第12話 親戚と標的親子

 通り魔が出たという事で、夏休みの部活動は一切中止になった。また、生徒だけで外出するのは控えるようにと学校から連絡が来た。通り魔に襲われた生徒がだれなのかは公表されていないが、さすがに大怪我をした田口の事は知っている人もいるようだった。狩谷さんも含めた三人で見舞に行った時、すでにベッドにお菓子やら花やら暇つぶし用の本やらいろいろと置かれていたからだ。

「やっぱ部活に顔出さないとバレるなあ。」

 ベッドで横になっている田口が苦笑いしながら言った。仰向けになると背中が痛むので、常に横を向いて寝ているらしい。

「背中もさ、神経まで行くとヤバかったけど、そこまで深くはなかったみたいでさ。」

「足の方は…。」宮川が遠慮がちに聞くと、田口は笑って「大丈夫だよ。」と手を振った。

「でも、今はやっぱ痛いんだよなあ。トイレ行くときもさ、よちよち歩きになんの。」

 俺が持って来たお菓子を見て「あ、俺の好きなやつだ。」と速攻で包みを破る田口。

「ほい、狩谷さん。」

「へ?」

 そして自分の分を取ってから狩谷さんにも一つ渡す。狩谷さんがずっと下を向いて一言も話していないのを気にしているんだろう。食べきれないからと俺達にも一つずつ渡してくる。

「俺人気者だから?お見舞いも結構もらってさ。全部食ったらメタボまっしぐらだっての。」

 軽口を言って和ませようとする田口に、俺もあわせて笑う。でも、狩谷さんはやっぱり暗い表情のままだ。困った表情で田口がこっちを見てきたが、俺もどうしたらいいか分からない。

コンコン。

「ん?はーいどうぞ。」

 田口が返事をするとドアが開いて、男性が部屋をのぞいた。それを見た狩谷さんが目を丸くした。

「お、にい、ちゃん?」

「お兄ちゃん?」

 俺達三人が声を揃えておうむ返し。狩谷さんに兄弟がいるなんて知らなかったから。

「久しぶりだね。元気にしていた?」

「お兄ちゃん」は、妹に対して優しく笑った。年は大学生ぐらいだろうか。手足が長くて、顔はいわゆるイケメンの部類。男性にしてはやや高い声、下がった目じり、ふわっとしたこげ茶色のくせっ毛、なで肩でやせた体型。どこをとっても優男という印象だ。ただ、狩谷さんと同じ赤銅色の目だけが、穏やかな印象を与える彼を構成するパーツの中で異質だった。

「狩谷さん、兄弟いたのか…。」

「あ、え、えっとね田口君、お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなくて…。」

「????」

「ああ、僕は従兄弟ですよ。年が近いので、あずはお兄ちゃんと呼んでくれていますが…。」

―ん?従兄弟ってことは

「じゃあ、狩谷さんが俺の自転車の上に墜落してきた日、襲ってたのはあんたか!?」

「襲ってきた…?」

「は、ハシビロ君その人達違う!」

「え?でも従兄弟って言ってた…。」

「つまり、こっちきてもう二回襲われたって事だな、あずさ。」

 狩谷さんの肩がびくり、と動き、目が「お兄ちゃん」の後ろに向いた。

「おじさん!」

「おじさん!?」

 俺達はまたびっくり。もう一人男性がいた。こちらは五十代ぐらいで目はやはり赤銅色だ。声は低く、体も大きくがっしりしていて、近寄りがたい印象を受けた。鋭い目と相まって、猛禽類のようだった。

「狩谷さん、親戚とはほぼ絶縁状態じゃなかったっけ?」俺は尋ねる。

「俺は別だよ、忠道―こいつの親父の従兄弟だからな。」

 狩谷さんが話す前におじさんがそう答えた。狩谷さん以上に猛禽類を思わせる鋭い眼がこちらを見た(にらんだ?)ので、俺は息が詰まった。

「お、おじさん!ハシビロ君を脅さないでよ!」

「俺は別に脅しちゃいないんだが。」登尾さんが俺を見たまま言う。「俺と忠道は年が近い、それこそ兄弟みたいなものでな。あいつと婆さんがけんかになると、大概俺が仲介役になるんだよ。」

「な、なるほど…。」

 怖くてほとんど話が頭に入らなかった…。

「さて、本題に入るか、野摺のすり。」

「そうですね。」野摺と呼ばれた従兄弟さんが俺達に向きなおった。 

「突然お邪魔して申し訳ありません。改めまして、僕が野摺大翔のすりひろと、こちらが」

登尾とびだ。登尾勝則とびかつのり。」おじさんが言った。「まずはお前さん達に謝らないといかん。―うちの一族のごたごたに巻き込んだ挙句、けがまでさせちまった。」

「申し訳ありません、皆さん。」

 登尾さん、野摺さんが深々と頭を下げる。突然やって来て、突然謝って来た二人に、俺、田口、宮川は戸惑ってしまった。

「あ、あの。頭上げて下さいっす。」その中で、田口が口を開いた。「えーっと、うちの一族、って事はつまり、鷹野家の人なんすよね?」

「そうですね。」野摺さんが声をひそめた。「僕らを見て鷹野家という言葉が出るという事は…皆さんは鷹野家の事も、あずが本家に追われている事もご存知、という事でよろしいですか?」

