第10話 夏休みとカメレオン女子

三日間にわたるテストを無事に終え、俺達は晴れ晴れとした気持ちで帰路についていた。宮川の指導のおかげで、今回はかなり自信がある。

「気持ちを切り替えて!今度は大会だー!」と狩谷さん。演劇部の地区大会が七月の末にあるそうだ。それを聞いて、田口が思い出したように言った。

「今思ったけどさ。大会に親戚が襲ってくるとか無いよな?」

「それは大丈夫。狙われるのは、私が一人の時だもん。大会になればお父さんが来るから、まず襲って来ないよ。」

「でも、そのお父さんを連れ戻したいんだろ、親戚は。」

 俺が言うと狩谷さんは「それはそうなんだけど、」と前置きして続ける。

「お父さんは返り討ちにしちゃうから。高校生の時からこうやって親戚につきまとわれてるから、もう逃げ方も撃退方法もよく知ってるの。」

「高校生からなんですね…。」

「撃退法って、ゴキブリじゃねえんだから…。」

 宮川と田口が交互に小さくつぶやいた。

「確かに前は、大会に親戚が紛れ込んでる事が多かったの。一般人にカモフラージュしやすいから。でも、お父さんが散々コテンパンにしたから、最近は来ないよ!だから大丈夫!」

「……俺、親戚もだけど狩谷さんの父ちゃんも怖え。」

 田口がぼそりと言った。俺も黙ってうなずいた。

「そうだ、地区大会のパンフレットが来ましたので、よかったらどうぞ。大会とはいいつつ、演劇ですからね。お客様がいてこそ成り立ちますから。」

 宮川はちゃっかり宣伝しながら俺達に大会のパンフレットを渡した。日付を確認すると、これといって用事は無い日だ。せっかくだし見に行こうか。

「ハシビロ君の文芸部は、夏休みはお休み?」

「最終週だけは、ちょっとやるよ。文化祭に向けて、新作を書かないといけないんだ。」

文芸部は毎年、文化祭で部誌を販売する。そこに載せるのは全て新作と決まっているので、早めに取り掛からないと九月の締め切りに間に合わない。そして、部誌の売り上げが次回の部誌を出す費用になる。ここで今後の部活動の明暗が分かれる、大事なイベントなのだ。

「文化祭って、この学校はいつなの?」

「十月の第一週です。三日間続きます。」狩谷さんの質問に宮川が答える。「本格的な準備は二学期からになりますが、部によっては既に動き出しているところもありますね。何せこの学校で最も盛り上がる行事ですから。」

「おぉ~!」

 一年生の時に見た文化祭の熱狂ぶりには驚いた。俺達の学校は、県下では進学校としても有名だけど、学校行事の多さも随一だ。その中でも最も大々的に行われるのが文化祭。各クラスや部活が工夫をこらした企画を行っていて、生徒は勿論、近所の人や他校のお客さんまでやってくる。当然、文化祭にかける生徒の熱はすさまじく、テスト前ですら、「今年のクラス企画何にしようか?」って会話がちらほら聞こえてきた。皆楽しみにしてるんだ。え、俺?まあ、ほどほどで。

「演劇部も、この夏大会で演じた劇を文化祭で披露するので、夏休みの最終週は部活がありますよ。」

「はーい。ちゃんとカレンダーに書いとくね!」

「ハッシー、良かったら一緒に登校します?」

「いいのか?」

「その方が、私も安心できます。…私が突然風邪をひかないとも言えません。」

 宮川が部活に来れない=狩谷さんが迷子になって学校に着かないって事か。なるほど。部長としては部員が迷子になって練習出来ないのはゆゆしき事態だよな。

「分かった。じゃあお言葉に甘えて。」

「えー俺も行く!」

 それまでさほど興味を示してなかった田口が急に前のめりに言った。

「田口、部活無いだろ?」

「いいじゃん。自主勉なり自主練なり時間はつぶせるし。橋本だって、本書き終わったら部活来る必要無いんだろ?一緒じゃん。」

「そうだけど…。」

「な、宮川。俺も行っていい?」

「それは勿論。」宮川が笑って答えると、田口が嬉しそうにした。


 その後、俺は田口と一緒に狩谷さん達演劇部の大会を見に行った。そもそも演劇を見るって事自体、俺は初めてだったから、何もかもが驚きだった。

「…すげえ。」

 でも一番の衝撃は、やはり宮川の演技だった。今回も普段の宮川と全く違う、ちょっとぶりっ子で自分に自信の無いドジな女子の役。

「宮川に見えなかった…。」

 田口が横でそうつぶやいていたけど、まさにその通り。すごく練習したんだろうな、という人並みの感想しか言えなかったが、一体どんな練習をどれほどしたら、ここまで自分と全く違う人になりきれるのだろう。

「でも、狩谷さんもうまいよな。」田口が言った。「だって初心者だろ?台詞とか棒読みになりそうなのに、全然気にならないし。なんならもっと早くに始めた一年生より上手いし。」

「それは思った。」

 狩谷さんは器用なのかもしれない。飛ぶ練習の時だって、俺が本の情報を元に言ったら、すぐその通りに飛んでみせた。正直、俺は決して説明上手では無い。その俺が言った事を聞いて、その通りに体を動かすのって、凄い事だ。部活でも、アドバイスを受けたらすぐ活かせてしまうのだろう。スポンジみたいにどんどん吸収するんだ。

 演目が終わった後、差し入れを二人で持って行った。

「ハッシーが来てくれたのは意外ですが、嬉しいですよ。」

「ねーねー!こっちのお菓子開けていい?」

「狩谷さん、この後審査員から講評がありますので、お菓子は後にしてくださいね。」

 ふんわりした茶髪に長いまつげ、メガネは付けず、目の上と頬がピンクの、ゆるふわな見た目の宮川からいつもの冷徹な声が聞こえてくるのは、なんだか不思議な光景だ。

「宮川、役者になったりとかするの?」

 俺がなんとなくそう尋ねると、宮川がびっくりしたように振り返った。目をぱちぱちさせて、固まっている。

「え?ごめん、俺ヘンな事聞いた!?」

「あ、いいえ、失礼しました。」宮川が手を振る。「そんなことはありませんよ。少し質問の内容に驚いただけです。私と役者を結び付ける人はまずいないので。」

 そうかなあ。今日の演技見ていたら、何だか役者っていうのもありな気がする。俺みたいに、部活はほどほどにやればいいってやつじゃ、ああはならないだろう。

「俺演劇の事分からないけど、絶対やりこまなきゃここまでは出来ないって思ったんだ。」

「そう言っていただけるのは嬉しいです。ありがとうございます。」

 と宮川は頭を下げた。「確かに…演劇にはかなりのめり込んでいます。自覚はありますよ。」

「そうなんだ。」

「ただ…それを今後も突き詰めるか、ということですね。」宮川の顔が少し暗くなった気がした。「正直、演技に少し自信が持てなくなっていますから。」

「え!?」

「部長―!」一年生の部員の声。「狩谷先輩がトイレから戻ってきません!」

「……しまった!迷子です!」

 宮川が立ちあがった。「会場入りした時に、トイレの場所を一緒に確認するのを忘れてました!」

「むしろそこまでしないと駄目なのかよ!?方向音痴ってレベルじゃねえぞ!」

 田口の呆れと驚きの混じったツッコミが冴えていた。

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