「ジャッカル」と「ゴート」 十一


    十三


――警官が撃たれた、繰り返す、警官が撃たれた!――

 救援を求める無線が鳴り響く。若々しい声だ。どうやら、生き残ったのは若いほうの警官であるらしい。ザックの機械義肢に取り付けられた発信機の反応を合わせて考えるに、彼の現在位置であるちょうどその場所が、いわゆる現場のようであった。

「おい……おい本当に撃ったのか、ザック」

 バリーはこのところ、その発信機からの信号を度々に監視していた。同時に、いくつかの警察無線もだ。それはザックという男の身を純粋に案じていたがための行動だった。

 彼は独り言を零しながらも、現場の近くに待機させておいた予備のスタッフたちにゴーサインを出した。それは、「願わくばそうせずに済むように」と心から願っていた行為だった。

 今回はスタッフたちの人選にも注意を払った。デモニアスと利害関係にある者を排除し極力、口の堅い人間を選んだつもりである。それほど苦労はしなかった。高名な闇医者ともなれば、ギャング意外にも色々とパイプがあるものだ。

 この時点では、ザックたちを回収したあとのことについて、バリー・フィッツジェラルドにも明確な見通しがあるわけではなかった。ただ、マルドネス親子の息がかかった医療施設に引き取られるよりかは、自らの医院に匿うほうが断然に良い。バリーはそう考えたがゆえに、こうした手筈を整えていた。


 しばらくのち、彼の処置室には全部で三名分の遺体が届けられた。

 一つは運び屋。一つは警官。一つは探偵。そのなかにザック・フィッシャーの姿を認めたとき、バリーは慟哭した。歳の割りに端正な顔をくしゃくしゃに歪め、細い手で手術台を叩きながら泣き叫んだ。

 つい先日、修理を済ませたばかりのザックの喉。そのすぐ上には、痛ましい銃創の刻まれた頭部が繋がっていた。数少ないザックの生身部分たる眼球は、瞳孔が開いた状態でいまなお中空を睨み続けている。頭蓋骨内部に残された脳細胞も半分以上がずたずただ。一部には、まともに回収もできないほど砕け散った部分もあった。

 バリーとて、すべての死に意味があるなどと考えてはいない。誕生と死は生物に必須の循環であり、そこに意味を求めるのは、やはり不毛だと考えていたからだ。病理的にしろ、あるいは外傷によるものにしろ、立ち会う終焉の一つひとつに己が正義と哲学を揺さぶられていては神経がもたない。ある意味では、バリーはそれがために過剰な量のアルコールを頼りにしているのだ。ときには感覚を麻痺させてでも、思考の混乱から意識を切り離さねばならないのである。

 だがそれでも、ザック――本名ザカリー・クーパー・ブライスのこの死に様というものは、バリーにとっては決して看過できるものではなかった。無意味であってはならないのだ。そうでないなら、この物静かで憐れな男は、十三年前に妻子とともに命を落とすべきだった。善きおこないを成そうとした者が凶行に晒された挙句、ただ自らを責め苛むためだけに蘇らされたというのでは、あまりに救いがないではないか。非常な現実に打ちのめされながら、なお生き永らえたその先が、どうして犬死にでなければならないのだ。

 さらに言うなら、命を無駄にしてはならないという意味ではバリー自身も変わりはなかった。彼が持つ経験、技術、資産、人脈。常人に不可能なことのいくつかは、彼にとってはまさに造作もないことだ。それだけの力を無にし、このまま年老いていくこと、また安寧なる余生を望むことなど決して許されることではない。とくに、この結末を知ったあとでは。

 すべきことをしなければならない。この先の人生すべてを捧げることになろうとも、この手で「悪魔」を滅ぼさなくてはならない。それが地上を支配するかぎり、不条理は絶えず繰り返され続けるのだ。

 神は悪人の悔悛を待つ。偉大なる慈悲の心と、情け深さと、そして底知れぬ愛とをもって。

 だが悪魔が悔いることはない。ならば、正義は人の手でこそ成されるべきだ。気高く、かつ強靭な意思を備えた正しき者の手によって。

 西暦二〇九三年、五月二三日。鐘はこの瞬間に鳴らされた。それは痩せた掌に包まれた、破滅の鐘である。

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