 俺達全員がうなずくと、登尾さんがほう、と声を出した。

「思っていたよりあけっぴろに話してるな。」

「だって…追われているとこ助けてもらったし。」

 もじもじと狩谷さんが言うと、野摺さんも登尾さんも目を見開いた。

「さっきの話…お友達の上に荷物落ちたって言うけど、まさかそのあと友達と一緒になって逃げた?」

「うん…。」

「親父さんには?」

 狩谷さんが押し黙ったのを見て、野摺さんの顔がこわばった。

「どうして言わなかったんだ!巻き込んでケガをさせたらと考えなかったのかい!?現に今回、友達にケガをさせてしまったじゃないか!」

「……。」

「野摺、声がでかいぞ。ここは病院だ。」

 肩をいからせている野摺さんをたしなめるように登尾さんが言った。

「あずさ、お前もこれからは何かあったら全て忠道に言え。特に今は状況が変わったからな、少しでも前と違う事があれば知っておかにゃならん。」

「状況?」

 田口が声を出してからしまったという顔をする。すると今度は野摺さんが口を開いた。

「今まであずを追っていたのは、鷹野家本家から指示を受けた分家です。…誘拐については僕も異を唱えたいところですが、あくまで鷹野家がそうしろと指示しています。ケガをさせるなという条件付きで。」

「犯罪には変わりありませんね。」

「宮川!」

 こういう時の歯に衣着せぬ宮川の物言いは怖い。登尾さんににらまれはしないかと俺はそわそわしたが、登尾さんは特に気にした様子はなかった。野摺さんは申し訳なさそうに続ける。

「そうですね。やっている事は褒められた事ではありません。ただ、今はさらに状況が悪いのです。今回、皆さんを襲った者達は、本家の命令を無視し、完全に独立して動いています。」野摺さんがそこで一度言葉を切り、深呼吸してから言った。「…連中は、あずと親父さんを殺そうとしているのです。」

「!?」

 背筋が凍る、なんてものではない。言葉の意味が理解できずショートする頭と、本能的に危険を察知した全身の血管がぎりりっと締まり血液は熱を運べず体の真ん中でくすぶって心臓をあぶった。

「殺す、というのは不自然ですよ。」

 唇を切ったのは宮川だった。声が少し上ずっているが、表情は平静を務めようとしている。

「本家の跡取りの命を狙うような事を分家がすれば、ただでは済まないでしょう。実行犯だけでなく、一族全員が罰せられるのではありませんか?リスクが高すぎます。」

「嬢ちゃん、冷静に考えれてるな。大したもんだ。」登尾さんが宮川を見て言った。

「その考えは正しい。ただな、それはあくまで本家が分家を完全に支配出来ていればの話だ。」

 宮川も含め、俺達が理解できずにいると、登尾さんが説明を始めた。

「鷹野にはいくつも分家がある。大小あわせりゃ百たらずって所か。だが、分家の中にも強い弱いっていうのがある。経済力も勿論だが、一番肝心なのは『飛行術を使える人間がどれだけいるか』だ。」

 え?血を継いでいたら誰でも使えるわけじゃ無いって事?

「血を引いている事は絶対条件ですが、誰しもが発現するわけではないのです。」

 野摺さんが続ける。「血の濃さに発現のしやすさは比例するようですが、鷹野家本家の子であっても、一生飛べない人はいます。実際、親父さんのお姉さんは二人とも飛べませんからね。」

 狩谷さんのお父さんってお姉さんがいたんだ。もし、お姉さんに飛行術が使えたら追われることも無かったのかな…。

「分家の役割は、本家を守る事。単に身の安全を保障するという意味だけでなく、飛行術の継承者が本家から出なかったり、当主が早く亡くなって後継者がいない時に養子を出し、家を絶えさせないという意味でもあります。」

 狩谷さんが前に、本家の当主には飛行術を継承する役割がある、って言ってたのを思い出す。当主にとって飛べる事は必須条件なんだ。

「で、鷹野家の長い歴史の中で、養子を特に輩出している分家にくま家という家があります。現在の鷹野一族の中でも、飛行術が使える人間が最も多いです。そういう意味では、分家の中で最も強い家と言えます。」

「忠道が生まれる前、本家には飛行術が使える男子が一人いたが、十五で死んじまった。母親ももう年だし、子供は難しいだろうって事で、養子の話が出始めた。隈家は最有力候補だった。」

 話が読めてきた。当主になれると思っていたら狩谷さんのお父さんが生まれ、当然跡取りは直系であるお父さんに譲られるという話に変わる。

「ところが当の本人がなりたがってないからな…。隈家はそれを理由に本家を説得しようとしたが、婆さんは首を縦に振らない。」

「で、でも、じゃあ殺そうってなるって…おかしくね?」田口が言うと、野摺さんはため息交じりにうなずいた。

「それが普通の感覚ですよね。でも、鷹野は違う。はっきり言って、時代遅れの家なのです。本家は政界も含めて各界に強いパイプを持っていて、時には汚れ仕事もしてきました。」

