突然のぶらり一人旅



 ホテルを出ながら、壱花は言った。


「美味しかったですね~。

 お粥食べると、朝から幸せな気持ちになりますよね。


 不思議ですよね。

 お味噌汁とか煮物とか、だし巻き卵とか、普通のメニューなのに、なにか味が違うんですよね。


 家でも作れそうなのに」

と言って、すぐさま、


「家でも作れそうなのにって、作れるのか、お前。

 だし巻きとか」

と辛辣な言葉が冨樫から飛んでくる。


 うう、確かにあまり料理はしませんが、と思ったとき、


「壱花。

 金やるから、ショッピングでもして待ってろ。


 ……お前、連れてってたら、なにしでかすかわからないからな」

と倫太郎が冷える朝の道で言ってくる。


 上司からの的確で痛烈なお言葉に心も冷えそうですよ……。


「風花。

 暇つぶしに本でも買え」

と冨樫が図書カードをくれた。


 なにか金を与えられて追い払われる感じだ、と思いながら、お金と図書カードを断ったが、倫太郎が、


「だってお前、一文無しだろう。

 それは旅費日当だ、駄菓子屋の方の。


 ある意味、此処まで出張させたわけだからな」


 とっとけ、と壱花が返そうとした三万円を握らせてくる。


「そういえば、お前、携帯もないんだったな。

 じゃあ、十二時……は無理そうだから、十二時半頃、駅の一階のコンビニな。

 迷子になるなよ」

と言って二人は急いでタクシーに乗って行ってしまった。


 突然のぶらり一人旅……。


 あんまりしたことないな、一人旅って。


 友だちが日帰り旅行の日付けを間違えてこなかったとき以来だ。


 なにをしよっかなー。

 あのときは観光タクシーのおじさんにぐるっと案内してもらったっけ。


 とりあえず、バスに乗るか、とちょっと不安ではあるが。


 仕事中なのにプチ旅ができるというので、どきどきしていた。





 十二時半。

 駅のコンビニに早めについて、なにか飲み物でも買おうかな、と思っていると、ガラス窓の向こうを歩く目立つ二人組が目についた。


 向こうもこちらに気づき、なにやら言い合いながらやってくる。


「迷ってないじゃないか」

とコンビニに入ってくるなり、倫太郎が言ってきた。


「……何故、迷うこと前提なんですか」


「っていうか、その荷物はなんだ」

と壱花が両手いっぱいに抱えている紙袋を見る。


「いやあ~、服とかバッグとか本とかいろいろ」

と壱花は苦笑いする。


「別れるとき、心細そうな顔してたから気になってたんだが、全然、大阪満喫してるじゃないか」

と倫太郎が呟き、


「……お金もらっちゃ申し訳ないみたいな顔してたのはなんだったんだ」

と冨樫が呟く。


「いやいやいや。

 最初は不安だったんですよー。

 大阪あんまり来ないから。


 あっ、お金はお返ししますよ。

 

 それから、これ、図書カードの残りです。

 使った分もお返ししますよー」

と壱花はカードを冨樫に返そうとしたが、いらん、と言われた。


「それはやる。

 どうせ貰い物だ」


「でも、五千円のですよ」

と揉めていると、倫太郎が、


「まあ、とりあえず、なにか食べに行こう」

と壱花の荷物をすっと持ってくれる。


「あっ、いや、自分で持ちますっ」

と言い終わらないうちに、小姑のように冨樫が、


「社長に荷物持たせる秘書とかどうなんだ」

と言ってくる。


「ほら、冨樫さんもああおっしゃってるじゃないですか」


 そう言ったとき、冨樫が倫太郎から荷物を取っていた。


 そのまま歩き出す。


「重いぞっ。

 なに買ったんだっ、風花っ」


「ああっ。

 私が持ちますってばっ」


「いいや、社長に持たせるくらいなら、俺が持つ!」


 いっ、いやいや、勘弁してください~っ、と壱花は青くなりながら冨樫を追いかけた。





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