第14話 代理男子と分裂

 野摺さんと登下校を共にしているのは、当然身の安全の為だ。しかし、野摺さんが気を使ってくれているのか、あまり「命を狙われている」という緊張感はない。二日目にはすっかり打ち解けていて、ごく普通の先輩後輩の様にしゃべっている自分がいた。多分、それは田口や宮川も同じだと思う。今は残り一か月を切った文化祭の話で持ち切りだ。

「なるほど、あず以外は皆さんその文化祭の実行委員なのですか。」

 野摺さんが目を丸くする。「委員が三人も揃うってすごいですね。」

「橋本は代理だけどな。」

 田口にそう言われ、俺は力なく笑う。去年、「文化祭の時期だけしか仕事無いなら楽かな」と思って委員になり、散々な目に遭った俺は、今年は絶対文化委員をやるものかと思っていた。実際、田口ともう一人立候補がいたので、今年は安心だと思っていたのに…。

「もう一人の人…発明部で、ペットボトルロケットで空を飛ぶ実験中に大けがして、今も入院中なんです。」

「ペットボトル、ロケット…。」俺の説明に絶句する野摺さん。

 そんなわけで、田口が経験者でもある俺を半ば強引に委員代理に任命したのである。使い古された表現かもしれないが、これが最適な表現だろう。トホホ。

 ただ、北高最大のイベント、文化祭を俺が楽しみにしていないと言えば嘘だ。三日間行われるこのイベントは、食品ブースやお化け屋敷、巨大壁画アートにコンサートと、とにかく色んな出し物であふれかえる。クラスと部活がそれぞれ一つずつ企画を出すのだが、前にも言った通りうちの学校は部活が多い。なので、企画の数も多くなる。

「それで毎年、場所の確保をめぐって部やクラスでバトルがあるんだよ。話し合いで済めばいいけど、じゃんけんとか百メートル走とかポーカーで決めたこともあるんだぜ。」

「うわーー!すっごいね。」

「ポーカーというのはどうかと僕は思いますけど…。」

 うちのクラスもその争いに巻き込まれ、自分のクラスが使えなくなったので、宮川がいるとなりのクラスとの共同企画を行う事で何とか会場を確保した。共同と決まった時は狩谷さんが「志保ちゃんと文化祭だ!」と大はしゃぎして跳ねまわり、机にひざを思いきりぶつけてもん絶していた。

「それであの日ひざさすっていたんですね…。」野摺さんが苦笑いして言った。

「いやー。文化祭って参加した事無いからさー。ついつい。」

参加したこと無いの?と言いかけて、止めた。おそらく参加できなかったのだ。鷹野家本家から逃げるために、狩谷さんは学校行事を楽しむ暇もなく、学校を転々とさせられるのだろう。

「楽しみだなー!食べ物のお店もいっぱい出るんでしょ!焼きそばとか!」

「毎年出ますね、焼きそばは。」と宮川。「過去には英語部のフィッシュアンドチップス、フラメンコ部がパエリア、妖怪研究部がずんだもちを出してました。」

「妖研…ずんだもち関係あんのかな。」田口がぼそっと言う。

「おいしそ~。全部食べきれるかなあ。」

 よだれを垂らしながら夢見心地の狩谷さん。まだ一か月先だよ?

「皆さんのクラスは何をやるんですか?」野摺さんが聞く。

「お化け脱出ゲームだよ!」

「おばけ?だっしゅつげーむ?」

「えーっとね…、閉じ込められたから、お化けから逃げて脱出するゲーム!」

満面の笑みで答える狩谷さんに対し、野摺さんは反応に困っている。そりゃ「脱出」って言ってるんだから抜け出すゲームであるのは確かなんだけども。

「部屋に仕掛けられた謎解きをクリアして、制限時間内に教室を脱出してもらうっていうゲームです。」

「楽しそうですね。」野摺さんが笑った。

「元々俺らのクラスはお化け屋敷で、宮川のクラスが脱出ゲームだったんです。なので、それを組み合わせて、お化けが潜む部屋で謎解きをしてもらい、お化けに襲われる前に脱出してもらうというゲームにしました。」

