めんそーれ! りうきう!

 クルーザーに揺らり揺られて数十分。

 真っ青に染まった波の上をひたすらに南へ進んだ私たちは、そろそろ

目的地の『りうきうエリア』に到着しようとしていた。


 ジャパリパークのりうきうエリアは、その名の通り沖縄をモチーフにしたエリアで。海水浴もできる綺麗なビーチに、独特の食文化に触れられる市場、珍しい鍾乳洞に、旧海軍司令部壕、ゆいレール…………。いや、半分より後は本物の沖縄の方だった。

 正直りうきうエリアのことは全然これっぽっちも知らないです。はい。

 それもそのはず。りうきうの観光ガイドが書かれた電話帳並みに分厚い旅のしおりは、絶賛ジョフさんが熟読中であるからだ。

 ジョフさんの真剣な眼差しを横目で見ながら、さりげなーく、そっとしおりを覗き込んでみる。

 びっくりした。なぜだか私にも、しおりに書かれた文字が一言一句すら読めなかった。

 ……ジョフさんは上下逆のしおりをじっと見つめて物凄く難しい顔をしている。


「ジョフさん? あの」


「はっ⁉ な、なななんでち⁉ こ、これくらいの本なんで余裕で読めるでちよ⁉」


 多分読めていないね、これ。


 * * *


「「ちゅーがなびら!」」


 フェリーを降りてすぐ、私たちを出迎えてくれたのは二人のフレンズだった。一人が赤を基調とした格好で、もう一人は青色を基調とした格好。あの独特な服装や髪型、目の形から察するに……。


「みなさん紹介しますね。このリウキウエリアの守護けもののシーサーレフティさんとシーサーライトさんです」


 やっぱりシーサーだった。スザクさんと同じく、伝説の獣……いわゆる人が考え出した想像上の生き物ですらこうしてアニマルガールになってしまうところを見ると、やはりサンドスターというものはかなり異常な物質なのだろう……。


「皆よく来たね!」


「めんそーれ、歓迎するわ」


 ライトさんとレフティさんが交互に挨拶をしてくれた。

 ……それにしても、あの服装寒くないのかな……? 靭帯とか伸びちゃったりしないのかな……? 多分サンドスターの力で心配は無用だろうけど、見ただけではかなり心配になる格好だ。本当に大丈夫なのかな、あれ。


「はいさいレフティ姉、ライト姉」


「はいたい、継月」


「今日はよろしくね」


「こちらこそ、いっぱい楽しんでいってね」


 レフティさんとライトさん、そして継月さんが交わす会話に高確率で出現するさっぱり意味の分からない言語に頭がこんがらがりそうになった。なにあれ。


「ゆ、ゆいたん……。あれなんて言ってるんでち?」


「私もわかんない……多分方言的なやつだと思うけど……うん……」


 なぜか無意識にジョフさんの後ろに隠れてしまう。正直苦手というか……完全に人見知りモードである。

 ジョフさんは何故か誇らしげな顔をしながら、シーサー二人の話を聞いていた。


「そうそう。そういえばリウキウには『いちゃりばちょーでー』って言葉があるんだ」


「いちゃりばちょーでー……って、なに継ちゃん?」


 案内の解説を一通り言い終わったライトさんがそう言うと、サーバルさんがそれを復唱して継月さんにそう伝えた。


「『出会った人とは兄弟のように仲良くしようね』って意味だよ」


 懇切丁寧に説明する継月さん。それを聞いたサーバルさんは表情をぱぁっと明るくして、


「じゃあ私たちフレンズと一緒だね!」


 眩しいくらいの元気さでそう答えた。パークの広告に頻繁に登場するアニマルガールらしい、実によく分かる喜怒哀楽。かわいいがすぎる。


「そうそう! つまり!」


「リウキウで繋がる、人とフレンズの!」


 ライトさんと継月さんがそう声を合わせて──


「「大きな輪!」」


 腕を合わせて二人で大きな輪っかを作りながら、これまた盛大な声と動き。

 そして腕を離して縮み込むような姿勢を取ると、二人同時にびしっと指差しポーズを決めた。


「「はい! ライトじゃー……ないと!」」


「ふへぁっ⁉︎」


 不意打ちだった。はい、不意打ちでした。

 私はお腹から込み上げてくる息をなんとか堪えるも、耐えられず地面に膝をついてしまう。

 両手はジョフさんの肩の上に、そしてジョフさんの背中に頭を付けてどうにか堪える。

 いや、なんでみんな沈黙してるのか訳が分からない。ここで一人笑ってしまったらこの空気からしてヤバい。明らかにヤバい。うえぁぁぁぁ……っ……!


