3章 神託と名僧と陰謀

「なるほど、これは概念を植え付けられたか。」

未離を診断したのちにエクスバースはそうつぶやいた。

「確かに虚無の女神にはダメージとかいうものはすべて無となる。だからこそ痛みという概念を直接植え付けたか。少し不謹慎であるが、感心だ。」

ミナに救出された未離はエクスバースの研究室に運ばれ治療を受けていた。

有間は言った。

「こうなったのは俺が少しここを空けてたのも悪いが…おい、ミナとミロク。お前たち何か隠してるだろ、特に今回の犯人に関して。今、俺は大切な妹を傷つけられて非常に機嫌が悪い。俺は今まで未離のために手を抜いていたが、まあ、早く言ったほうが身のためだぞ。」

ミロクが返答する。

「有間、今奴は複雑な状況に置かれている。私も深くは知らないが…お前は神代家の終焉について知っているか?」

有間は答える。

「あぁ、急激に名が知れ渡り、突然その家族のみが姿を消したことが気になってな、今回、未離から目を離していたのはそれについて調べていたところだったからな。」

ミロクは真剣に話す。

「実は、彼女…いや、彼らはその神代家の人間だ。このミナは長女の神代末無(かみしろまな)の体に入った長男の神代未無(かみしろみな)だ。」

有間は少し笑って言葉を返した。

「ああ知ってるよ、かなり前からな。俺が知りたいのはなぜそうなったかの経緯と状況、それに心境だ。まぁ、他のやつらは知らないだろうから、それも踏まえて説明してくれ、なぁ、呪いにより神託者として生まれた神代家長男の神代未無。」

ミナは顔を上げ答える。

「あぁ、教えるよ。神という悪魔に定められた運命の過程として生まれた姉弟と呪いという代償で悪魔の使いとして破滅を定められた妹が運命に抗った物語を。」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 お前たちはミロクの過去はこの前聞いただろ。まぁ、その話に交えながら話すぞ。

そうだな、まずは俺たちの父親について話してやる。俺たちの父親はな、誰も来ないような教会で神父をしていた。だがな、ある時大きなチャンスがあったんだ。それが俺たちの誕生とミミの暴走だ。特に暴走の方だ。ヤミの力は暴走なんてするはずがなかったと言ったが、まぁこの話は後だ。その暴走を抑えたのが、俺たちの父親の神代未末(かみしろみま)なんだ。その後、未末から依頼を受けた当時の名僧ミロクがミミを封印した。過剰なまでに話を作り変えて依頼したからミロクも引き受けた。それからというもの未末の教会には多くの入信者が現れた。

俺たちは普通に生活していた。母は次女の末離(まつり)を産んだ後亡くなり、父は教えに集中していたからほとんど三人で自立していた。姉は俺と末離に愛を与えてくれた。だからこそ三人で暮らせた。だが、ある時に父が姉を神の生まれ変わりいわゆる聖女だと信者に教え、また俺も神の使いいわゆる神託者として讃えられた。最初は訳が分からなかったが姉はそれを受け入れたから俺も受け入れることにした。

 それからの生活はあまり変わらなかった。変わったことというと信者の訴えや乞いを姉に答えてもらって父に伝えることだった。それでも姉は俺と末離にできる限りの愛情をくれた。姉は相当疲れていたのだろう、数週間ほど姉が寝込んでいた時期があった。その時期、俺は姉が寝込んでいるため神託者の仕事はしばらくなかった。そして姉を看ているととある疑問が脳裏に浮かんだ。“なぜこんな聖女や神託者といったものが決まっていたのだろうか?そして末離にはなぜそういったものがないのか?”

その時期は姉が寝込んでいたため末離の面倒も見ていた。まぁ、姉がいないからか、とても機嫌が悪いのが分かった。その夜のことだった。姉が寝た後、廊下に寝ているはずの末離の姿があった。普段ならすぐに寝かせにいくのだが、その後の末離の行動が気になったため後をつけることにした。末離が向かったのはキッチンだった。そこで末離はどこからか肉切り包丁を取り出し、突然とんでもない速度で俺に襲い掛かってきた。俺はすぐさま初撃を避けた。明らかに彼女は普通じゃない。まるで獣のようにうなりながら俺に襲い掛かる。少しの隙を突かれ、包丁が俺の胸に迫る。その時、この場に末無が来た。おそらく俺と末離が部屋にいなかったので探しに来たのだろう。その瞬間、末離の包丁は俺を外し床に突き刺さった。そして、末離は眠りについた。俺はこの時の出来事は忘れない。そして、さらに自分たちの存在への疑問が強くなった。

 俺は自分たちの存在について調べるため、まずはあの末離の件からなぜか様子が変わった父の未末について調べた。そしてミミが暴走した事件にたどり着いた。ミミを封印したという名僧には自分たちのこともわかると思い向かった。そして着いたのは山奥の廃れた小屋だった。そこに目を閉じ瞑想している少女がいた。そして少女は目を閉じたまま話しかけてきた。

「なぜお前は神を信じる?なぜ真実を求める?お前の正義とは何処にある。」

俺はそれに答えた。

「そうだな、もらった愛に応えるためかな。」

少女は答える。

「愛か…たとえその愛がただ不条理に自らを戒め、望まぬ運命に縛り付けられてもよいのか?」

俺は答える。

「そうか、堅苦しい考えだな。俺は運命なんかに振り回されない。運命なんて不確定なんだ。それは過去の罪から逃れるために失敗や後悔を忘れるために強引に括り付けただけだ。俺はどんなに不条理な未来も受け入れる。そして俺は決してあきらめないしその運命とやらに負けるわけにはいかない。」

少女は少し動揺し黙った後に言った。

「あきらめない…か。この名僧と呼ばれる己が罪を引きずるくらいなら…ふむ、お前の正義、意志は折れないならば、その決意、我に示せ!決められた運命に呪われた神託者よ!」

その瞬間、とても強い衝撃が俺を襲った。戦闘はできないわけではない。姉を護るために力を与えられている。俺の武器は光の槍だ。しかし、この力は強すぎる。確実に彼女は死んでしまうだろう。だから、彼女の攻撃をかわしていった。

数十分避け続けた後、彼女は攻撃をやめた。

「ほう、其れが汝の意志か。上がれ、少し話し合おうではないか。」

彼女の誘いに乗ることにした俺は小屋の中へ入った。


「ふぅ、やっと肩の力が抜ける。それで其方は何を乞いに来たのかな。」

そこにいる少女にさっきの堅苦しかった僧の面影がなく、ただの少女に見えてしまうほど豹変していた。

「何を驚いておる。あっ、やってしまった。ごめん、ここに人を入れるなんてあの時以来だったから…」

あまりにコロコロと口調が変わるので少し混乱したがすぐに慣れた。

「コホン、とにかく今のことは忘れてくれ。」

忘れようにも忘れられないのだが、と内心思った。

俺は彼女を思って言った。

「そんなに気張らなくていい、堅苦しい雰囲気は悪い嘘を生み出す。」

彼女は答える。

「そうか、迷惑かけてすまない。」

俺は本題に入った。

「俺たちの父親である神代未末についてなんだが…」

そういうと彼女は元の堅苦しい方に豹変した。

「そうか、あの異端者に関しては我も調べを進めておる。あまり言えることはないが…」

そういうと彼女は深呼吸を挟み、また優しい顔つきになった。

「まずはね、おそらく彼が求めている虚無の力と虚無の女神について教えるよ。」

そして俺は虚無の力とその伝承について聞いた。

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