4話: マスク女子と出会う PART3

 しかし、いくら「お構いなく」と言われようと、電信柱にヘッドバットかまして悶絶するような人間をスルーはできない。

 額を押さえて、うずくまる璃海へと近づき、瑛助は尋ねる。


「大丈夫、ですか?」

「……だ、大丈夫と言える強さが欲しいです……」

「大丈夫じゃないってことですね……」


 一部始終の痴態ちたいを見られただけでなく、電信柱激突も目撃されたのだから当然と言えば当然。恥の上塗りである。

 幸い、脳震盪のうしんとうであったり、流血などはしていないようで、「お見苦しいところをお見せしました……」と、璃海はゆらりと立ち上がる。

 そのまま、手に持っていたマスクを着けようとする。


『勿体ない』とか、『もっと素顔を見ていたい』とか。不謹慎ながら、そんなことを瑛助は考えてしまう。

 願いが天に届いたのだろうか。


「あ、あれ?」


 いつの間に? 璃海が右手に持っていたはずのマスクが、気付けば無くなっていた。

 左手を確認しても見当たらない。メガネメガネ状態、『ひょっとして、既に自分は着けている?』と顔をペタペタと触ってみるが、きめ細やかな肌や、悩まし気な唇にしか触れることしかできず。

 先にマスクの在処ありかに気付いたのは瑛助だった。


「それ……」


 瑛助が気まずげに指差せば、璃海もワンテンポ遅れて発見する。

 さすれば、悲哀に満ち溢れた顔になる。


「わ、私のマスク……!」


 璃海は自分の足でマスクを踏みつけていた。思いっきり。

 電信柱に激突したタイミングで落として、気付かぬうちに踏んでしまったらしい。

 運が悪いというべきか、ドジというべきか。

 幼い小鳥を大事に持ち上げるかのように、ローファーの靴跡がくっきり残ったマスクを璃海はゆっくり拾い上げる。


 ジッ、とマスクを見つめる双眸そうぼうに込められたのは、悲しさだけでない。『決意』まで感じてしまう。

 故に瑛助は尋ねずにはいられなかった。


「そのマスク、……もしかして着けようとしてます?」

「!!!」


 まるで、「3秒以内だから大丈夫」と、床に落としたチョコボールを食べようとしたのがバレたような。

 はたまた、水泳の授業終わり、テンション上がって海パンを履いたまま登校した結果、履くはずのブリーフを忘れてきたのがバレた小学生のような。

 瑛助の予感的中。璃海の露わになった素顔が、またしても真っ赤になってしまう。

 元マスク女子、自供。


「私だって分かってるんです……。電信柱は、ワンちゃんやネコちゃんが用を足す場所ってことくらい。踏んづけたマスクが衛生的に良くないってことくらい」

「はあ……」

「で、でも仕方ないじゃないですか! マスクは1つしか持ってきてないんです! だったら着けるしかないじゃないですか! たとえ、口に接する側が地面に触れていようとも!」

「落とした時点で着けちゃ駄目でしょ……」

「……ううっ」


 瑛助のごもっともすぎる意見に、璃海が力なく崩れ落ちる。頭では分かっていることを指摘されるほど、ツラいことはない。

 しゃがみ込む璃海は、やはり人前で顔をさらけ出すのを嫌らしい。これ以上、瑛助に素顔を見られたくはないと、両手でしっかりガード。

 どれだけ顔を見られたくないのだろうか。衛生的によろしくなかったり、汚れてしまったマスクだろうと、意を決して着けようとする。

 まるで、「自分の顔のほうが不衛生、汚れています」とさえ思ってそうな。


「安心してください。貴方の顔はとても綺麗ですよ」。これくらいサラッと言えれば楽なのだが、瑛助は生憎あいにくチャラ男ではない。

 言葉で示せないのだから、行動で示すしかないと思った。


「ちょっと待っててください」

「? あ、ちょっと――、」


 指と指の隙間から見上げてくる璃海から背を向けると、瑛助は元来た道を急いで戻る。

 大通りへと出れば、通学途中によく利用するコンビニが見えてくる。そのまま店へ入ると、予め買おうと思っていたものを手短に回収してレジへと持っていく。

 買い物時間は3分も掛からなかっただろう。路地道の電信柱前へと戻れば、律義にも一歩も動かず待機する璃海の姿が。3分前と変わっているところといえば、現在は手ではなく、電信柱を盾にして顔を隠していることくらい。

 無駄に顔が整っているだけに、ホラー感やメンヘラ感さえ漂わせている。客観的に見たら変質者の類。

 しかし、主観的に見ても変質者の類だったので瑛助は物怖じず。

 そのまま、買って来た品をビニール袋ごと璃海へと手渡す。


「どうぞ」

「これ、は……? ! マスクだ!」


 袋の中身を確認する前と後では雲泥の差。璃海は素顔を隠すことすら忘れ、童心に返ったかのように瞳をキラキラと輝かせる。その姿は、クリスマスプレゼントを貰ってはしゃぐ小学生にだって負けていない。

 袋の中身は、マスク以外にも入っている。


「頭も打っていたので、念のために凍結タイプのペットボトルも。さすがに保冷剤は売ってなかったので、それで勘弁してください」

「……貰ってもいいの?」

「勿論。100%じゃないですけど、俺にも非があるので」


「それに、誰も見たことのない先輩の素顔を見れたから」なんてことは口が裂けても瑛助は言えない。

 そもそもの話、


「ありがとう……。大事に使わせていただきます」


 心から感謝しているのが伝わってくる笑み、必要としているマスクを着けずに大切に抱き締める姿を見てしまえば、報酬は十分すぎた。

 瑛助の表情さえ緩み始めるほどの破壊力。自分のほうがマスクが必要なのでは……? と心配になるくらい。

 恥ずかしさを覚えてしまえば、瑛助は軽く頭を下げてしまう。


「じゃあ俺はこれで」

「あ、あのっ。貴方のお名前――、」


 まさに名乗るほどでもない。

 これ以上の見返りや期待は身分不相応。今度こそはと家路を目指して瑛助は歩き始める。


 それが、マスク女子、蒼井璃海との出会いだった。





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【お知らせ】

明日は2話投稿します。

7時と20時に投稿しますので、お好きな時間に読んでいただければと^^

7時のは短め。

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