか。」
だから、そう言って笑った。もっと不敵に出来たら良かったんだろうけど、そこまでの余裕は無い。そもそもそういうキャラでもないから、いつもならこっぱずかしくなるところ。でも今は、緊張と恐れの方が勝った。
「校外には野摺さんの仲間が、俺らを警護するためにスタンバイしてるんだから、調べようと思えばできますよね。」
「……意外でした。橋本君は、あまりそう人を挑発するような事を言うタイプではないと思っていましたから。」
野摺さんが笑ったが、俺は背筋が凍るのを感じた。敵意、とまでは言わないにしても似たものを笑顔の奥に感じる。
「僕に知られたくないことをしてるのでしょう。そうですね、一番怖いのは、あなた方が隈家側に回った事。」
野摺さんがそこで言葉を切って俺を見た。反応を見ているんだ、と俺は思った。
「次に怖いのは、あなた方だけで隈家を倒そうとしている事です。最近登下校ルートを変えようとおっしゃったでしょう。」
「はい。宮川が心配ですから。」それが何か?という顔を作ってみる。
「…変更後のルートの方が、明らかに遠回りなのですよ。マルセーに行くにしても、もっとスマートな行き方があります。では、どうしてこの道なのかと思った時、屋根が歩道にせり出した店が多いのです。」
「……。」
「上からだと見えづらいですからね、隈家も襲いにくいでしょう。ですが、それは僕ら警備側としてもちょっと見づらい。…勿論、僕らは空以外からもあずを守るために待機していますが…。」
そこで野摺さんが僕を再び見た。「果たして登下校ルートを変えたのは、自衛のためか、僕らへの妨害か、どちらかと思いまして。」
笑顔の奥にあったものが、どんどん外に溢れて出てきている。それは俺の首筋にナイフを突きつけている。こちらが選択を誤れば、おそらく掻き切られる。だが、俺は大きく息をはいて、野摺さんを睨んだ。
「始めに言いますけど」声を出したら、ふつふつと腹の奥から力が湧いてくるのを感じた。「隈家に味方とか、あり得ませんから。田口にケガさせて、狩谷さんは……感じなくていい責任を感じてる。」
転校、という言葉を口にしそうになって、かろうじて飲み込んだ。
「宮川も俺も、隈家は怖いです。ケガや死ぬって事を考えたら、足がすくみます。」
「そうならないために、僕らがいるんです。」
「ですが」野摺さんの言葉に被せるように、俺は強く言った。「安全のためと言って、俺達の知らない所で事が進んで、我慢を強いられるのに、そろそろ限界を感じています。」
「……。」
「登尾さん、転校の話してましたよね。田口のお見舞いの時です。でも、いざ転校するってなったら、俺達は『さよなら』を狩谷さんに言う時間をもらえますか?」
野摺さんは黙っているが、少しまぶたがひくついたのを見た。
「あるいは、狩谷さんが『文化祭やりたい』『転校したくない』って言っても、それは絶対通らないですよね。」
「あずがそう言ったんですか?」
「言えるわけ無いでしょ!」つい俺は語気を荒げてしまった。「聞いてもらえるわけない、言ったら迷惑がかかる。それが分かり切っているから、狩谷さんは全部我慢したんですよ。今までずっと、やりたいことも、やりたくないことも!」
土曜日の、そして昨日の涙が蘇って来る。俺は、言葉が溢れて止まらなくなった。
「知ってます?狩谷さん、前こう言ったんですよ。『これ以上我がまま言ったら罰が当たる』って。……もっと言いたい我がままがあるんですよ。そもそも、自分の人生なのに、なんであなた達の言いなりになんないといけないんですか?俺と違って意思がちゃんとある狩谷さんに、なんで我慢を強いるんですか?」
「……彼女と、彼女の周りを守るためです。」
野摺さんは静かに答えた。が、顔がますます険しくなっている。「隈家は手段を選びません、君達の想像以上に。本家を乗っ取るためなら、跡取りである親父さんだけでなく、その奥さんもあずも狙う。そして、今度は君達―あずの友達まで襲いました。以前よりさらに過激になっているんです。我慢をさせているのは悪いと思っていますが、ここまでしないと、あずの安全を保障出来ないんです。」
「あずの安全、じゃないでしょ。」
声がまたきつくなった。自分でも驚くほどするする言葉が出る。それも、相手をあおるような言葉が。野摺さんは狩谷さんを含めた俺達を守ってくれている人だ。警備って意味でも、一先輩としてもいい人だとは思う。何より、こうして呼び出されたのだって、俺達の不審な動きを警戒しているから、そしてそれは狩谷さんが心配で仕方ないからだ。狩谷さんを大事に思っている人に、随分失礼な物言いをしているのは分かっている。でも、言葉は止まらなかった。野摺さんへのいら立ち―というか野摺さん含めた鷹野家全体へのいら立ちが、俺を突き動かしている。
