第13話 猛禽男子とリアクション
隈家は狩谷さんを殺そうとしている。それを察知した鷹野家本家が分家の野摺さんを派遣してきた。そして、同じ高校に通う。俺達にとっては思いもよらない事だった。
「今日からなんだよな…。」
新学期一日目、電車に揺られていてもなお、俺には実感がわかなかった。野摺さんは俺達を警護するために一緒に登下校することになっている。警護をしやすくするため、俺達三人も出来るだけ同じ時間に登校して欲しいと言われた。なので、今日も俺、宮川、田口は同じ列車に乗っている。
「本家の命令で転校までさせるのは、正直驚きました。」
隣りで宮川がつぶやいた。「野摺さん個人の意思は抜きに、完全に本家の意向だけで事を進めてしまえるのは、恐ろしいですね。」
「そういう所もバグってるんじゃないのか。でなきゃそもそも親戚の女の子一人にあんな武器投げたりしないだろ。」
田口が吐き捨てるように言った。ひとまず部活は無理だけど、通学が出来るまでには足の具合が良くなったらしい。
「田口、声でかいぞ。電車の中だから、あんまりそう言う事は…」
俺がそう言うと、田口が慌てて口をつぐんだ。
「……野摺さんとの登校って、なんか変な感じだ。」
「橋本はどっちかつーとほぼ初対面の人と一緒に通学するのが嫌なんだろ。」
ぐっ図星だ。さすが田口。
「警護を付けて頂けるのはありがたいですね。」宮川が言う。「野摺さんは、鷹野家にしては…というと大変失礼なのですが、常識のある方だと思いますし。」
「鷹野家としては、ってところ大事だよな。多分野摺さんが普通で、他の鷹野家がおかしいだけなんだけど。」田口が呆れた様に言った。
「でも、実際悪い人じゃないんじゃないかな。狩谷さんを本気で心配してるみたいだったし。」俺は言った。「宮川がさ、本家のやった事犯罪だって言っても否定しなかったし、自分も前に本家の命令で狩谷さんをだました事も素直に言ったし。」
「うーん…。」
田口はどこか納得していないような声でうなった。気になる事があるのか、と聞いてみると、声を少し落として言った。
「野摺さんにしろ登尾さんにしろ、結局鷹野の人間だろ。」
「そうだね。」
「今は狩谷さんに命の危険が迫ってるからいいけどさ…。これでもう安全ですってなった時に、今度は野摺さん達が狩谷さんを本家に連れてっちゃうこともあるんじゃねえの?」
えっと小さく声がもれた。
「だって、こっちに来たのも本家の命令じゃん。今までもそうだ。本家が殺せっていったら殺すだろ。だから本家が連れて来いって言ったら、」
「田口、声、声!」
またしても声が大きくなっている田口を俺はたしなめた。田口は深呼吸して落ち着いてから、また口を開く。
「転校って話もしてるしさ…。なんか、俺らの手の届かないとこに連れ去っちゃうんじゃねえかな…。」
俺も宮川も、返す言葉が無かった。電車はホームに入り、俺達は無言のまま下車した。
「え?野摺さんって狩谷さんの家に住んでるんですか!?」
俺はあんぐりと口を開けた。野摺さんは、狩谷さんの家の前で合流すると聞いていたけど、まさか住んでいたとは。
「当初はアパートなり何か借りるつもりだったんです。そうしたら、親父さんが『うちに来なさい』と…。正直、僕の顔など見たくないでしょうに。」
確かに、因縁があるもんなあ…。
「高校生で一人暮らしっていうのは危ないからだよ。」狩谷さんが言う。「お兄ちゃんは私の警護だっていうけど、そのお兄ちゃんだって襲われる危険があるんだから。」
「僕が守られていては世話ないけどねえ…。」
野摺さんが苦笑いしてつぶやいた。「さて、歩きながらでいいので、これからの事をお話してもいいですか?」
学校への道すがら、野摺さんが警護の注意点について説明する。追試や部活などがある日は必ず野摺さんに連絡する事。(そういえば今日期末テストが返って来るな…。)校内で鷹野家らしき人を見たら必ずこの五人で共有する事。鷹野家を見破るポイントは、前狩谷さんが俺に話してくれたことと同じだった。
「他にも気になる事があったら教えてください。そうそう、皆さんの連絡先も教えていただけますか。」
