当たりが出るまで引いていい


 二人の様子を見ていた壱花はホッとしながら倫太郎に言った。


「なんか、ああいう、いつも無表情な人が涙をこらえる姿って、キュンと来ちゃいますよね」


「なんだって?」


「ああいう、いつも無表情な人が涙をこらえる姿って、キュンと来ちゃいますよね」


「なんだって?」


 倫太郎は何故か脳が壱花の言葉を拒絶してでもいるかのように、何度も訊き返してくる。


 あずき洗いのおじいさんの後ろから、いつの間にか来ていたキヨ花が笑って言ってきた。


「倫太郎はドMなのかい?

 なんで、何度も聞きたくないセリフを聞きたがるんだい」

と。




「社長、……風花。

 ありがとうございました。


 少しすっきりした気がします」

と頭を下げてきた冨樫に、壱花は、


「あのー、気のせいかも知れませんが。

 私には礼を言いたくない感じに聞こえるんですけど」

と言った。


 すると、冨樫はいつものように冷ややかにこちらを見、

「言いたくない。

 お前のような奴にしてやられたとか思いたくない」

と言ってくる。


 ……なにも変わらない冨樫さんにホッとしつつも、心に冷たい風が吹きつけてますが。


「いやまあ、そう言いながらも、感謝はしているんだが。

 パフェはいらないからな。


 過去のなんだかんだで見たくない以前に、俺は今は、この手のベタベタした甘いものが好きじゃないんだ」


 えええーっと壱花は声を上げる。


「さすがは冨樫さんですよ。

 この容赦のなさ、ブレないですよね」

と壱花はヒソヒソと、のっぺっぽうたちと話し合う。


「でもまあ、冨樫さん、そう言うんじゃないかと思って、ちょっといいものご用意してみました」

と壱花は言った。


 冨樫が自分なんぞにしてやられたくないのは想像ついていたので。

 ちょっと気分をよくしてもらおうと他のプレゼントも用意しておいたのだ。


「じゃーん」

と壱花はあの変色した台紙のクジを出してきた。


「冨樫さん、今日はこれ、全部引いていいですよ。

 必ず、当たりが出ますから」


「いや……全部引けば一等も出るだろうよ」


「待て。

 一等って、俺のワルサーじゃないのか」

と冨樫と倫太郎から文句が出る。


「まあまあ、一等とか二等とか出たら、きっとスカッとしますよ、冨樫さん」

と壱花は言ったが、冨樫は、


「いや、財布の中身がスカッとしなさそうだ」

と言ってくる。


「だから、私がおごりますって~」

と壱花が言うと、


「それだと気分がスカッとしなさそうだ。

 お前におごられるとか」

と更に文句を言ってきた。


「……本当にごちゃごちゃうるさいですね、この人」


 いいから引いてください、とその手にクジの箱を押し付けたとき、キヨ花が、カウンターに置いた台紙のすでに欠けている景品部分を見ながら呟いた。


「そのクジ、途中から引いてないのは、なにか理由があったような……」


 なんだろうなと気にはなったが。

 そのときにはもう、冨樫はさっさと終わらせてしまえとばかりに、クジの箱に手を突っ込んでいた。


「あっ、いきなり三等じゃないですかっ」


 赤い三角の紙を冨樫が開けると、三等の文字が見えた。


 いきなりの大当たりだ。


 このペースなら、全部引かなくてもよかったかな、と思いながら、壱花は台紙から三等の景品をはがそうとする。


 マッチ箱サイズの小さな船のミニチュアだ。


 なんでこんなのが三等なんだろ? と思ったその瞬間、ぼんっとカウンターの上に、お風呂で遊べる船が現れた。


 マッチ箱サイズだったのが、手のひらより大きなサイズになっている。


 どうやら、此処に貼りつけてあるのは見本のようで、当たると本物が現れるようだった。


「こんな仕掛けがあったのか」

と倫太郎が驚き言った。


「社長もご存知なかったんですか?」


「ああ。

 俺が来てから、このクジ引いた奴いなかったから」


 迷いのない冨樫が次を引いて開けている。


 十五等、みたらし団子の形の消しゴムのようなものが当たった。


 みたらし団子が現れる。


 小柄なぬっぺっぽうのちょうど目の前に出現したので、食べたそうにしていた。


「……ちょっと待て」

と倫太郎が言った瞬間には、冨樫はもう次を開けていた。


「七等」

と壱花が言う。


 七等はライオンの小さなぬいぐるみだった。


 次の瞬間、ライオンがカウンターの上にいた。





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