「野摺さん達は、狩谷さんを守るって言いながら、結局本家の顔色を見てる。本当に狩谷さんが心配なら、さっさと隈家に家督を譲ってしまえばいい。」
「……君、自分が何を言っているか分かっていますか?」野摺さんの刃が食い込む気配がした。「隈家に鷹野家を乗っ取られれば、大変なことになるんです。」
「知りませんよ。大体、今だって十分大変じゃないですか。狩谷さんのお父さんはやりたくもない跡継ぎを任されそうになる、そのせいで命を狙われる。狩谷さんにいたっては完全な巻き添えです。…隈家に本家を取られることは大変で、狩谷さんが狙われるのは大変じゃないんですか。」
ガクン!と視界が激しくぶれた。野摺さんが俺の胸ぐらをつかみ、こちらを睨みつけていた。赫い目はまっすぐ俺を刺している。悪寒が走った。体が動かない。この人もやはり隈家と同じ、鷹野家の血を引いているのだと思った。
「……君達は何も分かっていません。」もはやナイフは首筋だけではなく、俺の全身に食い込んでいた。
「君達が相手にしているのはただの犯罪者ではないのです。一級の犯罪者ばかりの一族なんです。脈々と、人をだまし殺す術だけを磨いて来たような集団。君達の常識など一切通用しない。立ち向かうなんて愚の骨頂です。あずもろとも殺されます。」
今までになく静かで、強い口調だった。だが、何としても俺達を止めようとする焦りと馬鹿な真似をするなという怒りが、漏れ出ている。
「…隈家だけじゃありません。鷹野と言う一族自体、家同士の権力争い、讒言、暗殺が絶えたことの無い一族です。家族同士ですら腹の探り合いをしなければならない。そんな…人間を捨てたような彼らに、君達が歯向かって何になります?」
「……。」
「本家の当主と言うのは絶大な権力を分家にふるいます。家を一つ二つとり潰すくらい造作もありません。その位の力が無いと、この暗殺集団は治められませんから。それを隈家が継げば、いよいよ邪魔な本家の血筋を絶やそうとするでしょう。……あずが最も安全に過ごせるのは、親父さんが本家に戻り、分家を粛清することです。」
「……つまり、結局狩谷さんを本家に連れ去るんですね。」
「軽蔑してもらって構いません。」野摺さんが自嘲気味に笑った。「あずさえもだます事になるのは承知の上です。でも、親父さんが本家の当主になれば、形勢はこちらに大きく傾く。もう、隈家に怯える必要はありませんし、新しい敵が来てもすぐ潰せる。」
「……狩谷さんのお父さんが当主になったら、次は狩谷さんが継ぐんですよね。」俺はかすれた声で言った。「野摺さんはいいんですか。狩谷さんが、そんな『人間を捨てたような』当主になっちゃっても。」
「……僕では、彼女に自由をあげられないのです。」赫い目が光を失い、洞のようになる。「この家に生まれてしまった時点で、自由は手に入りません。だから、僕はせめて、あずに命を全うして欲しいのです。それすら、この家は危ういのですから。」
「………。」
「橋本君、君達は既に標的だという自覚を持ってください。」野摺さんが再び俺を鋭い眼で見据えた。
「これ以上踏み込まないでください。…わがままで死にたくはないでしょう。」
「俺達は、当事者意識を持ってますよ。」俺は答えた。「だからこそ、同じ当事者の狩谷さんが心配だし、何とかしたいと思っているんです。死にたくはありませんが、自由が無いままでは、生きた心地なんてしないです。狩谷さんみたいな、意思がある人はなおさら。」
「ほほう。普段事務作業のような文を書く橋本君にしては、詩的な表現だねえ。」
「…はぎゃあああ!?」
俺と、野摺さんの間にヌルンと現れた顔に、俺は悲鳴を上げた。
「ハハハハ…おい君、どうしたのだね。まるで化け物を見たような反応じゃあないか、え?」
「みみみ三ツ輪部長!?いつから?」
「今さっきだ。君が『自由が無いままでは、生きた心地なんてしないです』とのたまった辺りだねえ。」
言葉は同じなのに、三ツ輪部長が言うとなんだかドラマチックに聞こえる。部長、俺そんなに宝塚っぽい言い方はしてないです。
「いやなに、本当は君を呼びに来たんだ。署名活動の協力者としてね。だが君があまり熱を持って話しているからつい聞いてしまったのだ。」
「え?部長も署名に協力してくれるんですか?」
「私とて文化祭は楽しみにしていたからねえ。それに、状況も良い方向へ変わった。先日の通り魔だが、捕まったそうだから。」
「え?!」
つまり…隈家が逮捕されたって事か?そんな事、あり得るのだろうか。ちらと横目で野摺さんを見る。その表情は驚きで固まっている。―登尾さん達に情報は来ていない?あるいは、隈家側が掴ませた囮?はたまたデマ?