 今度の臨時委員会で、全団体の企画が正式に決定する。そこからは、文化祭運営の仕事と、自分のクラスの企画、そして部活企画の準備にてんてこ舞いになるはず。やる事が多すぎて頭がパンクし、保健室送りになる生徒の何と多い事か。

勿論、委員でなかったとしても文化祭シーズンの生徒は忙しい。先生も生徒も各企画の準備をするため、文化祭の一週間前からは毎日五時間目が文化祭のための自由時間にあてられる。その分、今は授業が通常の二倍のスピードで進んでいる。先生も必死に授業を進め、俺達もヒイヒイ言いながら食らいつく。

「こ、これも文化祭のためだもんね!」

 文化祭二週間前、狩谷さんがそう言いながら数学に悪戦苦闘しているのを見た。気のせいだろうか白っぽく見える。

「…橋本もそう思う?」と田口。きっと狩谷さんは燃え尽きようとしているんだ…。このままだと文化祭当日には灰になっているだろう。…それまで持てばいいけど。

「立つんだ狩谷さん!」田口が叫ぶ。「文化祭のために!」

「ブンカサイ‥‥。」狩谷さんがはたと思い出したように起き上がる。

「そうだ、五組の友達が企画をボツにされたって聞いたんだけど、うちのクラスは大丈夫?」

「ボツ?」田口が首を傾げる。「五組は…食品企画だったはずだ。何でだろ?」

「激辛チャレンジレストランを企画していたからだよ。」と俺が答えた。

「激辛、駄目なの?」と狩谷さんが聞くので、俺は「駄目。」と答えた。原因は一昨年の文化祭だ。やはり激辛料理を出す企画をしたクラスがあったのだが、なんとジョロキアを調理に使ったらしい。結果、食べた人だけでなく作っている人も目や口の中、皮膚の痛みを訴え、病院に運ばれる事態になったのだ。俺は去年、先輩からこの話を聞き「唐辛子ネタはやめるように」と教わった。

「ジョロキア……」田口の顔がひきつる。ジョロキアを使おうと思った人もすごいし、その企画が通ってしまう学校もすごいなとつくづく思うエピソードだ。

「ど、どうしよう。脱出ゲームで気絶して、病院送りになった人とか、過去にいないよねハシビロ君?」

「それはないんじゃないか…?というか、脱出ゲームって企画自体、あまり今まで無いと思うし。」

 そう答えると、狩谷さんはほっとしたように笑った。

「良かった。皆楽しんでくれると良いよね!」

「そのための実行委員だ。」田口が胸を張ると、おおおーと狩谷さんが拍手。やれやれ、これから怒涛の勢いで仕事がどっと増えるのに。冗談言ってられるのも今のうちだぞ。

 ところが、その日の放課後、委員会に行ってみると

「中止!?」

 文化祭そのものが中止になる可能性が高い事が分かった。原因は、やはり夏休みの通り魔事件―という事になっている、隈家が俺達を襲ってケガをさせた一件。けが人が出たという事で、特に保護者から不安の声が上がっているそうだ。

「あいつらに文化祭まで邪魔されんのかよ…!」

 田口が歯ぎしりしている。ただ、先生達はまだ正式に中止を決定したわけではない。俺達文化委員と執行部を通して生徒に通知し、生徒の総意を聞いてから最終決定をするという。ある意味、そこまで俺達の意見を聞いてもらえるのは凄い学校だ。(さすが文化祭にジョロキアを持ち込めた学校だ。)そして、明日から当分の間は文化祭の準備を含む放課後活動は一切停止。

「準備もだめなの?せっかく授業頑張ったのに。」

「仕方ないよ。文化祭の準備となると、毎年真っ暗になるまで準備するクラスいるじゃん。あれは確かに帰り危ないよ。」

「でも部活もだめなのかー。」

「えー。静かに。文化委員は各クラスにこの話を持ち帰って、クラスとしての総意をまとめて次回の委員会に―」

 と委員長が話し始めたが、だれも聞いていない。皆が口々に不満や意見を言ううちに、段々と話し合いがエスカレートし始めた。中止か、続行か。あちこちで激しいバトルが起きている。ここまで紛糾するのは、うちの文化祭が一般のお客さんも入れるため、盛り上がる反面不審者が来ても分からない点が安全面において不安材料になるからだ。俺達からすれば、隈家がいたって分からないのは当然、危険。登尾さんや野摺さんに警備してもらう上でも文化祭は不向きだ。毎年人混みがすごくて、友達とよくはぐれる。野摺さんは俺達に気を使って言わないのかもしれないけど、中止してほしいって思ってたりするんだろうか。

