第19話 嫉妬と再結集
日曜日、俺は宮川に電話をかけた。田口と一緒に、グループ通話にするつもりで。今は土日の部活も停止中なので、宮川は家にいるはずだ。
「もしもし?」
「宮川?今時間良いか?」
俺からの電話という事で驚いているのが声色で分かる。だが、宮川は「構いませんよ。」と答えた。そこで、三人でグループ通話に切り替える。
「結論から言うと、俺と田口は諦めずに隈家を打倒する策を考えることにした。」
「……。」
「宮川、まずはすまん。」田口が頭を下げた。「ちょっと、カーっとなった。言い過ぎた。…でも、俺どうしても文化祭はやりたい。だから、隈家をどうにかする。」
宮川は黙っている。田口が続けた。
「あいつらに邪魔されっぱなしは嫌なんだ。でも勿論、安全は無視できない。だから、防犯策を仲間と考えてる。専門知識のあるダチがいるからな。俺自身も、ハザードマップに応急処置の練習と色々やってる。」
「俺は、図書館で本を漁って、農民が鷹野一族の忍を倒したっていう史実を見つけた。」
「……
「え?!」自分でもびっくりするほど高い声が出た。「宮川知ってんの!?」
「知ったのは最近ですよ。ハッシーはどんな情報を見つけたんです?」
「えあ、えっと。」
「橋本、ビデオに変えよう。本を見せれるから。」
俺は戸惑いつつも通話を切り替えてもらい、昨日田口にも教えたことを伝えた。宮川は真剣にこちらを見て、時々頷いたりペンで何やら書いたりしている。俺が一通り話し終えた後も、宮川はしばらく口を開かなかった。何やら難しい顔をして、腕を組んで考え込んでいる。俺はごくりと唾を呑んだ。田口も同じように緊張した顔で見つめている。さあ、どんな反論が待っている?でも、何としても説得するぞ。
「……
「まあ、実際三冊しか見つからなかった。部長がいなかったら多分手に取ることも無かったよ。」
「ちょっと悔しいですね。」
へ?
「私が二週間かけて、兄もこき使って手に入れた情報の半分ほどを、ハッシーが一日で手に入れてしまったんですから。ちょっと割に合いません。」
そう言って画面の前にデン!と紙の束が置かれた。え?これ何?
「大学の資料のコピーです。」
「大学!?」俺と田口の声がシンクロ。
「全て鷹野家と
「え、じゃあ、あの。宮川、大学の先生に」
「はい。鷹野家について沢山聞いてきました。」
何という行動力。でも、いくらお兄さんがいるからって大学の中に入れるの?
「図書館については一般に開放されていました。先生との面会については……兄を説得して、かなりわがままを言いまして。『将来大学でこれを研究したいから、どうしても先生に会いたい』と。」
「待った!」田口が手を挙げる。「宮川、大学って農学部志望じゃなかった?」
「……嘘も方便です。」
淡々とした声だけど、声量がキューンと落ちた。後ろめたさはかなりあるようだ。
「さて、そうして調べた結果、鷹野家の弱点が見えてきました。五感です。」
「五感?」
宮川は調べたことを解説し始めた。鷹野一族は普通の人間より五感が優れている。たしか狩谷さんも、一キロ先ぐらいなら見えると言ってた。忍者として夜襲を行ったり、隠密行動をするために五感を研ぎ澄ます必要があったからだ。そのため、農民たちが鷹野家の裏をかくのは非常に難しかった。こっそり近づこうにも、先に悟られてしまうのだ。
「ですが感覚が鋭いという事は、その分刺激も強く感じてしまいます。大きな音、強烈な臭いは、彼らにとっては苦痛なのです。そこで村人が武器にしたのが、こやしを石に塗りたくってぶつけるというものです。」
「こやし?」
「……し尿をため、発酵させたものです。肥料として使います。」
「おえっ。」田口が顔をふせる。俺も聞かなきゃよかったと思った。
「さすがに現代にこの手段は難しいですが、においが強いものや刺激物で代用すればいいでしょう?唐辛子とか、ニンニクとかです。大きな音なら、防犯ブザーなど最適です。」
なるほど。狩谷さんがタバスコを持ってたのも、もしかしたら目つぶしと言うだけでなく嗅覚を刺激するためだったのかもしれない。
「宮川、俺たち以上に鷹野家の事詳しいじゃん。すっげえ。」田口が手を叩いた。「二週間調べたって、中止のちの字も出てない時から調べてたって事だろ。」
