第20話 パチンコとわがまま

「よっし!」

「田口上手いな、全弾命中かよ。」

「ま、家の周りに出るからな、イノシシ。これ上手くなればじいちゃんの畑を守れるかなーなんて。」

 数日後、駅まで帰って来た俺と田口、それに宮川は近くの公園でパチンコの練習。俺が一足先に購入したパチンコをみた田口が、すぐに似たようなパチンコを二つ手に入れて来たのだ。何でも、おじいちゃんが実際に害鳥獣駆除用に使っているものらしい。

「これはお古だよ。じいちゃんはもう使わないって。追い払うより山入って狩る方が早い!とか言ってさ。」

「おじいちゃん、かっこいいな…。」

「すみません、私の分まで。」

「いいよ、どうせ余らせてたんだ。捨てずに済んで良かった。」

 田口は宮川とおそろいなのが嬉しいだけだろうな。言わないけど。

「そうそう、例の臭い玉ですが…。」

 宮川は一揆で使われたこやしつぶてを再現するべく、色々と実験してくれている。

「おえええっ!」

 そしてその出来を俺達二人でチェックしている。(勿論屋外で!)

「やはりラップに包んでいた方が臭いが長持ちしますね。しかも包みを取るまでは臭いが周りに移らない…。」

 俺達の鼻の痛みを代償に、つぶてはどんどん強力になっている。石の周りを、臭いペーストが覆っている以外の情報は不明。ペーストの臭いは辛くて酸っぱくてちょっと香ばしくて、あとはただ鼻が痛い。

「なあなあ、こないだ聞いた事参考にハザードマップを強化してみたんだけどよ…。」

 こやしやパチンコと言った武器だけでなく、逃げ道の確保にも一層熱が入る。

「狩谷さんは橋本を抱えて飛んでたんだよな。」田口がはたと気付いた。「だったら、重い武器も多少持てたりする?」

「スピードが落ちるんですよ。あと、小回りも効きにくくなります。なので、重かったり長い武器は使いたがらなかった様です。」

「忍びとしては致命的か。」俺は頷いた。

「実際、過去の一揆では重石を使って相手の動きを鈍らせ、そこにつぶてで集中砲火を―」

「ぎゃあーやめてくれ!鼻が痛い!」

 もはや実物が無くとも言葉が出るだけで田口はおびえるようになった。…ある意味隈家より怖いものが出来た。いかん、何か話を逸らさなくては。

「えっと、そう。隈家の足取りについてなんだけど…。」

 放課後の時間を使って、俺達は学校周辺を探索していた。隈家は京都が本拠地らしいが、必ず学校周辺にも拠点を持っているはずだ。数で劣っている俺達が隈家をどうにかするには、相手より先に動いて、拠点を潰すほかはない。探索すると、今まで気付かなかった事も見えてくる。歩道までテントがのびているお弁当屋さん、小さな薬局、入り口は狭いが境内は広い稲荷神社。

「はー、ここに裏道があんのかあ。」神社を歩いている時に田口がしみじみとつぶやいた。

「ここから行けば学校に一気に戻れるなあ。」

「ついでに願掛けしていく?」

「ハッシーも神頼みとかするんですね。」

 この中で一番神頼みと縁遠そうなのは宮川だと思うけど、と俺が言うと、田口も笑って頷いた。三人でお賽銭を入れ、安全と文化祭の成功を祈った。

「そうだ。」何気なく神社の中を歩いていた俺ははたと思いついていった。「あのさ、もう一個隠れ場所を見つけたよ。」

 どこ?と尋ねる二人を連れて、俺は神社の奥に歩いていった。それを見た二人は驚いたし、田口に至っては「俺は使いたくないなあ…。」とつぶやいた。

「でも、一応マップに書いておいてくれないか。」

「うおお、結構手間がかかりそうだな。」

「ですが、これは見落としがちですよ。」

「小説の中だと、二十面相が確か使ってたはず。相手が使うかもしれないし、俺達もうまく使えれば、相手の裏をかくことが出来るかも。」

 俺はそう田口を説得した。

 こうした活動は、狩谷さんにも野摺さんにも秘密だ。二人に内緒で学校周辺を調べるのは骨が折れる。一応、「文化委員として近所の人に文化祭開催の是非を問うインタビューをしている」という建前を作った。建前と言いつつ半分は本当のこと。うちの学校と近所の方は密接な関係にある。

「文化祭、特に食品企画などは近所の商店から食材や道具を提供して頂いているのです。メニュー作りまで手伝っていただくこともあります。」

「それ、文化祭のレベルでは無いのでは…。」

 宮川の説明に、野摺さんがぽかんと口を開ける。

「大会やイベントの度にそうして助けて頂いているのです。そのお返しとして、文化祭では売り上げの一部をお店に還元し、かつ文化祭によってこの一帯に人を呼んでお金を落としてもらう…。そういう持ちつ持たれつ関係なのです。」

 実際、文化祭中は人出がすさまじい。北高の文化祭に慣れると、他校や大学の祭りがかすむと言われるくらいだ。そして、それは学校だけでなく周りのお店も然り。このエリア一帯が最も活気づくと皆口々に言う。

