いや、お姫様な感じはしません……


 結局、冨樫が会社に連絡してくれて、壱花は急ぎの書類を届けに大阪に来たという名目で、出張になった。


 帰らなくてよくなったので、商談相手と会うまで少し時間が空いた倫太郎たちと早くから開いている靴屋に行く。


 倫太郎は女性の靴などどうでもいいようだったが、冨樫がいろいろと口を出してきて、いつもは買わないような、すっきりとした大人っぽいグレーのパンプスになった。


 普段は、走っても脱げないようなストラップ付きの、ちょっと丸い感じの黒い靴にしているのだが。


「社内で走ることないだろ。

 っていうか、走るな」

と冨樫に言われ、ストラップのないのになったのだ。


 いや、遅刻しかけて走ることがあるんですけど、冨樫さん、と思っていたが、言ったら怒られそうなので黙っていた。


「似合うじゃないか」

と興味なさそうな倫太郎が、たいして見もせず言いながら、お金を払ってくれる。


「す、すみませんっ。

 すぐにお返しします」

と壱花が慌てて言うと、冨樫が、


「いいじゃないか、風花。

 社長の愛人なんだろ。


 買ってもらえよ」

とぼそりと嫌味を言ってきた。


「いや、違いますからね……」


「店まで持たせてもらってるじゃないか」


「店?」


「なんか変な駄菓子屋」


「……やっぱり冨樫さんだったんですか、覗いてたの。

 っていうか、普通、駄菓子屋持たせてもらいませんよね? 愛人の人」


 そういうときは、呑み屋では……。


 っていうか、社長は独身なので、愛人ではないと思うんですが。


「壱花」

とレジから倫太郎が振り向き呼んでくる。


 倫太郎の後ろから、母親より少し若いくらいの年の女の店員さんが微笑み、

「スリッパ、袋にお入れ致しましょうか?」

と言ってくれたのだが。


 いや、そんなお恥ずかしい、と外を歩いたので、裏が黒くなってしまったぺらぺらのスリッパを手に赤くなる。


「履き心地、どうですか?」

と店員さんがこちらに来て、訊いてくれた。


 この手の靴はあまり履かないとさっき言ったからだろう。


「足が細くて横幅がないから、少し落ち着かない感じがするかもしれませんね。

 底になにか敷いてもいいかもしれませんよ」

と言ってくれたが、


「大丈夫だと思いますよ」

と言って、少しその場で足踏みしてみる。


 ん? そう言われれば、ちょっと大きいかな?


 言われたらすぐその気になる壱花は、少し足を持ち上げ、靴を見ようとした。


 おっとっ!


 体勢がぐらつき、すぐ側にいた倫太郎の腕をつかみかけたのだが、目が合ってしまい、ちょっと恥ずかしくなって、つかまなかった。


 真後ろにひっくり返りそにうなったのを、たまたま後ろにいた冨樫が抱きとめてくれる。


 そのままマネキンでも起こすように起こされた。


「人様に迷惑かけずに立ってることもできないのか、お前は」

と耳許で罵られる。


「いや~、すみません」

と壱花が苦笑いして、ちょっと脱げかかった靴を直そうとしたとき、


「ほら」

と倫太郎が壱花の腕をつかんできた。


 またよろけないようにだろう。


「あら、いいですねー」

と店員さんが笑う。


「まるでお姫様じゃないですか。

 イケメン二人にかしづかれてー」


 いやあのー、こんな蔑むような顔で見られながら支えられても、かしづかれてる感じ、皆無なんですが……、

と苦笑いしながら、壱花は礼を言って店を出た。





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