「それは……。」
「すげえな!」昨日のきまずそうな顔はどこへやら、すっかり感心した様子で田口が笑った。「野摺さんに頼らなくても、宮川なら自衛出来そうじゃん!」
だが、宮川は答えなかった。その表情は暗く、それに気付いた俺も田口も首を傾げる。しばしの間のあと、宮川がため息をついて話し始めた。
「二週間ほど前に、狩谷さんに急に代役を探してくれと言われたのです。自分はどうしても参加できなくなったからと。」
「え?でも委員会のあった日だって、部活にいたんじゃあ…。」
「部活には来ます。代役の子に演技指導をしてもらうためです。でも、当日は来れないと言っていました。理由を聞いてもはぐらかされ、おかしいと感じました。」
「二週間前…転校するって決まった頃か。」田口が言うと、宮川もうなずいた。
「田口君のお見舞いの時、登尾さんがほのめかしていましたから、ああ現実になったのだと。そこまで考えた時、私に沸いた感情は……寂しさではなく安堵だったんです。」
「安堵?」
全く結びつかない言葉に、俺達は思わず聞き返す。宮川は自嘲気味に続けた。
「情けない話なのですが…私は狩谷さんの事を友達だと思っています。しかし、一方でどうしても認められないと言うか、嫉妬もしていました。」
えっと声が出てしまった。理性と感情の割合が99:1って感じの宮川が、嫉妬?しかも狩谷さんに?
「演劇を始めたのは高校からですが、それでも狩谷さんよりは場数を踏んでいます。それでも、彼女の表現力を見て焦ってしまったんですよ。練習してさらに伸びるのが分かりましたし。今回の舞台だって、主役を代わるべきかもしれないと思いました。」
そういえば地区大会の時、控室で俺が役者になるのって聞いたとき、宮川はちょっと暗い顔をしてた。今はのめり込んでいるけど、これからも突き詰めるかは分からないって感じの口ぶりで、「演技に少し自信が持てなくなっています」とも言ってた。
「ハッシーに役者になるのと聞かれた時、以前ならイエスと答えていたと思います。それぐらい、熱中しているんです。でも今は…自分より上手い、追いつけない人がすぐそばにいる。彼女より下手な自分が役者を目指していいのか?目指したところで、なれるのか?そう思うと…狩谷さんに夢を潰されたような気分になるんです。」
宮川が髪を掻きむしった。目には涙が浮かび、声にはすすり泣きが混じっている。ここまで感情がむき出しになった宮川を見るのは初めてだった。
「そう思ってしまう自分の汚さが嫌です。でも、今は四六時中一緒にいるでしょう?だから、この感情が離れてくれないんです。いずれ彼女にぶつけてしまいそうで怖いんです!転校してくれたら…私もこの苦しくて辛い状態から抜け出せるかと……。」
俺も、田口も言葉が出なかった。
「……すみません、自分の話ばかりしましたね。ですが、これが鷹野家の事を調べたわけなのです。彼女のためになりそうな事を必死にやっていれば、少しは自分のどす黒い部分が見えなくなりますから。自己満足、というものですね。」
涙をぬぐい、息を整えた宮川だったが、顔にはまた自嘲の色が浮かんだ。
「馬鹿だと思いますよ。転校してくれと願っているのに、転校のきっかけになった鷹野家への対抗策を探している。ハッシー達には冷静になれと言いながら、自分が一番自分の感情の整理をつけていない……。失礼、水を飲んで来てもいいですか。」
「うん。」
宮川が一度画面から消える。もどって来るまでの間、俺は何と声をかけたものだろうと悩んだ。隈家に抗戦する事に対しては、どんな反論が来るかと頭の中で何度もシミュレーションしてきたが、この展開は全くの予想外。今俺の頭の中はぐちゃぐちゃだが真っ白と言う自分でもよく分からない状態だ。
「宮川、あんな悩んでたんだな。」ぽつりと田口が言った。「上手なやつが親しいダチとか兄弟だとマジで焦るし辛いんだよな。」
「田口もある?」
「あるよ。俺の場合は弟かな。」田口が苦笑いしながら頭を掻く。「小学校から一緒にサッカーやってるけど、いつも一枚上手なんだ。悔しくて、八つ当たりだってしたよ。」
「ええ、なんか想像つかないな…。」
