第7話 喫茶店と忍者系一族
コメダ珈琲店は岐阜を含め東海地方ではおなじみの喫茶店だ。引っ越してきた狩谷さんは一度入ってみたかったのだという。
「しろのわーる?っていうのが食べたくて。」
「あれ一人で食べると大きいよ。」
「じゃハシビロ君も食べて。」
二人でもヘビーだけどなあ、と思いつつ狩谷さんがあんまり食べたそうな顔をしているので俺は折れた。だが、今は美味しいコーヒーとデザートを優雅に楽しんでいる場合ではない。
「さっきの続きなんだけど、なんで追われているの?」
俺が切り出すと、狩谷さんはしばしの間の後、ああと手を打った。…忘れてたな!?
「えっとね、原因はお祖母ちゃんなの。」
「お祖母ちゃん?」
「うん。お父さんのお母さんね。で、お祖母ちゃんが息子を家に連れ戻したいから、分家の人まで使って追ってくるの。」
分家、という言葉が引っかかった。分家があるという事は本家もあるという事。でも、そうやって家が分かれているのって戦国武将の末裔とか、すごい旧家しかないイメージ。
「あ、でも忍者の一族なんだっけ。」
「そうそう。鷹野家っていうんだけど、戦国時代の古文書に出てくるもん。」
「今更だけど、凄い家なんだ。分家も多い?」
「いっぱいだよ。数えた事無いしほぼ会った事無いけどね。」
そうだった、お父さんは実家とは絶縁中だ。だからこそお祖母ちゃんも戻って来いと言ってくるんだろう。
「…いや待った。にしたって何で苦無投げてくるんだよ物騒すぎるじゃん!?」
「あ、飛んでたのは違うよ。実行犯が従兄弟で、指示役がお祖母ちゃんね。」
「そこは分かったけど、何で孫に向かって危害を加えてきたんだって事!」
「ああ。私を誘拐して、娘を助けて欲しくば言う事聞け、って事。」
ちょっと待て!さらっと誘拐って言葉が出てきたぞ。コーヒー美味しそうにすすりながら言う事じゃないよ?警察だ、警察を呼べ!
「無理。お祖母ちゃんが指示したって証拠がないもん。実行犯の親戚も痕跡を残さないし。実際何度通報しても駄目だったから。」
そうぼやきながら、シロノワールを一口頬張る狩谷さん。スイーツ片手に言う話題じゃ無いよ?もっと身の危険を感じて怖がって良いよ?これも慣れゆえなの?
「最初は怖かったよ。でも、それじゃ駄目だって。戦わなきゃ自由は手に入らない。だから、防御術を身に付けたの。」
「防御術?」
「まず親戚と接触しない。私ね、割と五感鋭いんだ。目は一キロぐらい先まで見えるし、風の感触で親戚が飛んでるの分かるし。」
一キロ先が見えるって、鷲みたいな目だな。だから初めて会った時に雑居ビルから学校を見る事が出来たのか。
「親戚は目の色見ればすぐ分かるの。瞳が赤銅色とか黄色だから。私もそうだけど。」
他にも、影が鳥の形をしている、足音がしない、靴下を履いていない、目つきが悪いなど、色々な方法で親戚を見分けているらしい。…最後のは関係ない気がするけど。
「あとは接触した時の為に護身術。撃退用のカラーボールと石を飛ばすパチンコ。目つぶし用のタバスコ。」
鞄の中に凄いもの忍ばせてたなこの人。あとパチンコが異常にごつい。一瞬スパナかと思った。
「今日は空から襲われたけど、いつもは一人で歩いてる時が多かったの。だから返り討ちに出来たんだ。…ここまでやっても諦めてくれないんだから、もう。」
深いため息をまた一つ吐き、やけ食いだと言わんばかりにシロノワールにかじりつく狩谷さん。なぜだ、何でこんな異常で物騒な事件に遭遇したのに、日常の様に振る舞えるんだ…。それともこれがこの人の日常?
「でも今日はハシビロ君巻き込んじゃって。ごめんね。あ、怪我の消毒!」
狩谷さんは鞄から救急セットを取り出して俺の怪我を消毒してくれた。これも襲われた時の備えなのかな…。
「私の近くに居なきゃ大丈夫だし、もっといえば私が一人でいる時しか襲ってこないから。学校は安全だよ。」
「そっか。」
犯罪の足跡を残さないって話だから、人目に付く学校は避けるのかな。
「そう言えば今日は部活あったんだろ。宮川と一緒じゃなかったのか。」
「志保ちゃん、具合が悪いからって部活の途中で帰っちゃったの。」
「えっ。じゃあ帰りは一人?迷子にならなかった?」
俺の問いに、シロノワールを口いっぱい頬張って答えない狩谷さん。ははあ、迷子になったところを襲われたんだな。
「…でも、こんな犯罪まがいの事してまで、お祖母さんはお父さんを連れ戻したいの?」
俺が尋ねると、狩谷さんは腕を組んだ。
「お祖母ちゃんは、お父さんに鷹野家の跡取りになって欲しいんだって。」
「跡取り?」
今どき跡継ぎとか気にするって珍しいな。やっぱり旧家だからなのかな?
「本家の跡取りは、分家を含め一族全部をまとめる役割、それと飛行術を継承する役割があるんだって。」
「え?飛行術?」
俺は思わず聞き返してしまった。飛行術の継承って、必要なのだろうか。だって、狩谷さんには悪いけど空を飛べたって何の役にも立たない。周りの肝が冷えるだけだ。俺の考えている事が分かったのか、狩谷さんも苦笑いして言った。
「お父さんもね、『空飛べる人間がいなくなって誰が困る』って相手にしないの。それでお祖母ちゃんと喧嘩になるんだけど。」
うーん、俺はお父さんに賛成だな。お祖母ちゃんがそこまで術に固執するのは訳があるのかな?
「今の鷹野家があるのは、この術のおかげだって。先祖代々受け継がれた力を自分の代で途絶えさせるわけにはいかない、これは使命だって言ってたらしいよ。」
「術のおかげで家が大きくなったって事?」
「みたい。確かに空飛ぶ忍者ってなんか強そうだもんね!」
現代には役に立たないけど、忍び現役時代には有効な術だったってことかなあ。まさか空を飛ぶなんて思わないから、鷹野の忍びに襲われた武士はびっくりしただろう。そう考えると、あながち馬鹿に出来ない力かもしれない。
「私としては、もっと楽しい事に力を使えばいいのになって思うけどね。」
狩谷さんは一つため息をつき、おもむろにメニューを広げた。
「あ、カツサンド!ハシビロ君、たのも!」
「いやいや入らないから!」
「えーそんなに食べてないじゃん。」
「これ以上食うと夕飯に響くんだよ。ここのサンドイッチ大きいし。」
なんとか俺におごろうとする狩谷さんを、俺は必死に説得。次回は必ず、と約束すると、やっと納得してくれた。そして、残りのシロノワールをペロリ。
「はあーっごちそうさまでした!美味しかったー。」
そう言ってぱん、と手を合わせた狩谷さんは口にいっぱいクリームを付け、満足げに笑っていた。子供みたいにわんぱくな笑顔だった。
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