ひとりでは行くなよ


「失礼します」

と壱花が去って、しばらくして冨樫がやってきた。


 おのれ。

 昨日は疲れないよう早く帰したはずなのに。


 何故、店に行っているっ、と冨樫を睨む。


 気配を感じたらしい冨樫が、先手を打ってか言ってきた。


「社長は何故、昨日、店に来られなかったんですか?」


 そう言われると行かなかったこっちが悪いようだなと思いながら、倫太郎は言った。


「……ちょっと疲れてたんだよ」


 すると、冨樫は何故、昨日、あの店に迷い込んだのかの説明だか、言い訳だかをはじめた。


「一昨日、忘れて帰った食材が気になってて。

 いろいろ考えてたら、疲れたのか、結局、あの駄菓子屋に迷い込んでたんですよ。


 風花がお子様ビールとビールの隙間にハムとか詰め込んでくれてたみたいなんですけどね。


 さっき来てから詰めたんだって言うんですよ。


 一日経ってるんじゃ、もう駄目かと思ったんですが。


 高尾さんが、閉店してる間は、この店の中の時間は止まってるんじゃないかとか言い出して。


 とりあえず、ハムを焼いて食べみようか、という話をしていたはずなんですけどね。


 気がついたら、高尾さんがパフェを買いに行くという話になっていて」


「お前にしては、めちゃくちゃ話が飛んでるな……」

と倫太郎は呟いた。


 まあ、壱花が説明していったから、だいたいの展開はわかっているのだが。


「で、そのあと、いきなりこっちに飛んでしまったので。

 食材をまた忘れてきてしまったんですよ」


「……今日覚えてたら持って帰ってやる」


 ひとりではもう行くなよ、という意味を込めて倫太郎は冨樫に言った。


 だが、冨樫は、なにかが引っかかっているような顔をしている。


「気になるんですよ。

 気がついたら、ずっと考えてるんです。


 だから、あそこにたどり着いてしまったのかもしれません」


 壱花のことかと、つい、どきりとしてしまったが、違った。


「……高尾さんのことです。

 何故、私には彼の姿だけが見えないんでしょう?」


 思わず、ああ、そういう話か、という顔をしてしまったようだ。


 チラリとこちらを見た冨樫に、

「……社長、私は風花かざはなには興味ないですから」

と言われてしまう。


「お、俺もないぞっ」

と慌てて言い返して、冨樫に、


「そうですか。

 じゃあ、いいですよね?」

と言われる。


「いいですよねって、なにがだ?」


「……実は、今日もちょっとあの店に行ってみたいんです。

 いろいろ気になることがあるので」


 そう言われては、なんだか断れない。


 わかった、と倫太郎は頷いた。


「その代わり、一緒に行こう。

 あとそれから、お前ひとりで店番に残ったりはするなよ」


「何故ですか?」

と問われ、


「……お前、想像してみろ。

 店番やった人間は、俺のベッドに飛ぶんだぞ」

と答える。


 二人だけでベッドで目を覚ましたところを想像してみたようだ。


「わかりました。

 絶対、店番はしません」


 そう深く頷き、冨樫は去っていた。






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