人生で、これで間違いなかったということは滅多にない


「よし、これでちゃんとした店に入れるな。

 二人とも朝食くらいおごってやろう」

と朝の道でタクシーを探しながら倫太郎が言う。


 壱花がいたし、まず靴をと思って急いでくれたようで、倫太郎たちもホテルの朝食は食べていなかったのだ。


 冨樫が、

「口止め料ですか」

とその横で鼻で笑って言っていた。


 ……上司にすら容赦ないな~、と思いながらタクシーに乗り、泊まっていたのとは違う、大きなホテルに入っている料亭に行った。




 朝から優雅だな、と思いながら、壱花は店の窓から外を眺めていた。


 大阪の街が一望できる。


 朝の食事は、普通のご飯か、白粥しらがゆか、茶粥が選べるようだった。


「……これは難問ですね」

と悩む壱花を尻目に、男ふたりはさっさと頼んでいる。


「茶粥で」

「白粥で」


「……その流れなら、私は普通の白いご飯ですね」

と呟いて、


「いいから早くしろ」

と二人同時に言われた。


 注文を取りに来ていた若い女性に笑われる。




「やはり、茶粥で間違いなかったです」


 結局、茶粥にした壱花が美味しくいただきながら笑って言うと、白粥にした倫太郎が、


「こっち食ってみろ。

 間違いなかったとは言えなくなるぞ」

と子どものように張り合ってきて、自分の白粥を一匙ひとさじすくい、壱花の口に入れようとする。


「や、やめてくださいっ」


 壱花は赤くなって身を引き、逃げた。


 真顔で、あーん、はやめてくださいっ、と強く口を閉じ、抵抗していたが、特に深い意味もなくやっているらしい倫太郎は照れもしない。


 そのうち、嫌がる子どもに薬を飲ませるように、後ろ頭を押さえて、無理やり口に突っ込んできそうだった。


 駄菓子屋にずっといるから、こんな子どもみたいなところがあるのだろうか。


 いや、そんな莫迦な……っと思ったとき、


「……すみませんが、朝っぱらからイチャつかないでください」

と二人の向かいに座る冨樫が冷ややかに言ってきた。


「イチャついてませんよ~。

 さては社長、あっさり決めたけど、本当は迷ってましたね、茶粥と……


 あっ」


 いつの間にか、壱花のお盆の上の茶粥が白粥に変わっていた。


「社長ーっ」

と叫びはしたが、もう諦め、


「……仕方ないですね、食べていいですよ」

と壱花は言った。


 だが、倫太郎は一口だけ食べて、あとは返してくれた。


「ありがとう。

 満足した」

と倫太郎は言う。


「いや、俺はいつも茶粥なんだ。

 でも、今日は白粥にチャレンジしてみようと思って。


 これはこれで美味かったんだが、横で二人が茶粥の美味そうな匂いをさせてるから」


 わかりますわかります、と壱花は頷いた。


 仕事に関しては、倫太郎の話は高度すぎてついていけないことがあるが、これはわかる、と思っていた。


「今日こそはチャレンジしてみようっ、と思って、いつもと違うものにしてみるときありますけど。


 なんとなく後悔が残りますよね。


 変えてみたものが定番になるときもありますけど。


 そういう意味では、駄菓子とか100均とかって、新しいものにチャレンジしやすいですよね。


 定番のとチャレンジの品ととりあえず、両方買ったりできるから」


 その話を聞いた冨樫が、

「お前、物買いすぎて捨てられなくて、家が大変なことになるタイプじゃないのか」

と言ってくる。


 ぎくりとしていた。


 祖母のもったいないもったいないという言葉を聞いて育った壱花もまた、なにもかももったいないと思ってしまうタイプで。


 だったら買わなきゃいいのに、そこはいまどきの人間らしく、100均などでポイポイ買ってしまうので、ちょっと困ったことになっている。


「そういえば、お前の家、見たことないが」

と言う倫太郎に壱花は慌てて言う。


「ゴ、ゴミ屋敷とかじゃないですよっ。

 片付いてますよ、普通に。


 ただただ物がたくさんあるだけですよ」

と言って、倫太郎に、駄目だろ、それ、という目で見られる。


「そういえば、社長のお部屋はいつも片付いてますよね」


「ほぼ住んでないからな」

という二人の会話を聞きながら、ふーんという目で冨樫が見ているのに気がついた。


「あっ、違いますよっ。

 別の仕事の関係でお邪魔したりすることがあるだけで。


 今回もですっ」

と言い訳したが、冨樫は、


「別にどうでもいい」

と言ったあとで、倫太郎を向き、


「社長は今まで、身近な女子社員に手を出されたことがなかったので、なんだかショックなだけですよ」

と言っていた。


「いや、こいつとはなにも関係ないぞ、ほんとに」


「今だって、すっと二人で並んで座ったじゃないですか」


 関係ある証拠でしょうと刑事のような追い詰め方をしてくる冨樫に倫太郎が言う。


「いやいや、いつも店番するとき並んで座ってるから。

 ただの癖だ。


 っていうか、別に俺は社長の権力を使って、こいつをどうこうしようというつもりはないし。


 これから先もない」


 ……ないんだ。


 いや、別にいいんだが、と思う壱花に追い討ちをかけるように倫太郎が言ってきた。


「じゃあ、お前、クビになれ」


「はっ?

 なんでですかっ?」


「店にいるお前とは手は切れないから、会社にいるお前と手を切ろう。


 クビになれ。

 そしたら、こいつに女子社員に手を出してるのなんのと言われなくていい」

と冨樫を見ながら言ってくる。


「いやーっ、それ、どんなパワハラですかっ。

 私が仕事でミスしたとかならともかくっ」

と叫んで、二人同時に、


「いや、よくしてるだろう」

と言われてしまったが。


 ……いや、たいしたミスはしてないじゃないですか。


 最近では、お客様に出したお茶を持って帰ってる途中、廊下でひっくり返したりくらいですよ。


 お客様が出てくる前に拭きましたから。


 ただ、それをお客様を案内しながら、先に出てきたお二人がたまたま目撃ししただけじゃないですか。


 ……ねえ?

と思いながら、壱花はいい出汁の出ている味噌汁を啜った。




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