06:人型と僕

「その子を放せ!」

 立ち上がった僕は、拳を握り締めながら言った。

 正直、怖い。

 運動神経がいい訳でもない、喧嘩だってやった事がない。

 それでも、恐怖よりも、怒りの方が勝っていた。

「あ?人間のガキには興味ねーって言ってんだろ。あれか、コイツの所有者か」

「だったら何だ!」

「俺に譲れ。それだけだ」

 そう言って男は立ち去ろうとする。

「待ちなよ、お兄さん。そのお姉さんがもし、バイオロイドだとしたら窃盗罪になるし、人間だった場合は誘拐だ」

 親友がスラスラと喋り始めた。

 制服のブレザーを脱いで、シャツにネクタイ姿になっている。

 大人びた顔立ちの親友は、それだけで高校生には見えない。

 舐められない為の行動だろう。

「あ?こいつはバイオロイドだ」

「じゃあ、バイオロイドだとしよう。だったら窃盗だ。それに、所有者のと思われるその学生君から脅して奪おうとしている。恐喝だ」

「何なんだよ、てめぇは」

 男があからさまに苛立ち始めた。

「俺は近くの事務所でパラリーガルをやってる。見分け付くアンタなら、俺が人間だって分かるだろ?」

 男が親友を上から下までジロジロと見た。

「だとしてもだ。なんでおめぇも腕輪付けてんだよ」

 ホログラムを映し出している腕輪を指差しながら、鼻で笑うように男が言う。

「人間が腕輪を付けた所で処罰されない。ここは人間もバイオロイドの振りをして楽しめるバーだからな」

「気色悪ぃな」

 男が吐き捨てるように言った直後、携帯端末の呼び出し音が鳴り響いた。

「チッ……」

 苦々しく舌打ちをしながら、男が自分のポケットから携帯端末を取り出した。

「んだよ……」

「お前、今どこにいる!」

 通話相手の声が大きすぎ、反射的に携帯端末を耳から離す男。

 僕や親友にも相手の声がハッキリと聞き取れた。

「ここかぁ?何処だろうなぁ」

「ふざけんなよゴルァ!ちょっと目ぇ離した隙に迷子になりやがって!だからお前を外に出したくねぇんだよ!」

「はいはい、分かりました!すぐ戻りますー」

「バカが!もういい!そこから動くな!俺が迎えに行く!」

「チッ、めんどくせー」

「んだと!?もう一回きっちり教育してやる!クソが!」

 一方的に通話が切られた。

「ったく、保護者ぶりやがって……」

 男はイライラしながら携帯端末をポケットに戻した。

「通話は他のお客様のご迷惑になるから、外でやって欲しいんだけどなー」

 ドアの方から女性の声がした。

「マスター!」

 思わず僕は声を上げてしまった。

「や!ただいまー」

「『ただいまー』じゃないですよ!」

「ごめんごめん、急な野暮用で迷惑掛けちゃったね」

 マスターはニコニコと笑っている。

「さて、それは置いといて、これはどういう事かな?」

 そう言ってマスターは男を睨んだ。

「あ?なんだてめぇ?アンドロイドが人間様に口答えすんのか?あぁん?」

 男のその言葉に僕は驚いた。

 マスターがアンドロイド?

 アンドロイドの稼働は法規制されている筈だ。

 それ以前に、アンドロイドの製造自体が一世紀近く昔に終了している。

 この時代にアンドロイドが存在するとは思えない。

「あら?なのかしら?でもね、私は人間よ?」

「黙れメスロボが。人間様に対して生意気な口聞いてんじゃねーよ!」

「黙るのは貴様の方だ」

 またドアの方から声がした。

 今度は見た事のない大男だ。

 黒いクラシカルなスーツと、目元を隠すサングラス。

 完全にの方だ。

「あ?早かったな」

 男の反応を見るに、先程の通話相手らしい。

 大男は振り返った男の顔面に拳を叩き込んだ。

「ぶへっ……!」

「貴様、誰に向かって偉そうな口を聞いてる……」

「はぁ?」

 殴られた男はマスターの方を見る。

「コイツはアンドロイドだ!人間と対等に話せる身分じゃねー!」

「だからお前はバカなんだ」

 もう一発。

 さっきよりも強烈だ。

 軽い脳震盪を越した男は尻餅をついた。

「お嬢、ウチのバカが申し訳ありません」

 大男はマスターに向かって深々と頭を下げた。

 あまりの展開に僕や親友はポカンとしている。

「お嬢はやめて。私は。やっぱり貴方の所の問題児さんだったのね」

「コイツは後でしっかりと教育しておきます。今回は私の顔に免じで、どうか穏便に……」

 大男はサングラスを取りながらもう一度頭を下げる。

「私と父の会社は関係ないわ。ただ、他の人のバイオロイドを盗もうとするのは問題ね。何に使ってるかは聞きたくもないけど、貴方達の所に回してる子達だって生きてるの。粗末にしないで」

「はい、重々承知しております……」

 大男はただただ頭を下げるだけだった。

「もういいから、ソイツを連れてさっさと帰って。他のお客様に迷惑よ」

「はい、失礼します。おい、行くぞ」

 大男は男の首根っこを掴んで店外へ引っ張り出した。

「バカが迷惑を掛けたみたいで、申し訳ない。お嬢ちゃんも、怖い思いさせてすまなかった」

 大男は僕と彼女にも謝罪して出て行ってしまった。

「何だったんだ……」

 親友が溜息を吐きながらカウンター席に座った。

「何かドタバタだったね」

 マスターがケラケラと笑っている。

「笑い事じゃないですよ……」

 僕も彼女に怪我がないか確かめながら溜息を吐いた。

 これと言って大きな怪我はないらしく、とりあえず安堵した。

「アイツら何だったの?」

 親友がお冷を飲みながらマスターに訊ねた。

「この辺をにしてるヤクザ」

「やっぱ本物なのね……」

 ハハハと乾いた笑いをする親友。

「とにかく何もなくてよかった」

 店員をしていた男がエプロンを外しながら言った。

「ごめんね、僕だとどうしてもんだ」

「そこは仕方ないからね」

 男が外したエプロンを受け取りながらマスターが笑う。

 そんなマスターを見ていると、さっきの暴漢のセリフを思い出した。

 マスターはアンドロイドだというやつだ。

 あれは本当なのだろうか。

 マスターに訊ねようと思った時、隣に座る彼女が目に入った。

 鷲掴みにされ、乱れた髪を手櫛で直しているその姿を見ると、マスターの正体などどうでもいいように思えた。

「ふふ~ん、大人になったねぇ」

 親友が肘で俺の事を小突く。

「お前のお陰だよ。マスター、アイスティー3つね」

「おいおい、そこは4つだろ!」

 親友が親指で店員をしていた男を指差す。

「え?僕も貰っていいの?」

「勿論ですよ!なぁ?」

 わざとらしく肩を組んでくる親友。

「えー、私の分はー?」

「マスターは自分で払えるでしょ!」

 僕のツッコミにみんなが笑った。

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