第18話 一揆としょーもない喧嘩
少し冷えた頭で俺は一人、改めて隈家対策を考えた。まず、狩谷さんが使っていた護身用の道具を思い出してみる。真っ先に浮かんだのは、パチンコ。なんとなくY字の木にゴムをくくりつけたおもちゃのイメージだけど、狩谷さんが使っていたものはあきらかにおもちゃではない。試しにパソコンで検索してみると、鳥獣害対策としてパチンコが売っていた。
「あ、これっぽい。」
その中に、狩谷さんが持っていたものによく似たパチンコを発見。やはり鳥獣を追い払うようだった。使う側にも技術が必要で、勿論本当は人に向かって撃ってはいけない。
「鷹(野家)対策で俺は買うんだ。うん。鷹よけだから。」
そう屁理屈を言って購入しようとしたら、とっても高かった。俺のおこづかいだと約半年分。護身用だと言ってもさすがに尻込みしてしまったので、結局おもちゃ寄りの安いパチンコを購入した。
「あとはカラーボールと、なんか辛い調味料持ってたっけ。」
どちらも目にぶつけて視界を奪うために持っていたのだろう。本来の用途をまた無視しているけど。目に確実にヒットさせられれば効果は抜群だ。そこまでになるよう、必死に練習しないとだ…。
「顔じゃなくても、相手が落っこちてくれれば逃げ切れるよな。」
パチンコの威力によっては、あの見えない翼を壊せるかもしれない。もしくは、翼にも急所みたいなのがあって、そこに当たればバランスが崩れるとか。
「そうだ、映像!」
他でもない自分が電話で言った事だ。狩谷さんが飛ぶ仕組みをさらに細かく調べて弱点を探る、その為に過去の練習動画を見直す。しかし、映像は全部スマホにデータが入っている。今起動するのはまだ怖い。そうなると、今出来る事は……。
「また本で飛び方を調べるか。」
すぐに俺は図書館に行った。自分の町のではなく、より沢山本がある泉市立図書館の方だ。ネットも使えるし、データベースもある。
「えーっと、これと、これか。」
以前読んだ鳥の本の他に、同じ作者の本も持ってきて読んでみる。今までの練習で、飛び方が猛禽類に似ているのは間違いないので、それに絞って本を読んだ。猛禽類はやはり体が重いので、風を使って体を浮かせ、さらに羽ばたくことで飛ぶ力を得るようだ。つまり、無風の日には飛ぶ事が難しくなる。んー、でもこれを自衛に活かす事は出来ない…。
「忍者、で調べてみるか。」
空を飛ぶという他にはない術を持っているが、使う道具は苦無という、いかにも忍者らしい一族だ。古くからある家だし、もしかしたら歴史の本に少しでも載っているかもしれない。確か狩谷さんは「戦国時代の古文書に出てくる」って言ってたっけ。
「戦国時代、戦国時代…。」
その時代について書かれた本は図書館にもいっぱいある。織田信長とか伊達政宗とか、皆が憧れる武将がたくさんいる時代だからだ。だが、忍者は表舞台には出てこないから本も少ない。甲賀、伊賀といったメジャーな忍者の本はあるけど、鷹野家はやはり見つからない。忍者と題名についた本を片っ端から開けるが、どれも外れだ。ちょっとくたびれて机につっぷしていたから、後ろからの気配に気づかなかった。
「ほう、忍者の本かね。」
「ぎょおおおおおお!?」
ホウセンカの種がはじけるように俺はイスから飛び上がった。背後にいたのは、なんと三ツ輪部長。
「おいおい、図書館では静かにしたまえよ。」
「すすすみません…。まさか、部長に会うと思わなくて……。」
「私とて泉市民だよ。ここを利用しないわけないじゃないか。」
そう言って部長は声量を落としつつまた笑った。
「ふむ、しかし橋本君が忍者が好きだとは知らなかったねえ。」
「え、ああ、まあ……。次回の、部誌のネタになるかなあって。」
俺はとっさにそううそをついたが、部長にうそをつくのはとても気が引ける。というか怖い。何もかも見透かされそうだからだ。部長がニヤリと笑った。俺は冷や汗がつつーっと背中をつたった。
「フフフ…少々気が早いが、熱心なのは良い事だ。ふむ、ならばぜひとも読んで欲しい本があるのだよ。」
部長はそう言って、一人本棚に向かった。ほどなく数冊の本を持って来たのだが、その中の一冊は
「?部長、これ小説ですよね。」
