1話:蒼井璃海はマスク女子
その人物の名は、
有名人と言っても、璃海は女優やユーチューバーなどではない。全国模試1位だったり、インハイ優勝経験といった華々しい経歴を持っているわけでもない。
璃海は、変わった人間で有名な少女だった。
マスク女子
ざっくりと、ハッキリと言ってしまうなら、璃海はマスク女子として有名人。
決して、『マスク女子=変わった人間』という方程式が成り立つわけではなく、璃海自身が変わっている。
では、マスク女子な彼女の、一体何が変わっているのか?
答えはシンプル。
学校の誰も、璃海がマスクを外しているところを見たことがないのだ。
すなわち、璃海の素顔を誰も見たことがない。
登校中や下校中、体育の授業は勿論、湿気が伴う梅雨時や炎天下の真夏日も言わずもがな。
高校生になって間もない瑛助には、上級生の璃海がオールシーズン、いかなる環境でも本当にマスクをしているのかまでは分からない。
けれど、真実なんだと思った。全校集会や移動教室のときに何度かニアミスしたことがあるが、例外なくマスクを着用していたから。
もう1つ。噂どおり、とても綺麗な先輩だとも瑛助は思った。
マスクから覗く大きな瞳は、全てを見透かしていると錯覚させてしまうほどに涼し気でミステリアス。
口元を覆う白地とは対照的。腰まで真っ直ぐ伸びた黒髪は、艶やかで大人びたスタイルを一層に際立たせる。
現世を生きる、かぐや姫。誰が言ったのか定かではないが、下界の人間とは一線を画した様相や雰囲気を備えているのだから、あながち間違っていない気がした。
「下界の空気は薄汚れている。だからマスクを着けている」と言われても納得してしまうし、「お前らとは同じ空気を吸いたくないから」と言われても仕方ないとすら思えてしまう。
素顔を見たことがないにも拘らず、
人気者の宿命、一部の女子から、やっかみを買われてしまうのも無理はない。
「マスクをしているから、可愛く見えるだけ」
「全然喋らないし、口が無いんじゃないの?」
「前科持ちで、顔を隠している」
「おちょぼ口&ケツ顎。鼻の穴は大口径マグナムの弾がすっぽり入るくらいデカいに決まってる」
などなど。些細な妬みから、人格を疑う悪口まで多数ラインアップ。
けれど、マスク女子信者、愛好家たちには、いかなるマイナス情報も響かない。
根も葉もない噂に耳を傾けるくらいなら、蒼井璃海という存在を崇め続けるほうがずっと有意義だと知っているから。
瑛助も激しく同意せざるを得ない。
とはいえだ。同意するからといって、数多の男子生徒のように、「付き合ってください」とか、「連絡先を交換してください」といったアプローチをかけようとまでは思わない。
現実的な性格故、身分不相応な恋はするものではないという結論で落ち着いてしまう。
「自分には縁のない、住む世界が違う人。だからこそ、テレビ越しの女優を見るくらいの感覚が丁度良い」と。
瑛助は本気でそう考えていた。
あのときまでは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます