まるで、ラブラブカップルですよ


 朝、壱花は倫太郎に抱きしめられたまま目が覚めた。


 ……なんですか、これ。


 まるで、ラブラブカップルみたいじゃないですか、と壱花は思う。


 まあ、冨樫さんに真上から覗かれてなければの話なんだが……。


「よく寝てるな」


 ヒソヒソ声で冨樫が倫太郎の寝顔を見ながら言ってくる。


「お疲れなんだろう。

 寝かせておけ。


 抜け出せるか?」


「えーと。

 やってみます」

と小声で言い、壱花は、そうっと身体に回る倫太郎の手をがそうとしたが、剥がれない。


 うーん。

 無駄に力があるな、この人、と思っていると、冨樫が、


「なんだ。

 外れないのか」

と言いながら、手を貸してくれるが外れなかった。


 壱花は諦め、

「しょうがないですね。

 社長が起きるまでこうしてますよ」

と言う。


 すると、冨樫が、

「なにか食べ物とか飲み物、持ってきてやろうか」

と言ってきた。


「なにか壁の隙間に挟まって救出を待っている人みたいな気分になってきましたよ」

と言って、


「お前……、社長ほどの色男に抱きしめられて、そういう発想しか湧かないのか」

と呆れたように言われてしまう。


「いや~、社長が私を好きとかいうのならドキドキもしますけど。

 全然、そういうのなさそうなんで」


 ただただ重いですね、と言うと、冨樫も、

「まあ、俺もこうして見てても、倒れた人を救出しようとして自分もすっころんで一緒に倒れた人間を見ているようにしか思えないが」

と言ってくる。


 ……いや、そういう場合は、しみじみ見てないで、助け出してあげてください。


 そう思いながら、壱花が、


 七時くらいまで、このまましばらくじっとしてるか、

と覚悟を決めたときには、実は倫太郎はもう起きていた。






 こら、冨樫。

 なに俺の腕の中から、勝手に壱花を引っこ抜こうとしてるんだ。


 倫太郎は自分ちの裏山から勝手に松茸を持ってかれるような気持ちになっていた。


 いや、壱花に松茸ほどの高級感があるかどうかはともかくとして。


 それにしても、壱花も壱花だ。


 何故、俺に抱かれながら、動じることなく、呑気に、よその男と話なんぞしてるんだ。


 それも、死ぬほどつまらない世間話を……と思ったとき、ぎしりと音を立てて、ベッドの端に腰掛けた冨樫が語り出した。


「……あの店がなにか人知じんち及ばぬ妖しい店であることは最初から感じていた。


 お前と社長がカウンターに並んでいるのをガラス越しに見たとき、社長、そこはヤバイですよ、と思ったものだ。


 ほら、よくあるじゃないか。

 死んだ女に騙されてあばら屋でって。


 社長、目が覚めたら隣に寝ているのはむくろかもしれませんよと思ったんだが」


「いや……、私、普段、普通に会社にいますよね」

と壱花は言ったが、


「そのくらいの妖しさがあの店には漂っていたんだ」

と冨樫は言う。


「……パフェが嫌いなんだ」


 唐突に冨樫はそう言った。


「なんでだかわからないが嫌いなんだ。

 忘れてたけど、嫌いなんだ」


「……何故、急にそれを思い出したんですか?」

と壱花が訊いている。


「さあ、なんでだろうな」


 そのまま、二人は黙っていた。


 いやいや。

 壱花を抱いているのは俺なのに、なんかそっちの方が親密そうじゃないか?


 そう思った倫太郎は、思わず、壱花を抱く手に力を込めていた。


「いてっ」

と小さく壱花が声を上げたので、手をゆるめる。


 自分を振り返り、

「社長、よく寝てますね~」

と言って壱花は笑ったようだった。


 寝てないぞっ、と思ったが、なんだか起きにくい雰囲気だ。


 おのれ、壱花め、生意気な。


 冨樫となんだかいい感じじゃないか。


 高尾の妖しい薬を飲ませて、百年眠らせずに働かせてやろうかっ。


 そう思いながら、倫太郎はまだ寝たフリをしていた。









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