「いかにも、これはフィクションだ。だがね橋本君、この本の作者は自ら古文書を読み解き、現地を訪ね、研究した事を元に作品を書いたのだ。およそ、普通の歴史書には載っていない、裏で暗躍した人物たちの事をね。」
三ツ輪部長は、そこでニマーっと笑った。「橋本君。君が書く本のお薦め文は実に面白い。だから、学術書だけでなく、小説もぜひ候補に入れてくれたまえ。君自身にとっても、思わぬメリットがあるかもしれないからね。」
部長はそう言うと、「それでは、私はこれにて。」と華麗にターンして去っていった。
果たして、部長の言葉通りだった。部長が推した小説は、まさしく俺が知りたいと思っていた事―鷹野家の忍びをモデルにした小説だったのだ。あとがきにはっきりとそう書かれている。
「こんなミラクルあるか…?」
本のタイトルはずばり『忍を墜とせ』。話の内容は、村を襲う忍者たちを、刀を持たない農民たちが知恵を絞って撃退する話。お堅いタイトルに反して割とトタバタコメディな時代小説だった。あとがきによると、元になったのは
夕方、本をだいぶ読み進めた俺は、田口との電話が途中になっていた事を思い出し、かけ直した。
「おー!いきなり電話切れたからびっくりしたぞ。」
「ごめん、電池切れだ。」
「そうか。まあ俺もだけど。で…えーっと、どうした?あ、ビデオ通話にする?」
通話を切り替え、図書館の事を話すと、田口の顔が驚きと興奮で笑顔になった。「部長さんぱねえな。で、何か手掛かりあった?」
「えざっくり言うと、鷹野一族についてと、その撃退法。」
「ドンピシャじゃん!」また田口が笑った。「いや、俺もさ、文化祭開催を目指すうえではやっぱり隈家を無視できねえなって思って。」
「そういえば、署名は結局やるんだよな?」
「やるよ。でも、橋本の言う通り、安全を抜きには出来ない。そこ無視したって、支持は集まらないからな。だから、具体的にこんな安全対策を行います!っていうのを決めてから、署名活動に移るつもりなんだ。」
なるほど。
「で、撃退法は?俺らにも出来そうか?」
嘴土民一揆は、空も飛べない武器も持たないという農民が忍者に勝ったという事件だ。つまり、今の俺達と状況は同じ。ゆえに、参考になる記述は沢山あった。
「まず、撃退法の前に鷹野家の飛び方についてだけど。」俺は借りた本を見せた。
「相手は足に苦無をいくつか括りつけて、それをもう一方の足で抜き取って投げているんだ。腕は翼だから使えない。」
「あー、だから飛んでる時ひらがなの『す』の人文字みたいな格好になるのな。」
ふんふんと田口が頷く。「てことは?足につけてる苦無が無くなったら、弾切れってことか!」
さすが、と俺は頷いた。重い人間が空を飛ぶには、体よりうんと大きくかつ軽い翼が必要だ。いいかえれば、いくら大きな翼を持っていても、支えられる重さには限度がある。つまり、あまり武器をあれこれ抱えて飛ぶ事は出来ないのだ。鷹野家が足以外に武器を持っている可能性は低いし、数も多くないと考えてよい。
「例え持ってても、足が届く範囲に無いと使えないしな。だから、苦無を全部使い切ったら、一旦身を隠して武器を装備し直す可能性が高い。」
「じゃ、こっちも相手が隠れそうな場所を目星付けといた方がいいな。相手はその時丸腰なんだからよ。」
田口が勢いよくペンを走らせる。「いいぞ橋本。他には?」
「あの見えない翼は、やっぱり叩くと壊れるらしい。小説だと、石や矢を何度も撃ち込んで壊してる。狩谷さんもパチンコを持ってたし。」
「ああ、そういえば撃ってたな。隈家の顔ピンクだったもんなあ。」
「で、一番もろいのは、尾羽。」
「へえ!」
「腕から生えてる翼と違って、どうしても動かしにくい。尾羽に向かって撃てば、足にも当たって敵の武器を落とせる可能性が高い。あと…運が良ければ急所に―」
「や、止めろ。想像するだけで痛えから!」
ちなみに小説の中では見事に的中させて忍者を一人生け捕りにしている。これ史実だったらすごいな。そして痛そうだ…。
「それから、目くらましも使ってた。鏡で光を反射させて。」
「あ、まぶしっ!てか。うん、マネできるな!」
「真似できそうなのはこんなとこかな…。小説だと、大きな投石器作って撃ち落としたり、大きなひしゃくで水をばらまいて翼をぬらしたり。」
