ちょっと来い


 今日は客も少なかったので、倫太郎と冨樫が文字焼きを焼き続けている閉店間際、壱花が欠伸していると、高尾が言ってきた。


「やっぱ、疲れるよね。

 あっちとこっちで二重生活してるとさ」


「いやまあ、そうなんですけど。

 社長はずっとこういう生活続けてきてたわけですし。


 私も頑張ってみます」

と壱花が笑って言うと、


「そうだ、いいものあげるよ」

と高尾はポケットをゴソゴソし始めた。


 変色した薬包紙に包まれた薬のようなものを出してくる。


「疲れが取れる薬だよ」


 へえ~と言いながら、粉は苦手なんだけどな~と思っていると、高尾はにっこり笑って言ってきた。


「これ飲んだら、百年は眠らずに働けるらしいよ」


「それ……会社で配られたら地獄ですよね」




 そろそろ終わりなんで片付けようと思ったとき、文字焼きに飽きたらしい冨樫が後ろの壁の方を見ているのに気がついた。


「どうしたんですか?」

と壱花が訊くと、


「よくこういう店に、こんな台紙が変色したオモチャやクジがそのままになってるけど、売れてないのか?」

と逆に訊かれる。


「あー、そうなんですかねー?

 でも、こういう変色したり埃かぶったりするものがあってこその駄菓子屋というか。


 雰囲気がありますよね」


 だが、冨樫は、ふん、と鼻を鳴らし、

「みんな、あんまりやらないんだろ、クジなんて。

 当たらないしな」

と言ってきた。


 その吐き捨てるような言い方に、

「……パフェに続いて、クジも嫌いなんですか」

と言ったが、冨樫は、


「クジはただ単に当たらないから嫌いなんだ」

と言ってくる。


 じゃあ、なんで、パフェは嫌いなんですか、と思っていたが、なんとなく突っ込めなかった。


「私も当たらないですけどね~。

 っていうか、このクジの一等、全然出ないので、社長のオモチャとなっているようですが」

と台紙を指差す。


 重すぎるので、一等のワルサーは棚にしまってあって、台紙にはワルサーの写真しか貼っていない。


「遊んではないぞ。

 ヤバイ客が来たときにあれで脅すだけだ」

と言いながら、倫太郎は皿に山と盛られた文字焼きを持ってくる。


「食え」


「い、いや、ちょっと……」

と壱花は後退した。


 さすがにもう食べ飽きていたからだ。


 後退した弾みで、外が目に入る。


 少し白み始めている気配を感じた。


 おっとっ、と壱花は鞄を取りに奥へと入った。


「そろそろ夜明けかな」

と倫太郎も振り返り、ガラス戸の向こうを窺っている。


 明るくなる前に飛ぶので、今から飛ぶ、とはわからないのだが、なんとなくそろそろだなという予想はつく。


「じゃあ、外に出ますよ」

と冨樫が言い出した。


「また社長のベッドに飛んだら悪いですからね」


 だが、倫太郎は眉をひそめ、冨樫に言う。


「……いや、でも寒い中、夜の街に放り出されても困るだろ。

 此処にいろ」


 やっぱりなんだかんだで優しいよな、と思ったとき、倫太郎が手招きしてきた。


 なんですか?

と壱花が見ると、


「わかったんだ。

 此処にいるときの配置そのままに飛ぶことが。


 ちょっと来い」

とまた、ちょいちょいと手招きしてくる。


 なんだかわからないまま近くに行くと、倫太郎はいきなり、壱花の手を引き、抱き寄せた。


「三人で飛ぶのは仕方ないとしても、せめてお前と距離が近い方がいい。

 なんだかんだで女だからな」


 そのなんだかんだが嫌なんですけどーっと叫んだときには飛んでいた。





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