「元凶が捕まったなら、中止する理由は無いからねえ。喜んで署名するとも。―さて、橋本君、一度執行部室に行きたまえ。君を待っている友人がいたよ。」
「あ、えっと、はい。」
俺は野摺さんをちらと見た。野摺さんはもう普段の表情に戻り「引き留めてすみませんでしたね。」と言った。なんだか話が中途半端に終わってしまったが、部長が居てはこれ以上話せない。俺は頭を下げて、執行部室に向かった。
「さて、君は野摺君だったねえ、五組の。」
そう言って女子生徒は、こちらを振り返った。野摺は動揺を顔に出さないようにするので精一杯だった。橋本君と話しつつも、周囲の警戒は怠っていなかった。校内にどれだけ敵がいるか分からない以上、とにかく人の気配すべてに神経をとがらせていた。なのに、この生徒が声を出すまで全く接近に気づけなかった!
「私の事は知っているかな?同じ三年の三ツ輪というものだ。まあ、二組だから知らないかもしれないねえ。少々、教室が遠い。」
そう言って笑う三ツ輪の顔には見覚えがあるが、話した事は無かった。橋本君が部長と呼んでいたから、おそらく文芸部の部長だろう。
「ところで、」三ツ輪の口元が少し上がった。「いけないね、実に良くない。―いくら表情を作っても、君、殺気を隠せていないじゃあないか。」
「!?」
素早く後ろに飛びのき、距離を取る。だが、三ツ輪が動く気配は無い。腕をぷらぷらと揺らしながらにこにこ微笑んでいる。
「こらこら、それがいけないと言っているのだよ。私に敵意はないと分かるだろう。」
確かに殺気は感じない。武器も持っていない。そして、そこにいるという気配すらない。普通の人間ならそこまで気配は消せない。消せるとしたら―隈家の刺客か?由々しき事態だ。生徒にまで刺客がいるとは本家も把握していない。隈家には、自分やあずに近い年の子供がいないはずだ。となると、追随した分家か。
野摺とて鷹野の一族である。まして今は護衛として来ている。今ズボンにはペン型のハサミとカッターが忍ばせてある。苦無のような武器だけでなく、日用品を使って戦う術も、鷹野は身に付けていた。人目のない所に誘い込み、吐かせるか?
「―おっと、忘れていた。」
三ツ輪はパン、と手を叩いた。そして、スカートのポケットに手を伸ばす。その瞬間、野摺もズボンに手を伸ばした。が
「君、落とし物だ。」
そう言って三ツ輪が放り投げたのは、まさに自分が取り出そうとしたハサミとカッター。
「己を過信しないことだ。私―
「木菟だと!?」
野摺は愕然とした。木菟家は隈家と並び飛行に長け、情報工作も得意な家だった。しかし、隈家以上に鷹野にたてついたため、十年前に潰されたはず。…まさか、家を再興するため隈家と手を組んだ?
「本家を恨むのは君の家だってそうじゃないか、え?もう二百年も前に京都を永久追放された野摺の若君?」
「……僕はあくまで、あずが幸せになるために動くだけです。」
「ふむ?」三ツ輪は片方の眉を少し上げた。「だが、君一人で出来ることなど、知れている。生きる世界が違う者から助けを借りた方がいいと思うがね。」
「…まさか、橋本君たちの事を言っているのですか?」
「フフフフどうだろうねえ。ただ、これだけは伝えよう。―君が思うほど、敵は弱くない。」
冷水を浴びせられた気分だった。踵を返し、教室に向かう三ツ輪を、野摺はただにらむ事しか出来なかった。
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