「あ、水に弱いのか、あの羽。」
「あまり水をはじけないみたいだ。水を吸って羽が重くなると飛べなくなる。ただ、これについては濡らす方法が俺らには無いからさ…。」
「消防車のホースみたいなの要るよな。あるいは誰かがこっそりビルとかに登って、水鉄砲発射?」
田口がそう言うが、どちらも現実味は無い。ただ、濡れると飛べないと分かったので、雨の日や雪の日は心配しなくていいということだ。
「大収穫だな、橋本。」田口が嬉しそうに言った。でも、文化祭を開催したい田口にとっては、あまり有益ではなかったかもしれない。「文化祭を安全なものにするため、みんな護身用にパチンコを持って!」なんて言ったら、それこそ教育委員会に中止を言い渡されそうだ。今俺が言った対策は、俺達四人だけが出来る事だ。
「俺だって、考えてないわけじゃねえよ。」田口が何やら取り出した。「もう警察や地域の見守りボランティア団体に協力をお願いしてあるんだ。文化祭をどうしてもやりたいんで、当日の周辺の警護をお願いしますって。」
「まじで?」すごい、行動が早い。
「あとは、入場時に校門の前で記名をしてもらうこと。そばにはカメラと植木を置くんだ。」
「カメラは分かるけど、植木?」
「高さを百八十センチジャストにしたやつ。それのそばに人が立てば身長がいくつかかなり正確に割り出せるってわけ。」
なるほど。さりげなく不審者の体型を把握出来るんだ。でも、カメラと言いその植物と言い、どうやって準備するんだろう。
「元々防犯防災研究部のブースで使う予定だったのを貸してくれるって。認知度の低い自分の部をアピールするチャンスだって。」
確かにそんな部があったとは全然知らなかった。というか、これ部活って言っていいの?
「それから、ハザードマップも作った。」
「ハザードマップ?」
「こんなのだ。」田口が画面の前で手作り感満載の地図を広げる。学校の周辺の地図だが、よく見ると家や店があるところに緑のシール、そして道路には赤で塗られた場所やバツがついた場所がある。
「緑のシールは子供110番の家だよ。」
「あー、小学校の時教わった。不審者が来たらそこに逃げ込めって。」
「まあ、俺らも法律上はまだ子供だろ。で、バツは過去につきまといとか、事件があったところ。俺らが襲われた所もちゃんと付けたぞ。」
「赤の道路は?」
「危なそうな道路。バツ印も多いだろ。ここは昼でも人がいなかったり、街灯が少なかったり道が細くて助けを求めにくそうなとこだ。」
「すごいな、田口だけで作ったの?」
まさか、と田口が笑った。聞けば、協力をお願いした見守りボランティアの人達が以前作ったものに、田口達がさらに書き込みをしたそうだ。
「ほら、この辺って小学校とか幼稚園もあるじゃん。だから、ちっちゃい子供向けに危ない所はどこかなって教えるために作ったんだってよ。俺らはそれを改造したんだ。」
そして、田口がもう一枚地図を取り出した。
「これは、俺ら四人用。空から隈家が来た時に安全かどうかで作ったハザードマップ。」
屋根があって身を隠せるエリアを緑、逆に辺りに民家が無く助けが見込めない危険なエリアを赤く塗ってある。こちらにも以前俺達が襲われた場所に×印がつけられ、道路には「道が狭く一人しか通れない」「人の往来多く、助け求めやすい」など、細かな情報も書いてある。さらに、病院の位置も書き込まれていた。
「あの時はマルセーさんがいたから良かったけどさ、もし手当てがだれも出来なかったら俺もっとヤバかったと思うんだ。」
「すっげえ。」すっかり感心した俺は興奮しながら画面越しに地図をたたいた。これは四人全員で共有するべきだ。実際、田口はちゃんと俺達の分も作ってくれていた。
「ただ…昨日の今日で、宮川には話しかけづれえけど。」
それでも、隈家を止めるには、宮川の協力は不可欠だ。それに、ここまで一気に調べて考えたのは、宮川に完膚なきまで論破されたのも大きい。
「俺達だってここまで知恵を絞ったんだ。もう一回説得してみよう、二人で。」
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