「ですから、近所の方を無視した決定など論外です。ここは、署名活動を行う文化祭推進派とも意見が一致しました。」

「おう。反対の人を無視した署名活動は行わない!安全を心配する人の意見も聞いて、その人達を納得させる方法を考えてから、署名活動をする!」

 田口が高らかに言った。「だから、インタビューの結果が出るまでは俺達も署名は行わない。他の委員と一緒に仕事…つまりインタビューだな、それに従事するって約束だ。」

「ですから、しばらくは放課後、毎日学校周辺をあちこち走り回ります。」

「分かりました。」野摺さんが言った。「委員会というのなら、仕方ありませんね。」

 だが、実際にはインタビューではなく、文書によるアンケートの形式を取っている。だから、俺達三人がわざわざ近所を歩く必要は無いのだ。だが、事実も織り交ぜているし宮川の抜群の弁舌センスによって、しばらくこの建前はバレなかった。

「文化祭をやるならあまり時期はずらしてほしくないって意見が多いんだよな。」

 田口がため息交じりに言う。「準備がまるで進んでねーから、延期なしにやるっていうのは正直無理ゲーなんだけど。」

「お店は今までどおりの日付に合わせて仕入などをしているのでしょう。延期されれば、その準備が無駄になるわけですから。」

 宮川が冷静に答えた。こんな感じで、途中経過をしばしば会話に出すのも、信憑性を高める宮川の作戦だ。もっとも、話している内容自体は、本当にアンケートで出た意見。そして、延期か否かで俺達が悩んでいるのも本当。

「なんか…志保ちゃん達大丈夫?」

「大丈夫、というのは?」

「だって、疲れてるみたい。」

 心配そうにこちらを見る狩谷さん。疲れているのは、放課後に近所を走り回り、駅まで帰ってきたら近くの公園でパチンコの練習をし、さらにつぶての改良とハザードマップの作成と、やる事が山積みで日々忙しいからだ。疲労からか、俺達の目にはくまが出来ている。しかし、宮川は口角を少し上げ、いつも通りの口調で答えた。

「疲れていないと言えば嘘ですね。しかし、やりがいのある疲れですから。狩谷さんだって、舞台を踏んだ後は疲れますが気持ちが良いでしょう。」

「…うん!その後たっくさんお菓子食べたら幸せ!」

「そうですね。まさにそういう状態なので、問題ありません。…では、私は今日バイトなので。」

 田口がハザードマップを作ってから、俺達は登下校ルートを変更していた。出来るだけ人通りがあり、上空から狙われた時身を隠せそうな、屋根のせり出した店が並ぶ通りを使うルートだ。マルセーの前も通る。だから、理由を聞かれた時は、「宮川のバイトのため」と答えていた。放課後活動が全て休止したため、宮川はその空いた時間にバイトを入れた。(勿論これも作戦のうち)でも、下校の途中で宮川だけ途中で別れるのは危険なので、マルセーまで一緒に帰れるルートにしてほしいと野摺さんに頼んだのだ。

「寄り道して小倉揚げマガを買うのも手だな。」

 友の安全のためと言う理由に加え、田口の最後の一言はまさに切り札だった。こっちのルートにすれば安全にパンが買える、と分かった時の狩谷さんは、明らかに心が動いていた。目がきらっと光ったし、口から涎が出そうなのをぐっとこらえていた。それを見た野摺さんが「仲間には伝えておきますので、変えましょうか。」と話がまとまった。

「……ねー、パン買っていこうよ。」

「はいかイエスで答えて、という圧がありますね。」

 そして今日も安全に寄り道したがる狩谷さんと、苦笑いの野摺さんも連れて俺達は宮川と共にマルセーに入ったのだった。


雨の日には公園に行けないので、俺の家に集まる。兄弟もいないし、両親も共働きだから家には俺しかいない。なので、パチンコやカラーボール、救急箱なんかを広げていても、うっかり家族に見られる心配はない。

「ところでさ、月末まであと一週間だろ。」

 ハザードマップの改良を進めながら、俺は口を開いた。二人が黙る。月の終わりが近づいているという事は、つまり転校が近づいているという事。

「俺、一度狩谷さんに会おうと思う。」

「会ってどうすんだ。」

「……意思を、聞いてみたい。」

「転校について、ですか。」宮川が手を止めてこちらを見る。「狩谷さんが拒否しても、登尾さん達をどうにかしないことには…。」

「うん、転校自体は止められない。そもそも、転校の是非に狩谷さんの意思は関係ないんだよ。だから、狩谷さんも言わないんだ。」

 どれだけ嫌がったところで、転校の決定は覆らない。田口の病室に来た時の、登尾さんの「…分かってるな?」という言葉。「これはお前のためなんだからな」という圧。決して独りよがりな圧力ではないのは分かる。狩谷さんだけでなく、俺達や狩谷さんの家族の安全を考えたら正しい。

「でも、狩谷さんが本当はどうしたいか、口にしちゃいけない雰囲気があるのはおかしいと思う。」

「嫌だ―って言う分にはタダだもんな。」田口が笑った。「まあ答えは明らかだろ。橋本の前で、そんなに泣いてたならさ。」

「今までも、そうやって我慢を重ねてきているんでしょうね。安全の為に…。」

 狩谷さんは「これ以上我がまま言ったらバチが当たる」と言っていた。でも、果たして本当にわがままを今まで言ってきたのか?わがままは通ったのか?

「自分の人生なんだ、わがままで良いと思うんだ。」

 あの時、そう言えれば良かったのだ。まあ、自分の意思の無い俺が言うのもなんだけど。

「今まさに、橋本はわがままを言ってるな。」

「そうですね。本人抜きに、転校させたくないからとあれこれやっています。」

 確かにそうだな。何なら、二人も共犯者を作り出している。そこに、転校する本人も連れて来るっていうのが、俺の次のわがままだ。

「明日、学校で話してみる。」

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