富樫の秘密
壱花は仕事中、機械的に頼まれた書類を作成し、機械的にノックをして、機械的に社長室に入り。
ちょうど内線電話がかかったので、電話をとった倫太郎の前に書類を静かに置いて、機械的に立ち去ろうとした。
「待て」
とすぐに電話を切った倫太郎に止められる。
「なに、ぼーっとしてんだ、こら」
壱花は振り返り、
「いや~、ちょっといろいろ考えちゃいまして。
ひとつ、気になってることがあるんですけど。
……あの~、冨樫さんちってお父さんいらっしゃいますよね?」
と迷いながらも訊いてみた。
倫太郎は一瞬、黙ったあとで、
「いるらしい。
が、実の父親ではないらしい。
以前、本人がチラともらしてたんだがな」
と言ってきた。
壱花は周囲を見回し、倫太郎のデスクに近づく。
「いや~、あんまり人んちの事情に首突っ込むのは好きじゃないんですけどね。
私が実は社長にとり憑いてる悪霊なんじゃないかと思ってるくらいあの店を怪しんでいるのに、のこのこやってくるとか。
冨樫さん、なにか気になってることでもあるんじゃないかなと思うんですが。
少なくとも、
と言うと、倫太郎が、
「遠回しに言うな。
なにか思うところあるんだろう?」
と言ってきた。
すぐに、そう言ってくるということは、倫太郎にもあるのだろう、と思いながら、壱花は覚悟を決めて言ってみた。
「……原因は高尾さんじゃないかと思うんですよ。
で、その理由なんですが」
一、と壱花は人差し指を立てて言った。
「実は高尾さんが冨樫さんの父親である。
冨樫さんは高尾さんを、昔、自分たち家族を置いて出て行った父親だと思っているので、その姿を見たくなくて見えない」
「いや、それだと冨樫も妖怪になってしまうんだが……」
「あの
後ろに目があるんじゃないかと思いますよと壱花は言った。
「背後でなにかやらかして、さっと始末しても見てますからね~」
「まず、やらかすな。
そして、リカバリーの腕ばかり磨くな」
とついでに叱られてしまう。
うう、しまった。
余計なことを、と思いながらも、めげずに壱花は続けた。
「二、高尾さんが顔をもらったという人間の男の人が冨樫さんの父親である」
すべての可能性を提示するため、冨樫妖怪説も唱えたが、こちらが本命だと思っていた。
倫太郎もそう思っていたようで、すぐに頷き、
「なにか訳ありな人物だったようだからな」
と言ってくる。
『もうこの顔はいらないからあげよう』
十年か二十年前に高尾にそう言った冨樫にそっくりなその男は、当時、二十代か三十代で。
このすぐ近くの鉄砲町に近づくなと言っていたようだった。
「冨樫さんって、この辺りの出身なんですか?」
「らしいぞ」
「鉄砲町ではないですよ。
あの近くではありますが」
いきなりそんな声がして、二人はヒッと身をすくめる。
冨樫が扉を開けて、立っていた。
「鉄砲町は当時、刑事だった父が勤務していた署があった場所です。
自宅もそう遠くはなかったですけど」
はい、と冨樫は急ぎの支社からの書類を倫太郎に渡しながら言った。
「さっきお二人が話していた話が本当なら、高尾さんの顔は父の顔なのかもしれませんね。
私が子どもの頃、父は突然、失踪したんです。
……その日、珍しく家にいた父が、ちょっと遠くのデパートまで連れてってくれて。
当時はまっていた船のラジコンを買ってくれ、食堂でパフェを食べさせてくれました。
そのあとも、しばらく父はいたと思いますが。
失踪したあとも、ずっと頭に残ってたのは、そのときパフェ越しに見た父の顔で。
でも、家族を捨てた父のことは忘れようと思って、ずっと記憶から消していました。
今の父もいい人ですしね。
だけど、心に傷が残っていたんでしょうね。
だから、ガラス戸越しにぼんやり見たときには高尾さんの姿が見えたのに、中に入ってハッキリ彼の顔を確認したら見えなくなった。
見たくなかったんでしょう」
そう冨樫は言う。
おそらくだが、高尾の顔は彼からもらったものだが、声は元のままなのではないか。
だから、最初は聞こえなかった高尾の声が途中から聞こえるようになったのだ。
脳が、これは父の声ではないので、古い傷をえぐらなくていいと判断したからだろう。
「他人に顔を渡して消えたのなら、もう生きてるつもりもなかったのでは?
じゃあもう出会うこともないし、関係ないですよ。
家族を捨てて出て行った男のことなんてどうでもいいですし。
そのうち、高尾さんの顔も見えるようになると思いますよ。
……まあ、わざわざ、あの店に行く必要もないですけどね」
冷ややかにそう言って、冨樫は出て行った。
閉まった扉を見ながら壱花は言う。
「……でも、冨樫さんのお父さんって、なにか事情があって出て行かれたんではないですかね?」
鉄砲町に近づくな、と冨樫の父らしき人物は高尾に言ったという。
家のある場所に近づくな、なら、家族と出くわさないようにという意味にとれるが。
鉄砲町は自宅ではなく、勤務先であった警察署の場所らしい。
「なにかの事件に関わって、姿を消す必要があったのかもしれないな」
家族に迷惑がかからないように。
「冨樫さんも本当はわかっているのかも。
だから、これ以上、触れない方がいいですよね。
でも、冨樫さん、全部思い出しちゃって。
……この日本でパフェ見ないでいるの、大変ですよね」
「なに考えてる?」
と倫太郎に訊かれ、
「……なにも考えないようにしています」
と壱花は答える。
心を無にしようとしているのに、
「余計なことしようとしてるだろ」
と倫太郎がつっついてくる。
倫太郎こそが冨樫のことが心配で、なにかしたがっているのではないかと思えた。
「いや、だから、余計なことはしたくないんですよ~。
冨樫さん、ほっといて欲しいかもしれないしっ」
と言いながら、壱花の手はなにかを混ぜるように勝手に動いていた。
目は口程に物を言い、というが、自分の場合は、ズバリ仕草に出るようだと壱花は思った。
その手許を見ながら、倫太郎が言ってくる。
「それが冨樫にとって余計なことかどうかは俺にもわからないが。
まあ、やってみろ。
嫌ならあいつのことだ。
二度と立ち上がれないくらいのひどい言葉をお前に投げつけて、お前のハートをズタズタにするだけの話だろうしな」
容易に想像できるその状況に壱花は青ざめながら、
「……そ、その場合は社長が駄菓子で
と癒しの駄菓子屋の店主にちょっと訊いてみた。
冨樫のあの顔と目つきと口調で集中的に罵られて、立ち上がる自信がなかったからだ。
だが、あっさり、
「いや、甘えるな」
と突き放されてしまう。
駄菓子には癒されるが。
このドSな店主には癒されないな~と思いながら、
「失礼しました~」
と壱花は社長室を出ていった。
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