田口は少し不安そうだったが、全員連絡先を交換した。
「ありがとうございます。」野摺さんがにっこり笑ってスマホをしまった。「で、ここからは鷹野家とは関係の無いお話なのですが…。」
「?」
俺達三人がきょとんとしていると、野摺さんが恥ずかしそうに言った。
「僕も急に転校が決まって、バタバタっとこちらに来たんです。なので分からない事が多いと言うか…カルチャーショックが多々ありまして。」
カルチャーショック?すると、狩谷さんが口を開く。
「お兄ちゃん、地元は香川なんだ。」
「香川!?」
随分遠くから引っ越しさせられたんだなあ。鷹野家ってみんな京都ってわけじゃないんだな。
「うちは特に弱い分家ですからね。大昔に京都から追い出されたみたいです。で、岐阜県に来ること自体、僕は初めてですので、知らない事だらけなんです。…どうして朝からあんなに沢山、喫茶店に人がいるんですか?」
「え?モーニングって知らねえ?」
思わず田口が聞くと「朝?」と野摺さんが聞き返す。そうだった、モーニング文化は東海地方だけだった。
「岐阜って、合掌造りばかりだと思っていたもので…。」
「それは高山のごく一部ですね。それと、富山県にもあります。」
「え!?そうなの!?」野摺さんの代わりに狩谷さんが反応した。
野摺さん(と狩谷さん)の岐阜への間違った知識を、俺達は代わりばんこに解いていった。また、野摺さんは転校生でもあるので、宮川が北高の概要をプレゼンしていた。狩谷さんからある程度は聞いていたそうだが、「あずの説明ではちょっとよく分からなかった。」そうなので、宮川の的確な説明は野摺さんにとって大いに助けになったようだ。そうしているうちに学校に着き、野摺さんは職員室へ。正直こんなにもあっさり野摺さんと打ち解けてしまったのが驚きだった。多分、カルチャーショックの話はそのためだったんだろうなと教室についてから気付いた。それでも、野摺さんは俺達の話をにこにこしながら聞いてくれたし、とても話しやすかった。鷹野家とかを一切抜きにすれば、とてもいい先輩、いい「お兄さん」という印象だった。
それと、もう一つ。
「狩谷さん、割と元気そうだったな。」
授業のあと、狩谷さんが席を立ったのを見計らって田口が俺に言った。「こう…お見舞いに来てくれた時みたいに、落ち込んでたらどうしよかって思ってて。」
「うん。それは正直ほっとした。」
表情を見る限り、気分が沈んでいる様子はない。ただ、時々心ここにあらずというか、ぽやーんと気が抜けた顔をしている事があった。
「野摺さんがいるから?」
「うーん…。まあ確かに、最後に会ったのが小五で、しかも…その、あんましいいお別れじゃないもんなあ。橋本の話聞く限り。」
田口が頭をかいた。「でもまさか野摺さん一緒に住んでるとは…。」
「……おい田口、お前変な想像―」
「してません!断じて!」田口がびしっとなぜか敬礼した。「つーかそういう発言が出る橋本だって―」
「しねえわ、つーか興味もねえわ!」
「どしたの二人とも?」
突然後ろから聞こえた声に、俺はイスからずりおち、田口はびょんと飛び跳ねた。
「…狩谷さん?」
「わはは、吉本新喜劇みたいなリアクションだね。」狩谷さんが手を叩いて笑った。「そんなにびっくりする事無いのに。え、それとも男の内緒話?」
「あ、いいや。先生が来たのかと思ってビビっただけ。」
狩谷さんが追及してきそうな気がしたので、俺はとっさにそうごまかした。
「変なの。あ、噂してたらホントに先生来たよ。」
「まじか。」田口が慌てて戻って行く。他の生徒も席に着き、授業が始まる。俺は時々隣の狩谷さんを見る。苦手な数学の授業。難しい顔をして黒板とノートをにらむが、手が止まっている。あ、諦めた。こういう時は、窓の方見てぼーっとし、段々体が窓の方へ向くのだ。それで飛んで行かないかとヒヤヒヤしながら俺が見張るのがいつものパターンだ。幸い、今日は窓の方を見なかった。
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