「…な、やろうぜ橋本!」

「……へっ?」

 急に名前を呼ばれて振り返ると、田口と何人かの生徒が集まってこちらを見ていた。

「あれ、聞いてなかったのか?」

「ごめん、ちょっと考え事を…。」

「では改めて宣言しよう。」田口がエヘンとせき払いをする。「文化祭開催のため、生徒や近隣の人から署名を集めるのだ!!!!」

「しょめい?!」

 驚いたのと呆れたのとで俺は声が裏返った。

「田口。確かに俺も中止は悲しいけどさ、安全が確保できないのに開催はまずいって。署名集めても、そこは解決しないよ。」

「それは勿論何とかするんだよ。」ちょっとムキになった様子で田口が言う。

「入場時に名前書いてもらうとか、警察に協力してもらうとか。あとは…最悪、学外の人を入れなきゃ危険性は下がるだろ。」

 もっともらしく言ってるが、多分今思いついたんだろうな。ちょっと目が泳いでる。俺は田口を引き寄せて、小声で話した。

「入場制限したってさ、あいつらは上から来るから意味無いって。」

「文化祭だったら、その可能性は低いと思うぞ俺は。」

「何で?」

「目立つだろ。この間と違って数百人の人出があるんだぞ?俺達三人だったら口封じで殺せるかもだけど、校内の人間全員抹殺なんて、出来たとしてもやらねえだろ。足がつく。」

「そう…かな……。」

「つーか、もし狩谷さんを学校で殺すならもうやってるだろ。体育でグラウンドに出た時だってチャンスだし、何なら席だって窓側だし。」

 うーん…。言ってる事は間違っていないんだけど、ちょっと強引じゃないかな。でも、多分田口は「文化祭やりたい」が先に立ってる。これは多分説得するのは無理だ。

「俺だって隈家をなめてるわけじゃないぞ。」田口はさらに声を落としていった。「実際、怖いしな。足切られてその怖さは身に染みてる。でもよ…」

 そこで田口が俺を見た。「…なあ橋本。野摺さんホントに俺達を守る気あると思う?」

「えっ!?」

 危うく大声を出すところだった。

「狩谷さんがいる時はそりゃ全力で守ってくれるだろうさ。本家サマの命令だし。でも、例えばだぞ、相手がどうしようもなく多くて、俺達四人全員守るの無理ってなったら、絶対俺達きり捨てられるんじゃね?」

「そ、そうならないように登尾さん達が―」

「でも、狩谷さんが転校したらみんなそっちに行くんだろ。野摺さんだけ残して。一人置いておけば十分っていう本家の考え方見るとさあ、俺らがケガしようが死のうがあんまり気にしてないんだろ。」

「さ、さすがにそれは言いすぎだろ。」

「そうかあ?」田口はあからさまに不信感を顔と声に出した。「まあでも、どのみち野摺さん達だけじゃ多分無理じゃねえかな、悪いけど。」

「なんでだ?」

「本家が止められない敵を、分家だけでどうにか出来んのかって話だよ。野摺さん、隈家にどのくらい分家の仲間がいるか言わなかったけど、こっちが数で圧倒的に負けてる可能性だってあるんだろ。」

