第2話 エコロジー男子と高カロリー迷物
俺は平穏第一。慌てたり、肝が冷えたり、疲れたりするのはごめんだ。でも、
「狩谷さんストップ。」
転校生の狩谷さんが来た途端に、平穏のへの字も無い。まず昼休みには一階のピロティにある購買めがけ窓から飛び立とうとするのを辛うじて止めた。
「大丈夫!私飛べるの知ってるでしょ。落ちても死なない死なない。」
悪びれる事もなく、あっけらかんとそう言われると怒りを通り越して脱力してしまう。…どうしてこの人は歩く、走ると同じように「飛ぶ」事をするんだろう。また運の悪いことに、狩谷さんの席は窓際なのだ。これはいつ飛ぼうとするか分かったものじゃない。俺は再び「校則違反」という魔法の言葉を使い、ひとまず狩谷さんを窓から下ろすことに成功した。
「うー…。でも階段使って下りてたら売り切れちゃうよ。」
「弁当持ってきてないのか?」
「ううんあるよ。でもほら、今日カツサンド…。」
「それはもういいよ。あと、ここの購買にカツサンド無いから。」
俺がそう答えると、狩谷さんは口をあんぐり開けてぼう然と俺の顔を見つめた。そんなにショックを受ける事かな。だが、おごること自体は諦めていないようで、今日の帰りにコンビニに付き合ってくれと言われた。朝はやっと朝ご飯にありつけると思った時に盗られたから思わず怒ったけど、何が何でも食べたいってわけじゃない。ここまでしておごってもらうのはなんだか悪い気がする。
「いいの。私の気が済まないってだけだから。一宿一飯の恩はちゃんと返さなきゃ!」
「一宿はあげてないけど。ところで」
俺はちょっと気になっていたことを聞く。
「他の女子とお弁当食べないのか?」
俺は、一緒に空を飛ぶという衝撃的な出会いをしてしまったから、とても狩谷さんを普通の女子高生という目では見れない。しかし、クラスメイトの大半は、狩谷さんを明るくてかわいい子、という目で見ている。クラスの男子が明らかに浮足立っていたし、女子もホームルームの後早速狩谷さんを質問攻めにしていた。狩谷さんも楽しそうに喋っていたし、連絡先だって交換していたようだった。…別に観察してたわけじゃないぞ。席が隣だから、どうしても見えてしまうのだ。
「ああ誘われたんだけど」
「だけど?」
「今日はハシビロ君にカツサンドおごらないといけないから、断った!」
おいおいおいおい!それじゃあ俺が来たばかりの転校生をカツアゲしてるみたいじゃんか!
「カツサンドだからカツアゲか!ハシビロ君上手いね!」
けらけらと笑う狩谷さん。だが俺にとっては笑い事じゃない。一限目の後、やけに女子の視線が刺さるなと思っていたらこういう事か。間違いなく俺は悪者認定されているぞ。立木ポジションの俺が、転校したばかりの美女にカツサンドを要求しているって、はたから見ればかなり怪しい。俺だって女子の立場だったら疑う。狩谷さん自身は間違ったことは言ってないし、おそらく悪気も全くない。だが、何の事前情報も無しにただ「橋本君にカツサンドをおごらないといけない」という情報だけを周りに流布されたら、誤解が広が
「橋本―!」
どたどたという足音と共に教室に入ってきたのは購買から戻った田口。俺の肩をむんずと掴み、ぐいぐい廊下へ引っ張ってきた。
「お前、狩谷さんカツアゲしたって本当か!?」
「んなわけないだろー!!」
第一誤解者発見!高校で一番の親友だったのがまだ救いだ。
「女子が噂してたぞ。『橋本君ってそんな風に見えないけど―』って。」
「俺は別に、カツサンドが欲しいって狩谷さんに要求したわけじゃないんだよ。話すと長いんだけどさ」
「ハシビロ君ー?」
教室から狩谷さんが追いかけてきた。「お?えーっと、そう田口君だ!」
「お、覚えてもらってた!ハイ田口でーす。サッカー部入ってます!」
「え!ごめん、勝手に野球部だと思ってた。」
「紛らわしくてすまんー!野球は見る専門なんだ。」
田口は坊主頭をさすりながら言った。このヘアスタイルと、よく使っている中日ドラゴンズのスポーツタオルのせいで、会う人皆に野球部と勘違いされるんだよな。
「あ、そうだ狩谷さん。橋本にカツアゲされたって―」
「してねえって。」
「カツアゲ!カツサンドをあげる約束ね!したした。」
「誤解を広げるな!いいか田口よく聞いてくれ、被害者は俺なの。」
俺は今朝狩谷さんと出会った時の話をした。と言っても、狩谷さんが墜落してきてカツサンドを盗られた、とはさすがに言えない。ぶつかった拍子に側溝に落したということにしておいた。狩谷さんが「私飛んでたんだよ」と言いそうになったのを俺は何とか制した。
「それで、狩谷さんはお詫びにおごるって言ってくれたんだよ。」
「はあーそういう事か。まあ橋本とカツアゲって、全然結びつかないなとは思ったけど。」
田口は笑いながら俺の肩をバシバシ叩く。「そういうの嫌がるっていうか、他人と関わる事自体面倒くさいってタイプだもん。隠遁者みたいな。」
「俺そこまで世の中捨ててないよ?」