「いまのは、繋がりという意味の大きな輪とリウキウの今の言い方の沖縄を掛けたホットなジョークだよ〜」


「「だぁー! ギャグを説明しないでー!」」


 フルルさんがそう説明すると、ライトさんと継月さんがまた声を合わせて慌てる。その様子がみんなの笑いのツボを刺激したらしく、どっと笑いが起こったのだった。


 かくいう私はなんとか耐えきって、さっきと同じくジョフさんの頭の上に軽く顎を乗せて、前に立つ四人にやっと目線を向けることができた。

 レフティさんはなぜか呆れ顔だった。



 * * *



「わぁーっ! 綺麗でち!」


 お昼まで自由行動ということで、私たちは先ほどライトさんが言っていた水族館に足を運んでいた。

 もっとも、ミライさんの自由行動開始のアナウンスがあった直後にジョフさんが一番に提案した場所がここだった。正直、こうやって引っ張ってくれると私も行動しやすいのでありがたい限りだ。


「ゆいたん! あれ! あの大きいのなんていうでち⁉︎」


「えーっと、多分ジンベエザメかな」


 巨大なアクリルパネルの向こう側で優雅に泳ぐ生物たちを指差しては、目を輝かせるジョフさん。子供っぽいというか、素直というか。やはりかわいい。

 私は生物よりも、このアクリルパネルの厚さが気になるところです。ここまで大きいと三十センチ以上はあるだろうなー。すごい。


 営業前の特別解放ということで、殆どのエリアは解放されていて行くことができたが、最上階にあるイルカショーを見ることのできるプールや、休憩所に併設されたカフェは流石にやっていなかった。

 まあ私たちしかいないもんね。ちゃんとした営業はもっと人の来るプレオープン、レセプションのときになるのだろう。

 ……カフェのメニューに書いてあったタルトタタンが食べたかったです。ざんねん。


「あつー……」


 水族館の中は、ある程度空調も効いていて過ごしやすい環境だったが、外に出てみると一変。太陽が昇った後のこの土地はものすごく暑かった。まるで本当の沖縄のよう。……沖縄行ったことないけど。


 私とジョフさんは偶然見つけた移動販売車のジェラート屋さんを見つけ、パラソルが陰を落とすベンチに腰掛けていた。

 腕時計を見てみると、針が指す時刻は十一時過ぎ。気温は二十六度を示している。燦々と降り注ぐ太陽光からも分かる通り、明らかに二十六度じゃない。

 ……それもそのはず、この時計が示しているのはあくまでも小笠原諸島の気温で、ジャパリパークの各エリアの気温ではないからだ。サンドスターの影響で、エリアごとに気候が変わっているらしい。仮にリウキウを気候区分AからB辺り(暑い)と仮定すると、その真反対がホッカイエリア。気候区分DからE(寒い)。パークの大きさは少なくとも東京大阪間よりは狭いと聞いているので、わずか数百キロでこの違いは明らかにおかしい。サンドスターヤバい。


 ぼーっとそんなことを考えながら、なんとなくジョフさんの方を見てみる。

 ……なんでかジョフさんもこっちを見ていた。目線的に──。


 私の食べかけジェラートだね、これ。

 スプーンで溶けかけのジェラートを掬ってジョフさんの前に持って行くと、まるで子犬のように一口でパクッと食べてしまった。結構沢山掬ったのにも関わらず。

 頰を膨らませて味を堪能するジョフさんの表情は、やっぱりどこから見ても無邪気な子供だった。うん、かわいい。


 いつの間にか私のジェラートはコーンだけになっていた。

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