迷い込んでみよう
昨日はおかしな夢を見た……。
と冨樫は思っていた。
スーパーに買い出しに行ったら、慣れない様子の社長が店内でウロウロしていて。
思わず、声をかけたら、河童や子狸や、透明人間な狐でいっぱいの怪しい駄菓子屋に連れていかれて。
あやかしに紛れていても違和感がない、
というか、平素より、あやかし以上に理解不能な
文字焼きをみんなで焼いて食べ、目が覚めたら社長の部屋で。
三人で社長のマンションの下のカフェで朝ごはんを食べたあと、風花と自分を社長がそれぞれの家まで送ってくれた。
社長に送ってもらうなどと、まことに申し訳ない感じの夢だ。
と思う冨樫は倫太郎を前に困っていた。
自宅まで送ってもらった礼を言うべきか。
だが、あれは夢なんだから、礼を言うのはおかしいような。
何処から何処までを夢にしたら、話に矛盾が出ないのか自分でもわからないながらも。
ともかく、夢だということにしてしまいたかった。
だが、性格上、礼を言わずにはいられないので。
冨樫は倫太郎に、とりあえず、礼を言ってみた。
「社長、ありがとうございます」
仕事をしながら、うん、と適当に頷いたあとで倫太郎は顔を上げ、
「なにがだ?」
と訊いてくる。
……困ったぞ、と冨樫は思っていた。
今朝送っていただいて、などとうっかり発言してしまうと、あのあやしい駄菓子屋での出来事を夢にできなくなってしまう。
冨樫は迷って、
「いえ、いつもお世話になっておりますので」
とぼんやりとしたことを言ってしまった。
「なんだ。
盆暮れの挨拶か。
もう正月過ぎたぞ」
と言いながら、たいして気にもせず、仕事に戻る倫太郎に、ちょっとホッとしながら、
「では失礼します」
と出て行こうとしたのだが。
「待て」
といきなり止められた。
「お前、今日は早く帰れよ」
「……何故ですか?
今、今度の会合に向けて、かなり仕事が山積してるんですが」
「じゃあ、なおさら帰れ。
疲れてやると効率よくないからな」
倫太郎は、やたら、早く帰れと勧めてくる。
早く帰れ、と冨樫に向かって、倫太郎は言った。
残業するなよ。
疲れるな、と思いながら。
疲れてうっかり、迷い込んできたりしないよう。
さっさと帰って、身体を休めるんだっ、と思い、部下を見つめる。
冨樫は釈然としない顔をしながらも、
「なんだかわかりませんが。
……ありがとうございます」
ととりあえず礼を言って、去っていった。
社長に追い立てられるように帰ってしまったので、暇だな。
そんなことを思いながら、冨樫はスーパーに寄っていた。
昨日、買ったものが消えていたからだ。
あの店に忘れてきたんだろうな。
いや、あの店なんて存在しないけど。
……でも気になる、と冨樫は思っていた。
冷蔵庫といえば、ビールやお子様ビールなんかを冷やしているだけの小さなものしかないあの店じゃ、きっと食材が腐っているに違いない、と思っていたからだ。
だが、ほんとうに気になっているのは、たぶん、別のことだった。
自分とよく似ているという、あの透明人間狐、高尾のことだ。
ガラス戸越しには、その姿がぼんやりと見えていた。
自分に似ていると言われれば、そんな気もする。
何故、あいつは俺と似ているのか。
たまたまだろうか?
では何故、あやかしの中で、あいつの姿だけが見えないのか。
そして、最初は聞こえなかったあいつの声が、途中から聞こえ始めたのは何故なのか。
……なんか考え過ぎて疲れたな、と思いながら、スーパーを出て歩いていると、その灯りが見えた。
眩しいくらいに店内を照らし出しているスーパーの光とは違う。
赤提灯のぼんやりとした灯りと、木造の小さな建物の中の少し薄暗い光。
呑み屋と間違いそうな雰囲気ではあるが、ちょっとホッとする灯りだった。
ああ、また来てしまった、と思いながらも、
まあ、いい。
これは夢だということにしよう、と思う。
店のガラス戸に手をかけた。
店内には、壱花と高尾だけがいた。
高尾の姿は一瞬見えたが。
目を凝らして見ようとすると、ガラス越しでも消えてしまう。
……何故なんだ、
と思ったとき、壱花がこちらに気づき、手を上げた。
そして、見えないが、高尾がこちらを見て笑った気がした。
何故だろう。
ちょっと泣きそうになる――。
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