「でも、弟がそれで下手になったら満足か?ってコーチに言われて。そんなことして弟より俺上手いって言ってる兄ってイタいじゃん。だから、練習することにしたんだ。」
「なるほど。」
「まあ。それでも追いつけなかったけど!」ワハハっと田口が笑った。「悔しーって思ったけど、ああいうコーチになれたらいいよなあって思ったのも、インストラクターを目指すきっかけだったんだ。」
そうだったんだ。
「失礼しました。」
宮川が戻ってきた。俺はとりあえず、「おかえり。」とだけ言う。
「少し、落ち着きました。すみません。聞いていて、あまり気分のいい話ではないでしょう。」
「そんなことは…。」と俺が言い淀むと、田口が「全然。」ときっぱり答えた。
「嫉妬するって事は、そんだけ打ち込んでいる証拠だろ。中途半端にやってるやつは『負けても仕方ねーや』で終わりなんだから。もうそいつには見込みが無い。どんどん嫉妬すればいいじゃん。俺も悔しい!って思ったらすげー練習身が入ったぜ。」
「……。」
「演劇なら、嫉妬深い役だってあるじゃん。シンデレラの姉とか。今の宮川なら、完璧に演じられるぜ。劇に出てくるのは、善人ばっかじゃないんだし、引き出しゲットぐらいに思えばいいと思う。」
ぽかんとする宮川が映っている。俺は田口がこの場にいた事に感謝した。俺が同じことを言っても多分刺さらない。田口の言う「中途半端にやってる」タイプの人間だから。自分より上手い人がいたら即諦めるタイプだから。
「羨ましいなあ。」思わず声に出た。田口が「どうした?」と不思議そうに俺を見た。
「俺、嫉妬するほど何か熱中したことないから。進路希望調査の時だって、やりたい事決まってる二人みて焦ってたんだ。」
「全然気が付きませんでした。」
「橋本と焦りってワードが全然つながらねえわ。大体、公務員は違うのかよ。」
「あれは安定って聞いたから…。」
「熱意ゼロか!世の中の頑張ってる社会人に謝れ。」
全くもってその通りなので、俺もごめんなさい、と頭を下げた。
「嫉妬を羨む人がいるとは思いませんでした。」と、宮川がつぶやいた。だが、少し表情が和らいでいる。「……ええ、少し、気持ちが楽になりました。あと、田口君。」
「うん?」
「先日は私も言い過ぎました。すみません。文化祭が楽しみなのは、私も同じです。でも、我慢しなければと思っているうちに、語気が強くなりました。」
そう言って宮川が深く頭を下げたので、田口がおろおろと手を振った。
「い、良いって宮川!そんな、頭そんなに下げんなって!」
「いいえ、これはきっちりけじめを付けるべきですから。それと…。」そこでやっと宮川が頭を少し上げた。「嫉妬も引き出しの一つというのは目から鱗でした。そう考えると、自分のこの嫌な部分も受け入れられそうです。本当に、ありがとうございました。」
「い、いいよ!そんな、改まって!」
宮川がまた深く頭を下げたので、田口がますますおろおろしている。顔も赤い。
「えっと、そうだ橋本!」田口が俺に話を振る。「宮川説得するんだろ!早く!」
「え、このタイミングでそれ言う!?」
「説得…。つまり、隈家の打倒への協力ですか。」表情がいつもの宮川に戻った。「それでしたら、こちらからお願いします。」
「え?」
「違うのですか。」
「いやだって…。」俺はおずおずと口を開く。「反対されると思ってたから。」
「…転校は、安全を考えれば合理的かもしれません。鷹野家を調べるほど、やはり危険な集団であるというのはよく分かりましたから。」宮川は厳しい顔で言う。「誰かが、あるいは自分が今度こそケガ、あるいは死ぬかもしれない、と考えると、足が震えるのは確かです。」
死ぬ、という言葉を宮川はこともなく口にした。怖いとは言いつつ、顔はもう覚悟を決めている表情。
「ただ、私が転校に反対しなかった理由はそれだけではありません。私自身の心の問題です。そこを見ずに、転校を容認するのは、間違いだと思うのです。きっと後悔します。」
「……。」
「隈家を止めましょう。もう襲われてばかり、守られてばかりはお終いです。」
俺達二人は強くうなずいた。
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