別に妬いているとかではない……
「俺は買い物に行こうと思って出かけなかったんだ。
出張に風花がついてきたから疲れ果てて、部屋で寝ているんだ。
これは夢だ」
みんなで焼いた文字焼きをあやかしに囲まれて食べながら冨樫が言う。
往生際の悪い人だな……と壱花は思っていた。
「あやかしなんているわけないだろう。
たまに夕方、
「そういえば、一反木綿さんはまだ来店したことないですね~」
今もだが、お客様は狸や狐が多いな~、と思いながら、壱花は子狸たちが化けた五歳くらいの男の子や女の子に文字焼きをあげた。
「一反木綿って、結構怖いよ」
と高尾が語り出す。
「あいつら、ぱっと見、ただの細長い白い木綿なんで。
ふわふわ漂ってるだけなんだろうなとか思いがちだけど。
気の荒い奴は、いきなり巻きついてきて殺そうとするらしいよ。
死に物狂いで振り払うと、手に血がついてて。
それは奴らが前、
だから、白い木綿の身体をよく見ると、血飛沫が飛んでるらしいよ」
ひーっ、と可愛い子狸たちが震え上がって抱き合っている。
「いやいや、脅かさないであげてくださいよ。
っていうか、同じあやかしなんでしょ?
なんで聞いた話みたいに話すんですか」
と壱花が言うと、高尾は肩をすくめ、
「だって会ったことないし。
言ったじゃない。
僕はあやかしとしては若いんだよ。
だいたい、君らだって、人間全部を知ってるの?
知らない人だって、たくさんいるでしょ」
と言ってくる。
……ごもっとも、と思ってしまった。
ふーんという顔で聞いている冨樫に、
「そういえば、冨樫さん、高尾さんの声は聞こえてるんですか?」
と訊いてみた。
「最初は聞こえなかったけど、今は聞こえる」
と言うので、
「じゃあ、もう顔も見えるかもしれませんね」
とお面を外させたが、
「……いや待て。
姿は全身見えてないんだ。
お面を外しても、顔だけ見えるわけないだろ。
っていうか、見えたら怖いだろ」
と冨樫は言う。
「そういや、そうですよね~」
と呟いたあとで、
「でも、冨樫さんって、あやかしより不思議な人ですよね」
と壱花は言った。
なにがあやかしより不思議な人ですね、だ。
子狸たちに文字焼きを焼いてやりながら、倫太郎は思っていた。
今のところ自分が一番上手く焼けているので、嬉しかったが。
なんとなくイライラもしていた。
なんでだろうな……。
どうでもいいが、冨樫は高尾の姿が見えていないんだろう?
何故、平然と、空中に浮いているキツネの面と、
「今日、昼にお好み焼き食べたんですが。
あんな豪快に男の前で青のりかけて食べる女、初めて見ましたよ」
とか世間話ができるのだろう。
「いやいやいや。
たっぷりかけないと美味しくないじゃないですか」
と壱花が言い、
「普通、歯につくかなとか心配しないか?」
と冨樫が言う。
「どうせ一緒にいるの、冨樫さんと社長じゃないですか」
何故、冨樫の名前が先で俺が後、とどうでもいいところにこだわりながら、倫太郎は黙々と文字焼きを焼いていた。
いつの間にか匂いにつられて、店内にみっしり集まっていたあやかしたちに無言で渡しながら。
朝、目を覚ました倫太郎は壱花と冨樫に挟まれて寝ていた。
途中から冨樫も真剣に文字焼きを初めて、結局、閉店までいたからだろう。
ふいに、
「いいねえ。
両手に花で」
という新幹線で会ったキツネの美女の言葉を思い出したが、片方は顔は綺麗でも男だった。
っていうか、目が覚めて、本当に両手に花だったら、それはそれで怖いが……と思いながら、倫太郎は壱花の寝顔を見る。
壱花は色気もなにもなく、すかーっと気持ちよく寝ている。
いつ転移してもいいようにと明け方近くからガッチリつかんでいた鞄を床に落としたまま。
その寝顔を見て微笑んだとき、後ろで冨樫が身じろぎをした。
冨樫が起きそうだ、と思った倫太郎は、思わず、寝ている壱花の顔をぺしぺしと叩いていた。
「起きろ。
起きろ、壱花っ。
遅刻するぞっ」
と冨樫の方を起こさないように耳許で叫ぶ。
「え……?
は、はい……?」
と間抜けな返事をしながら壱花が起き上がってきた。
チラと振り返ると、冨樫はまだ寝ていてホッとする。
……冨樫に壱花の寝顔を見せたくなくて、急いで起こしたとか。
そういうことでは絶対にない。
いや、本当に……。
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