第二話 ぼくは妖怪だ

「ただいまぁ」

 帰宅したぼくは、ランドセルをリビングのソファに投げると、テーブルの上にあるシルバーのタブレット端末に手を伸ばした。さっそく座りこみ、クラスで話題の動画をチェックしようとサイトにタップする。

 お母さんが仕事から帰って来るまで、まだ一時間ちかくある。それまではタブレットで遊んで、宿題はそのあと、自分の部屋にあがってからにするつもりだ。

 今日は漢字ドリルが1ページと算数のプリントが一枚あるだけ。夕飯前には楽勝で終わる、そう思いながら、ぼくは白浜ミクが好きだと話していたユーチューバーのチャンネルを探した。ダンス動画をあげている人らしく、たぶん高校生くらいだろう。派手なパフォーマンスがウリらしい。

 ぼくは再生ボタンを押したあと、タブレットを立てかけて手をはなしても見られるようにした。何か飲もうと冷蔵庫へ向かおうとしていると、

 ドスドスドス

 階段を下りて来る足音が聞こえてきた。

「あらー、トモキくん。帰っとったんかい。おかえんなさーい」

 マタヲだ。手には例の『だちだちの花』が入ったビンを持っている。

 そいつに「フー」と息を吹きかけ、手ぬぐいでキュッキュとみがく。

「見てーな、この葉の色。ちょっと色ツヤ良くなってない? ぼくらの友情もえーかんじに深まっとるちゅうことやねー」

 何が嬉しいのか、マタヲはご機嫌だ。

 当然のように二足歩行するマタヲは、猫のくせに盛大な足音を立てる。

 ぼくが冷蔵庫からオレンジジュースを取り出していると、

「あ、ぼくも飲むわ」

 にゅーと爪先立ちで背伸びをすると、ビンをカウンターテーブルに置いた。

「ダッちゃんは、ここでお利口さんにしとってなー」

 ビンにそう話かけると、自分はぴょんとカウンターテーブルに飛び乗る。

「なあ、トモキくん。ダッちゃん、元気やと思わん? 今朝なんか、水をあげたらキラキラ輝いて笑っとったわ」

「へー」

 ぼくはオレンジジュースをグラスに入れ、冷蔵庫にしまった。

 マタヲは『だちだちの花』のことを「ダッちゃん」と呼び、毎日声かけをかかさない。元気に育つようにとかわいがり、「ぼくはほめて育てる性分なんや」とふくふくの胸をそらせる。

「トモキくんも、ほめて育ててあげよ思っとります。ぼくに任せとき。きみを立派な大人にしてやるからね」

 猫に育ててもらおうなんて思わないが、マタヲは世話好きをアピールするのが好きだ。

「ちょっ、トモキくん。ぼくもジュース飲むやんか」

 ムチムチの前足をつき出すマタヲに、ぼくは「猫は水でいいだろ」とあごで蛇口を示す。マタヲはムカっとしたのか、ひげをピンピンに左右に大きく広げた。

「あんね、トモキくん。いつも言うとりますが、ぼくは妖怪なの。妖怪ネコマタやの。だからジュースもお菓子も、お酒だって飲めるんです。ネギたっぷりにネギトロが好物やて、この前も教えてあげたでしょうーが」

「へー」

「へー、やありませんて。ええか、トモキくん。ぼくはきみよりも、うんとうーんと年上なんやからね。きみのおじいちゃんよりも」

「ジジイなんだろ?」

「そう。ヨボヨボのジジイなんです。あ、腰も痛い、ひざも痛い、ところできみは誰やったっけ……て、ちゃうわっ。こんなにプリチーなぼくに向かって、ジジイはないんやないの、トモキくん」

 マタヲは二又の尻尾を抗議するように、ブンブンと振り回す。細い猫の毛が宙を舞う。

「あ、やめろよな!」

 ジュースに毛が入りそうになり、ぼくは慌ててグラスのふちに手を重ねた。

「きったない猫だな。毛ばっかりまき散らして。外にいろよ。それかバリカンで丸刈りにしてやろうか」

「なんやと、もっぺん言うてみ!」

「バリカンでツルツルにしてやろーか」

「カーッ! 口の悪い子や。こりゃあ、育てがいがあるっちゅうもんや!」

 マタヲはダンッと大きな音を立ててカウンターテーブルから降りると、

「ええか、トモキくんよ。ぼくが妖怪だということ、忘れておらんやろうね」

 キラと黄色の目を怪しく光らせる。ゆらり、とマタヲの影が伸びたような気がした。

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