04:バイオロイドと僕

 家に帰ると、が洗濯物を畳んでいた。

 部屋の電気も点けていない。

 僕はリビングの照明のスイッチを押す。

「ご主人様、お帰りなさいませ」

 僕の帰宅に気付き、立ち上がった。

「姉貴は?」

 僕は洗面所へ向かいながら質問した。

「お姉様はご友人とお食事だそうです。お帰りは明日になると」

「男でも出来たな……」

「申し訳ございません、上手く聞き取れませんでした」

「何でもない。家事の続き、よろしく」

「ご主人様、お食事はいかがいたしましょう」

「適当に何か作って」

「承知致しました」

 バイオロイドは洗濯物を片付け、キッチンに立った。

 僕は手を洗った後、リビングのソファに腰掛け、携帯端末を取り出す。

 バラエティ動画を漁って眺めるも、先程の事がどうしても頭を離れない。

「はぁ……」

 思わず大きな溜息を吐いた。

「どうなさいました、ご主人様」

 バイオロイドがコーヒーを淹れてくれたようだ。

「頼んでないけど……」

「お疲れのご様子でしたので。余計な事でした、申し訳ありません」

 バイオロイドはそのままキッチンへ戻ろうとする。

「いや、貰うよ。……、ありがとう」

 バイオロイドにお礼を言うのは何とも気恥ずかしい。

 僕の言葉に、バイオロイドはニッコリと微笑んだ。

 マグカップに淹れられたコーヒーがいい香りを放っている。

 フーフーと温度を少し冷まし、一口啜る。

 コーヒーの香りと程よい苦味が口の中に広がる。

 そこで僕はある事に気が付いた。

「気遣いが出来るのか……。『感情が希薄だって言っても、皆無な訳じゃない』」

 マスターの言葉が頭を過る。

「『ちゃんと感じて、考えて、行動してるの』か……」

 僕はキッチンで料理をしているバイオロイドに目をやる。

 確かに、腕輪がなければ人間と何ら変わりない。

 感情が希薄なのはバイオロイドだけに限った事でもない。

 人間にだって五万といるだろう。

 そう思うと、自分はバイオロイドからどう見られているのだろうか。

 嫌な主人だと思われているのだろうか。

 急にそんな思いに駆られた。

 自分は物を大切に使う方だとは思う。

 しかし、相手は生命体だ。

 物とはまた違うのだ。

 それに気が付いた今、彼らにどう思われているのだろうか。

「なぁ」

 そんな事をグルグルと考えている内に、無意識でバイオロイドを呼んでいた。

「はい」

 バイオロイドは手を止め、キッチンから僕の前に歩いてきた。

「いや、その……」

 いざ目の間にすると滅茶苦茶恥ずかしい。

 親友の『カワイ子ちゃん』発言を思い出した。

 改めてマジマジと見つめると、確かに美人だ。

 いやいや、工業製品である以上、顔の造形も弄れるんだ。

 美人に仕上げるのも必然。

「どうなさいました?」

 バイオロイドが不思議そうな顔をする。

 その顔を見て、ハッキリと分かった。

 彼らは紛れもなく人間なのだ。

「君はさ……、俺の事……どう思ってる……?」

 僕は頭が真っ白になっていた。

 バイオロイドが人間であると認めた瞬間、今までぼんやりと頭の中に漂っていた雲が晴れ渡った気がした。

「どう、とは……?」

 バイオロイドは首を傾げる。

「だから!その……」

 どう言えばいいのか分からない。

 しかし、そんな様子の僕を見ていたバイオロイドは、心中を察してくれたらしく、ニッコリと笑った。

「好きです、ご主人様」

「……、へ?」

 予想外の返答に僕は情けない声を出してしまった。

「ですか、ご主人様の事が好きです」

 顔から火が出るとはまさにこの事だろう。

 まるで夏の日差しで焼けた様に、僕の顔面の温度は急上昇した。

 きっと真っ赤になっている。

「ご主人様はお優しいです。私が雨に濡れた時はタオルで拭いて下さいましたし、調子が悪いとすぐにメンテナンスへ連れて行って下さいます」

「いや、その、メンテナンスや整備は所有者の義務だから……」

 面と向かって言われると恥ずかしくて仕方ない。

 照れ隠しに反論するが、気の利いた事が言えない自分が情けない。

「ですが、大切にして下さっている事には変わりありません。私はそれを愛情だと認識していおりますが、間違っていますか?」

 僕はハッとした。

「やっぱり、感情はあるんだ……。希薄なだけで……」

「ご主人様、この記事はご存じですか?」

 そう言って、バイオロイドは自分に与えられた携帯端末を操作し、画面を僕に見せてきた。

「これって……」

 そこには、バイオロイドは長く使用するにつれ、感情を司るシナプスが強化され、人間並みの感情を手にする可能性があると書いてあった。

「私達は感情を希薄にデザインされていますが、所有者の使用状況によって、強い感情を持つ事があるそうです」

「……、じゃあもう人間じゃん」

 僕は笑った。

 頑として区別していた自分が馬鹿らしくなった。

「私が、人間?」

「あぁ、君も人間と変わらない。愛情を認識出来て、好きだと言える。もう充分に人間らしいじゃないか」

「でも、私はバイオロイドで、ご主人様とは違います」

 彼女の言葉に、僕はやっと納得が出来た。

 あの店の事だ。

 人間は不確かな生き物だ。

 順応性が高いとも言える。

 考え方は案外すぐに切り替えられる。

 しかし、バイオロイドはそうではない。

 機械のプログラムの様に、最初にインプットされた物に従っている。

 自分はバイオロイドであり、人間ではないという、根本のルールだ。

 それを少しでも緩和し、人と対等に付き合える場所を提供する。

 それがあの店の存在理由なのだろう。

「バイオロイドって、頭硬いもんなー」

「はい?」

 彼女はまた不思議そうな顔をした。

 僕にはその顔が愛くるしく見えた。

「親友の言う通りだ。確かに、君は可愛い」

 僕の言葉に、彼女は少し顔を赤らめ、目を逸らした。

「え?」

 そんな反応を今まで見た事のなかった僕は、あまりの衝撃に思考が止まってしまった。

「これが、恥ずかしいという事なんですね、ご主人様……」

 モジモジとしている彼女を見ていると、無意識に彼女の腕を剥ぎ取っていた。

「ご主人様?それは違法行為になる可能性が……」

「室内なら問題ない。二人の時は腕輪なんて必要ない」

 僕より少しだけ背の高い彼女の頭を撫でる。

 彼女は顔を赤らめたまま俯き、僕にされるがままだ。

 上目がちに彼女が僕を見つめてくる。

 心臓の音がうるさいくらいに身体に響いていた。

 その時だった。

 僕の携帯端末が鳴り響いた。

 僕と彼女はビクリと飛び上がる。

「な!誰だ!?」

 端末の画面を見ると、親友からの通話だった。

「もしもし?」

 僕が通話に出ると、彼女はこちらに少し背を向けてモジモジしていた。

「緊急事態だ!さっきの店に来てくれ!」

 かなり焦った親友の声が聞こえた。

 アイツがここまで焦っているのはかなり珍しい。

「何!どうしたんだよ!」

「マスターが連れ去られた!協力してくれ!」

「はぁ!?」

 全く理解が出来ないまま、僕は彼女も連れて家を飛び出した。

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