2話:マスク女子と出会う PART1

 少し遅い学校の帰り道。

 最初、「何をしているのだろう?」と瑛助は思った。


 駅へと続く1本の路地道に、1人の少女が立ち尽くしている。

 自分の通う学校の制服にマスク姿の女子。その僅かな情報だけで、最有力候補が頭に浮かぶ。さすれば、直ぐに答えは導き出せてしまう。


 学校の有名人、マスク女子の蒼井璃海だ。


 実に絵になる光景だった。夕暮れ時、紅く染まる町並みに、独りひっそりとたたずむ璃海の姿は。

 空を眺めているのだろうか。ただただ寡黙に見上げている。

 高い塀やフェンスに囲まれている環境も相まって、まるで「月に帰りたい」と願うかぐや姫のようだった。

 芸術画、彫刻品を見ているようで一種の感動すら覚えてしまう。


 瑛助は、ハッと我に返る。

 俺は、月に娘を帰したくない爺さんかと。

 かぐや姫に求婚する貴族たちでなく、おきななあたりが、瑛助らしいといえば瑛助らしい。

 彼女を少し離れたところで見つめる自分は、絵にならないことくらい自覚している。

「これ以上、見惚れるのは危険。見物料を取られてしまう」と自分に言い聞かし、瑛助は見て見ぬフリをして、璃海の背後を通り過ぎようと歩き出す。


 距離を半分程、縮めたあたり。瑛助の歩く速度が遅くなってしまう。

 マスク女子が見ていたのは、空でも月でもないことに気付いたから。

 猫だ。璃海は木の上に座り込んだ猫を、ジッと見つめていた。

 人懐っこい性格らしい。視線に気付いた猫は、器用にも木と隣合う塀へと降りてくる。さらには、視線を送り続ける璃海を、興味津々に上から見下し続ける。


 竹取物語というより、美女と野獣? ロミオとジュリエット?

 一番しっくりくるのはロミオとジュリエットなのだろう。それくらい、猫へと手を差し出す少女の姿は、かの有名なシーン、バルコニーを見上げるロミオを彷彿とさせてしまう。

 ついには、ロミオ役の璃海がジュリエット役の猫へと言葉を送る。

 愛の言葉を。



「わ、私とお友達になってくださいっ!」

 


 なんじゃそら……。



 瑛助がズッコケそうになるのも無理はない。愛の言葉ではなく、まさかの友達になってください宣言。

 かぐや姫でもロミオでもない。もはやスライム。

『マスク女子が仲間になりたそうに、猫を見ている』状態である。

 スライム兼マスク女子、必死。


「私、友達いないんです! ね? 人助けだと思って! ほらっほらっ。人畜無害ですよー……。ネコちゃんにも無害ですよー……」


 猫に敬語を使い、身振り手振りで丸腰アピールする光景は中々にシュール。

 噂に聞くようなクール系だとか、大人なお姉さん、唯我独尊といった像とは程遠い。

 目の前にいる少女は、


「猫の手も借りたいって言葉、ネコちゃんを下に見てるみたいで失礼な話ですよね。安心してください! 私は貴方と対等な関係を築いていきたいです! 勿論、上下関係を望むなら私が下っ端も可ですっ!」


 想像以上に卑屈だった。

 必死に猫を説得する姿は、可哀想とか残念という言葉がよく似合うほどに。

 瑛助は、「見てはダメなものを見てしまった気がする……」と思わざるを得ない。

 不幸中の幸いなのは、向こうが自分の存在に気付いていないこと。

 触らぬ神に祟りなし。マスク女子も以下同文。


「今見たことは全部忘れよう」と決心した瑛助は、撤退を選択。

 息を殺しつつ元来た道を、1歩、2歩と後ずさっていく。


「あっ。そうですよね! マスク着けてたら、警戒しちゃいますよね!」


 またしても瑛助の足が止まってしまう。

『あの』マスク女子が、まるで今からマスクを外すかのような発言をしている……?


 聞き間違いだと思った。誰も見たことない蒼井璃海の素顔を拝むにしては、あまりにも簡単すぎるだろうと。


 とはいえ、案外簡単だった。






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