「……。」

「今でも忍び、裏社会の家なんです。諜報、裏工作、暗殺―。幸い、僕はまだやった事がありませんが、そう言う事を平気でする家なんです。隈家だけでなく、あの一族全てがね。」

 時代錯誤というレベルの話ではない。道理と言うか倫理と言うか、人としてやっちゃいけないと分かる事も、目的のためならいとわない。だが、俺はさほど驚いていなかった。むしろ納得した。一族皆がそうならば、俺達に対して苦無を投げるような事も誰も諫めない。あの時は怒りも覚えたが、それも無意味なのだ。相手は人間ではない。その位の認識でいないと、いちいち無駄に絶望したり憤らなければいけなくなるだろう。

「さて、話を戻しましょうか。隈家のこの暴挙を、本家も当然野放しにはしません。他の分家を使って止めようとしました。しかし、親父さんを次期後継者とするのはふさわしくないと考える家は隈家だけではありませんでした。」

「そうした家が複数隈家に味方しているため、本家の力では抑えきれないという事ですか。」

 宮川が言うと、野摺さんがうなずいた。

「その通りです。本家の想像以上に、隈家についた家は多く、『強い分家』もあちらに流れ気味なんです。焦った本家は、ひとまず親父さんとあずの身の安全を優先し、信頼できる家の者たちをこちらに向かわせました。僕らは、その代表で来ているんです。」

「野摺については、二学期からお前らと同じ学校に通ってもらう予定だ。」

「え!?」

 それまで黙りこくっていた狩谷さんが大声を出した。俺達もびっくりして、まん丸な目のまま野摺さんを見つめる。

「皆さんの一つ上なので、学年は違うのですが…。やはり警護する上で入れない場所があるというのは致命的なんです。しかし、一族の中で、不自然にならずに学校に入りこむのは、大人には難しいので…。」

「俺、野摺さんが一個違いだった事の方が驚きなんだけど…。」田口がぼそっと言ったのが聞こえた。

「既に君達の学校に隈家やその仲間が入りこんでいるという情報もあります。裏は取れていませんが、今まで鷹野本家も使ってきた手段ですから。僕自身、やった事がありますしね。」

「え!?」

 俺達は一斉に声を出した。横で登尾さんが呆れた様子で言った。

「自分から言う事もねえだろう。これから警護するってえのに、信用されなくなるぞ。」

「隠し事をする時点で、信用に値しない人間でしょう。」野摺さんは自嘲気味に笑っていった。

「…狩谷さん、だから野摺さんと知り合いだったの?」

 俺が小声で尋ねると、狩谷さんが小さくうなずいた。

「私が引っ越した先に既に住んでて、幼稚園と小学校が一緒だったの。飛行術を教えてくれたのもお兄ちゃんだよ。」

 なるほど。前に話してた空を飛ぶのが上手な親戚って野摺さんの事だったんだ。

「でも、五年生の時に、お父さんに鷹野の人間だってバレて…。」

「それ以来会っていない?」

 俺が言うと狩谷さんがうなずいた。

「家に遊びに来てたお兄ちゃんを捕まえて、怒鳴って、家の外にほっぽり出して。それから転校するまで一度も会わせてもらえなかった。お兄ちゃんがドアの前で泣いてるの見て、私も泣いたけど、お父さんは『だまされるな。』って。」

 でも、初めて出会ったのが幼稚園なら、さすがにだます意図までなかったんじゃないだろうか…。そうでなくとも、小六の子供にとって、いきなり友達のパパが怒り狂って自分を捕まえ家から追い出すっていう体験はかなりの恐怖だろう。ちょっとかわいそうな気もした。

「さて、これからの事だが」登尾さんが低い声で言った。「あずさには、近いうちに転校してもらことになるだろうな。」

「転校…。」

 ぽつり、と狩谷さんが言った。俺達は声すら出せなかった。登尾さんが続ける。

「勿論、すぐにとはいかない。忠道だって仕事があるし、俺達の間でも転校する方がかえって危険じゃねえかって反対するやつもいる。友人が襲われたとなればなおさらな。」

「ですが、あずの身の安全を守る一番確実な方法は、隈家から距離を置くことです。隈家がいると分かった場所からは、早く身を引いた方が良いのです。僕があずの学校に入るのは、いわばつなぎです。」

 ……そりゃそうだ。危険だと分かった場所にわざわざとどまる必要は無い。今までと同じように、追いつかれたら逃げる、を繰り返すしかない、のだろう。

「あずが転校した後も、僕はここにとどまって、残党がいないかを見張る予定です。隈家をこの町から追い出さないと、皆さんの安全を確実には出来ませんからね。」野摺さんが言った。

「あずさ。」

 唇をぎゅっと結んだまま黙っている狩谷さんに、登尾さんが声をかけた。「…分かってるな?」

「うん。」かすれた声だった。

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