とは言いつつも、田口の言っている事は正しいと思う。俺は本当に気の置けない友人が数人いれば、それ以上はいらない、っていう考えだから。元々人と話すのが苦手だし、皆でワイワイ楽しむってノリも好きじゃない。親友ならともかく、例えばクラスメイトや部活仲間みたいな、「他人以上親友未満」という、微妙に気を使わなきゃいけない人との関係維持はしんどい。気疲れして無駄に心も体力もすり減る。田口は「橋本は友達作るのに力みすぎなんだよ。」って言うけど、それは田口が俺と違って社交的だからだ。田口はムードメーカーで、話も上手だから誰とでもすぐ打ち解ける。縦にも横にも関係が広い。俺が田口と同じことをしようとすれば、多分五倍はエネルギーが必要だ。そんな重労働、「平穏」とは呼べない。だからしないのだ。
「ハシビロ君はエコなんだねー。」
「あのね狩谷さん。俺の名前、ハシビロじゃなくて橋本ね。」
俺が狩谷さんにそう言うと、横で田口が首を傾げた。
「あれ?ハシビロって、橋本のニックネームじゃねえの?」
「…そうそう!ニックネームだよ!ハシビロ君。」
「いや絶対今考えたろ!俺が名乗った時から一度も橋本って呼んでないし。」
「ほんとだって!」狩谷さんは両手をぶんぶん振りながら言った。「なんかねー、そう、ハシビロコウに似てるなって思ったから!」
「ハシビロコウ?」
俺と田口が同時に繰り返した。あんまり詳しくは知らないけど、確かすごく目つきの悪い鳥だったような気がする…。
「…あ、これか!」
田口がスマホで画像を見せてくれる。思ったより大きい鳥だ。灰色の体に金色の目、アーモンドみたいな形をした大きなくちばし。
「正面から見るとかなりつり目だけど、横からならそうでもないな。」
田口が画像を指で切り替えながら言う。「目つき悪いっていうか、何考えてるか分かんないって顔だ。それはちょっと橋本っぽい。」
「何でだよ。」
「でしょ!それに、ハシビロコウってすごくエコなの。」
「エコ?」
「ハシビロコウって、とにかく動きがゆったりしてるの。羽ばたく回数も多くないし、そもそもあんまり飛ばないし。あとエサの魚を狙う時は、水辺で魚が水面まで上がって来るのをじーっと待ってるの。全然動かずに。ね、すっごい無駄が無いでしょ?」
エコっていうのはそういう事か。確かに俺も省エネは好きだ。…いやいや何受け入れているんだ俺は。
「二限目まで見てたけど、ハシビロ君も席を全然動かないでしょ?」
「まあ…必要無いし。購買も弁当あれば行かないし。あでも、休み時間に喋るとき、いつも田口に来てもらうのは悪いなって思う。」
「俺は良いよ。俺がだべりたくて来てるんだから。」
田口がけらけらと笑った。本当に気のいいやつで、一緒に居て楽だなあと思う。
「―ああ!」
いきなり狩谷さんが叫ぶので俺も田口も驚く。
「そうだご飯!食べる時間なくなっちゃう。二人も一緒に食べる?」
「いやなn」
「是非是非!」
俺の言葉を遮って田口が元気に返事をした。何でお前そんなテンション高いの?
「お前こそ何で平常…んーそうか。ハシビロは女子に興味ないもんな。」
「当たり前だろ面倒くさい。」
「勿体ないなあー。第一、転校生の隣とか普通会話弾まねえ?どこ出身?とか、前の学校どんなだった?とかさ。」
「興味ないな。」
これは、少し嘘かもしれない。狩谷さんには、どうしても聞きたいことがある。
何で空を飛べるんだ?
が、多分俺が納得できる返答は得られないだろう。今朝だって独学で飛べるようになったとは言ってたけど、俺が知りたいのはそこじゃない。飛べるようになった経緯じゃなくて仕組みだ。もっとも、きっちり説明されたとして理解できる自信は無かった。実際に経験したけれど、いまだに狩谷さんが道具も使わず空を飛んでいたなんて信じられない。どんなメカニズムなんだ?確かお父さんも飛べるって言ってたたな。もしや狩谷家は皆空を飛べるのか?考えれば考えるほど現実味が無くなっていく。
「いただきます!」
目の前でお弁当を広げる狩谷さん。田口は空いていた机を拝借して狩谷さんの横で買ってきた購買のパンにかぶりついている。俺も今さら他の場所に移動するのは面倒だし、時間も少ないので、仕方なく二人のそばで弁当を広げた。…まさか、女子と一緒にご飯を食べる事になるとは。それも、今日転校してきたばかりの子と。今までの俺だったらまずありえない。まず女子に話しかける事自体無いし。ただ…
「ここの購買すごいね!何このパン!?」
「小倉アンドマーガリン揚げパン。通称『小倉マガ揚げ』。北高随一の高カロリー食だぜ。」
田口の買ってきた購買の名物(迷物?)パンをらんらんとした目で見つめる狩谷さん。パンを見、窓から購買を見る。俺はまた飛ぼうとするのではないかと身構えた。しかし
「あれ?購買のおばちゃんがいない…?」
「もうこの時間だと全部売り切れてると思うよ。小倉マガ揚げは特に売れ筋だから、チャイム鳴ったら即並ぶぐらいの勢いじゃないと買えねーんだ。」
おばちゃんナイス!と、胸をなで下ろしたのもつかの間。狩谷さんが「明日こそは買う!」と意気込んでいるのを見た俺は気づく。小倉マガ揚げは早く並ばないと買えない→早く一階に降りるため飛ぼう!って発想になるのでは?購買で盛り上がる二人を横目に、俺は一人ため息をついた。
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