03:ダーツと僕

「全然客来ねーじゃん……」

 親友は氷だけになったグラスの中をストローでクルクルと回していた。

「だね……」

 僕は携帯端末でニュースを眺めている。

「一応、バーとして登録してるからねー。人が増えるのは18時過ぎてからかなー」

 店員は相変わらずダーツの練習をしている。

「店員さん、俺らもダーツしていい?」

「え?」

「だって暇じゃん?」

「でも、僕やった事ないよ?」

「俺もだよ。店員さん、教えてくれるんでしょ?」

 ダーツ台の方からいいわよーという声が聞こえた。

「いいってよ、行こうぜ!」

 親友は僕の手を引いてダーツ台へ向かう。

「それと、私は店員じゃなくて、この店のマスターだから。間違えないで」

 白いフライトのダーツが何本も入れられた缶をマスターが持ってきた。

「これ、ハウスダーツね。好きに使っていいから」

 そう言って、僕らに三本ずつダーツを渡す。

「サンキュー、マスター!」

 マスターは僕らに簡単なルール説明と、投げ方の指導をしてくれた。

「とりあえず、慣らしにカウントアップでもやろうか」

 よく分からないが、マスターに任せる。

 ルールは簡単で、1ラウンドに3本投擲、それを8ラウンド繰り返し、合計得点を競うと言うものだ。

「何処狙えば……?」

「とりあえず、真ん中の『ブル』を狙って投げれば大丈夫!」

「なるほど……」

 僕は思い切って1本目のダーツを投げた。

 3点。

「3点!」

 親友が爆笑している。

 ムキになって2本目を投げる。

 今度は上の方へ飛んで行った。

 20点。

「おぉ~」

 少し僕は得意気になった。

 3投目。

 ボードの枠ギリギリに失速しながら飛んで行った。

 3点のダブルで6点。

 合計29点。

「まぁ、初めてならそんなもんよ!」

 マスターが笑いながら僕の肩を叩く。

「じゃ!俺の番!」

 親友は一度肩を回し、台の前に立ち、ダーツを構えた。

 本当に初めてなのか疑いたくなるくらいに様になっている。

 そして、テンポよく3本のダーツを投擲する。

 19点、17点、ブルの50点。

 合計86点。

 3本とも近い位置に刺さっており、もう少しで全てがブルに入りそうだ。

 絶対経験者だろ。

「初めてとか嘘だろ!」

「いやいや、ホントだって!マスターの投げ方を参考にしたまでだ」

「お!偉いねぇ、見て盗むとは」

「看取り稽古も立派な練習ですから!」

 親友とマスターが盛り上がっている。

 何なんだ、この疎外感は……。

「じゃあ、私ねー」

 マスターはニコニコと笑ったまま、素早く3本を放つ。

 3本全てが同じほぼ同じ場所に刺さった。

「え?嘘」

 そこはブルではない。

「なんでそこ?」

 聞いたこともない音がダーツ台から鳴り響いた。

「ここは20のトリプル。つまり、1本で60点でブルよりも高得点なの!」

「はぁ!?」

「そんなんあり!?」

「アリもアリよ!ここに3本入れば180点!Ton80トーンエイティーって言う役になるの!1ラウンドで採れる得点の天井ね!」

 このマスター、初心者に容赦がない。

 というか、大人げない。

 全く手を抜くつもりはないようだ。

「さぁ、どんどん行くわよ!」

「マスター、優しくしてよー」

 親友が嘆いている。

 しかし、嘆きたいのは最下位が確定している僕の方だ。

 仕方なく、また3本投擲する。

「てかマスター」

「何?」

「マスターは、?」

 親友のその質問でマスターの動きが止まった。

「……、まぁ。どうしてそんな事を聞くの?」

「いや、マスターはと思って」

「詮索は嫌われるぞー」

 マスターの笑顔が怖いものになった時、来客の音がドアの方から聞こえた。

「いらっしゃーい。ゴメン、ちょっと外すね」

 マスターは自分のダーツを持ったままドアの方へ向かう。

「あれ?僕より早いお客さんがいるなんて珍しいね」

 入ってきたのは男性だった。

 例に漏れず、腕輪を付けている。

「そうね、いつも一番乗りだもんね。いつものでいい?」

「うん、お願い。新顔の学生さんかー」

 マスターはカウンターの中に入り、紅茶の準備を始める。

 男性客は二人席の壁側に腰掛けた。

「おい、あの客……」

 親友が僕に耳打ちしてくる。

 マスターが親友の背後に立っていた。

「うわぁ!」

「いちいち気にしてたら楽しくないよ?」

 そう言ってマスターは軽く3本投擲する。

 またもやTon80。

「チラッと来て天井得点出して去るのやめてください!」

 親友が嘆きながら崩れ落ちた。

「ふっふっふー、功夫クンフーが足りないのよ?」

「こっちは初心者だぁ!」

 マスターと親友が妙に打ち解けているのが腑に落ちない。

 波長が合っているのだろうか。

「まぁ、いいけど」

 僕はまたダーツ台と向き合う。

「そういや、今日の飯、ここで済ませるか。お前の両親、まだ帰ってこれないんだろ?」

「うん、家に帰ってもがいるだけだから」

「あのカワイ子ちゃんか」

 親友がニヤニヤと僕の方を見てくる。

「ロイコンが……」

 マスターが背後に立っていた。

「心臓に悪いんでやめてください……」

「そう言いたいなら、自分の発言に気を付けなさい?」

「ロイコンもダメなのか」

「私はね、みんな同じだと思ってるの。感情が希薄だって言っても、皆無な訳じゃない。ちゃんと感じて、考えて、行動してるの。偏見や差別がなくなって欲しい」

「でも、工業製品でしょ……」

 マスターは僕を睨み付けた。

 しかし、その瞳の奥には、何かを憂いているような色があるのに僕は気が付いた。

「生まれ方が少し違うだけで、こんなにも虐げられなきゃいけないは絶対におかしい」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

 親友が仲裁に入った。

 それが僕からすると、マスターの肩を持っている様に見え、余計に腹が立ってきた。

「お前の両親だって、区別主義者だろ!なんでそっちの肩を持とうとするんだよ!」

「親とは関係ない」

 親友の顔が引きつった事に気付き、僕はとんでもない事をやらかしたと痛感した。

「俺は、俺の意思で行動してる。親の考え方は親の考え方だ。俺のではない」

「……、悪い、先帰る」

 言い知れない疎外感に耐えられなくなった僕は入り口の方へ向かった。

「おい!俺はさっきの気にしてねーぞ?」

「お前が気にしなくても、僕が気にする……」

 そう言って僕はカフェを後にした。

 自分がどれだけ最低な事を言ったのか、時間が経つ程にハッキリと理解出来るのが余計に情けない。

 明日、学校で顔を合わせるのが気まずいと思いながら、僕は自宅のドアを開けた。

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