第109話 大聖女。

「ラギレス様の気を感じます。どうやらお戻りになられたか、と」


 目の前のイクシアがそう語るのを、ルークはじっと見つめていた。


 同い年の勇者、ノワール・エレ・キシュガルド伯爵。


 奴の顔がここのところ緩んでいるのを見るにつけ、おおよその予想はしていたのだけれど。


「そうですか。では今度こそなんとしてでもお会いしたいですねぇ」


 王の隣でそうジュディ王妃が答える。


 黙ったまま静かな微笑みを浮かべている王とは裏腹に、王妃の方はイクシアの言葉に興味津々に見える。


 淡い金色の髪を豪華に盛り髪にし、薄いピンクのドレスに身を包んだ王妃ジュディ・マリー・アシュレイ。


 大きめのレースの飾りが美しい扇で口元を隠し、笑みを溢しながら。


「わたくし、彼女とずっとお友達になりたいと思っていたのですわ。今度こそその夢が叶うかしら?」


「彼の方の御心は計りきれませぬ、が、王妃さまが真摯であればお聞き届けくださるでしょう」


 茶番、だな。


 謁見の間。今日は月に一度の定例謁見の日。


 ルークは王の脇に控え国の重鎮が居並ぶ中、つつがない進行を見届けるだけの役割ではあるのだけれど、姉の話題が出たところで少し頑なになる。


 彼女をそんな風にしたのはここに居る重鎮共だろうに。


 そうも思うのだ。


 魔王との対決後姿を隠してしまったのも、あの姉にも思うところがあったのだろう。


 自分にしたところでそれは同じではあるのだけれど。あれ以来あの笑顔が見れなくなって久しい。



 ☆☆☆




 デュークと遊んでいたあの日。


 まったりとした日差しの中。庭の芝生の上で背中を擦り付け転がりながらこちらにかわいい顔を覗かせるデューク。


 ルークはそんなデュークに手を伸ばしお腹をモフる。


 あはは。


 にゃぁ。


 そう二人で芝生の上を転がって。



 しあわせな。そんな時間。



 いっぱい遊んで喉が渇き、屋敷に飲み物を取りに帰りちょっとデュークから目を離した時だった。



 黒い、大きな鳥が急降下しデュークを襲ったのだ。




 連れ去られるのは辛うじて回避できたものの、爪がお腹を裂き大怪我を負った。



 慌ててデュークを抱き上げて屋敷に飛び込んだルーク。



「おとうさま! おかあさま!」


 そう呼ぶも、二人は留守をしていて。


 おろおろする侍従達を尻目に駆けつけてくれたのがセリーヌだった。


「ああ、デューク、痛かったでしょう……」


「ねえさん! 助けて! デュークを助けて!」


 それは無理ですおぼっちゃま!


 もう既にこときれておりますよ……。


 そう言う声が周りから聞こえてくる。


 ルークにもわかっていた。血塗れのデュークの身体が硬く、硬直していることも。


 もう、もふもふな感触が無くなってしまっていることも。


 それでも!


「ねえさん! ねえさんなら、できるよね? 聖女でしょう! 大聖女さまでしょ? ならきっと。デュークを生き返らせることだってできるよね‼︎」


 今にして思えば随分な無茶を言ったものだ。と、ルーク。


 だけれど、その時はそこまで考えが思い至らなかった。


 只々デュークを助けたくてしょうがなかった。


 それが、彼女を傷つけたなどと、思いも寄らなかったのだ。



「いいわ。助けてあげる。でも。これっきり、よ」


 そう言った彼女の身体から金色の粒子が滲み出て。ルークごとデュークを覆った。


 温かいその心地よさに浸っているうち、ピクッとデュークの身体が反応し。


 血に染まった毛までもが綺麗な毛並みに戻ったかと思うと、温もりが帰ってきたのだった。


 腕の中でデュークの心音までも感じて。ルークは嬉しくて泣き出した。



「ねえさん、ありがとう……」


 泣きながらそう呟いた時には、目の前に居たはずのセリーヌは既にその場には居なかった。

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