 それは…否定できない。確かに、本家が抑えきれないほどには、隈家側に付いた分家は多かったのだ。敵と味方の比率は五分五分なのか、あるいはもっと悪いのか…。

「野摺さんには任せてられねえ。…自分の身は自分で守るんだ。自分のやりたい事も。」

「でも、田口」

「こないだのは完全に不意打ちだったけど、今回はケガしても自己責任だ。その位の覚悟はあるぞ。」

「田口君。」

 宮川がやって来た。「文化祭への気持ちは分かりますが、少し落ち着きましょう。」

「宮川は文化祭やりたくないのかよ。」

 ちょっとむっとした顔で田口が言うと、宮川が首を横に振った。

「そんなことはありません。ただ、署名を集めても文化祭が安全になるわけではありません。」宮川がため息をついた。「学校は私達の意見を尊重してくれますが、それでもやはり安全性を無視する事は出来ないと思います。」

「無視はしてねえって。色々対策は―」

 そう言いかける田口の肩を、宮川がガッシリ!と掴んだので田口が変な声を出して固まった。そのまま宮川はずるずると田口を引きずり、俺の所へ来て声をひそめる。

「私達は、野摺さん達に守ってもらっている側なんです。文化祭のような、多くの人間が集まるようなイベントに出ては、警備がしにくいでしょう。」

「……橋本にも言ったけど、ああいう人目の多いイベントならかえって安全だって。それに、授業と違って、学年の違う野摺さんと一日中一緒にいる事が出来るぞ。警備だってしやすいって!」

「でもそれは、誰が狩谷さんの横に来ても怪しまれないという意味でもあるんですよ!」

 二人はその後も意見をぶつけるが、平行線だ。田口は負けず嫌いだし、宮川も妥協を許さないタイプ。二人とも段々声が大きく速口になり、語気が荒くなってきた。俺だけでなく他の委員もおろおろし始めた所で、とうとう田口がしびれを切らした。

「もういい分かった!協力してくれとは言わねえ。でも、俺も折れる気は無いからな。これ以上あいつらのせいで自分のやりたい事が出来なくなるのはまっぴらなんだ。」

そう話を切り上げ、他の生徒と一緒に教室を出ていってしまった。

「田口君!」

宮川が制止したが、その目の前でドアがバンと閉められた。

「宮川…。」

「すみません、止められませんでした。」

 宮川の眼には悔し涙が浮かんでいた。いや、心配、不安の涙かもしれない。

「ケガで済んだのは、単なるラッキーですよ。死んでしまったら、元も子もないのに…。」

「今は追わない方がいいよ。多分、ますますヒートアップするし…。」

「そうですね。」宮川は涙をぬぐいながらため息をついた。「冷静に、と思っていたのですが、多分荒れていましたよね、私。」

「…まあ、ちょっと。」

 上手なウソがつけず、俺はぼそっとそう答えた。宮川はもう一度ため息。

「もう、あの通り魔は私達にどうこう出来る相手では無いと思うんです。相手はプロの犯罪者なんですから。」

 宮川の声には抑揚が無かったが、それがいつも通り感情を表に出さないせいなのか、諦めから来るものなのかは分からない。

「それと…。」

 宮川が珍しく言い淀んでいるので、俺は不思議に思って宮川の顔を見た。

「…いえ、推測で物をいうべきではありません。ごめんなさい。」

「お、おう。」

 田口を含む生徒十名が出ていってしまったので、委員会は中断。一応残っていた生徒にクラスで話し合いをするように委員長が伝えてお開きになった。俺はこのあと図書室で時間をつぶす予定だったのだが、どうにもそういう気分じゃなくなった。今日、田口は俺達と一緒に帰ってくれるだろうか。

「…無理かもな。」

 まさか野摺さんに対してあんな風に思っていると思わなかった。一緒に登下校しながら、普通に会話しながらも、「いつか切り捨てられるかもしれない」って常に思っていたんだろうか。田口が人に対して壁を作るのなんて見たこと無かったのに。…それとも、俺が思っている以上に、田口は冷静に人を見ているのだろうか。俺が単純に野摺さんを信じすぎているだけ?

いや、今考えるべきことはそれじゃない。田口は今どうしているだろう。今日はサッカー部の練習があったはずだ。だから、俺も部活が終わるまで図書室で時間を潰して、四人で帰るつもりだった。でも、今は一緒に出ていった委員と一緒に、早速署名活動の準備をしているかもしれない。探さなきゃ、教室を出てから、ふと思い立ってスマホを取り出した。

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