初めての出来事
倫太郎は朝、ひとりで目を覚ました。
早く帰れと急かして冨樫を帰したものの、自分は忙しくて帰れず。
店に行けないまま、疲れて寝てしまったのだ。
客は疲れて迷い込むというのに、店側の人間は疲れたらたどり着けないとはこれ
しかし……、と倫太郎は誰もいないベッドを見つめた。
一人暮らしなんだから、目覚めたとき、一人で当たり前なんだが。
壱花がいないのは久しぶりだな、と思っていた。
目が覚めたとき、物足りないような寂しさを感じたのは、店に行かなかったからなのか。
今、此処に壱花がいないからなのか。
そんなことを考えながら、ぼんやり自分以外、誰もいないベッドを見つめてしまう。
まあ、壱花がいたところで、
『ひーっ、社長っ。
遅刻しますーっ!』
と大騒ぎして、すぐに、二人で出ていくだけの話なのだが。
……それにしても、あいつ、なんで、此処にいないんだ?
俺が何処にいても飛んでくるんじゃなかったのか?
俺もいないのに店サボれないと思うんだが。
店は高尾に任せて、家に帰ったのだろうか?
駄菓子屋のオーナーのばあさんは、高尾のことは買っていたようだから。
店番を高尾にして帰ることは可能なようだった。
それにしても何故?
今までこんなことはなかったが。
風邪でもひいたのだろうか?
とちょっと心配していたのだが、真相は違った。
「もう~っ、社長。
昨日は大変だったんですよ~」
職場に着いて早々、壱花が書類を手に社長室にやってきて言い出した。
「高尾さんが無理やり、冨樫さんにパフェ食べさせようとして」
「……ちょっと待った。
昨日、冨樫が来たのか」
「ええ。
迷い込んでこられたんですよ。
で、駄菓子の話になって、マカロンの話になって、洋菓子の話になって、
冨樫さんがパフェが嫌いだという話になって。
高尾さんが、
何故、嫌いなんだ。
あんな美味いものを。
無理やり食べさせてやるとか言い出して」
ほら、高尾さん、からかうの好きじゃないですか、と壱花は言う。
「で、高尾さんがパフェ買いに行くと言って出ていきかけたんで。
やめてあげてくださいって追いかけたんですよ。
そしたら、冨樫さんも、俺をひとりにするなとか言って出てきて。
そのとき、ちょうど夜が明けたんです」
もう閉店時間になるところだったから、店番なしに全員で外に出られたんだな……。
「いやー、びっくりしましたー。
あんな風になったの、初めてだったんで。
高尾さんはこっちに飛ばないんで、私と冨樫さんだけで、真っ暗なオフィス街にぼんやり立ってましたよ。
冨樫さんが二人でお泊まりしたみたいに見えるから、離れて歩けとか薄情なこと言い出して。
でも、結局、一緒にタクシーに乗って帰ったんですよ~」
「……そうか」
と言った自分の機嫌が悪かったらしく、壱花は慌てて、
「いや、店の方はどうせ時間だったし、大丈夫だと思いますよ」
と言ってきた。
いや、そういう問題じゃないんだと思っていたが。
じゃあ、どういう問題なのかは自分でもわからなかった……。
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