第2話 改編

「う、嘘だろ?夏奈・・・死んでる?」




 ついさっきまで話していた人間が今こうして屍になっている姿を見て俺は腰を抜かした状態から動けなくなっていた。


 体感ではもっと長く感じたが、数分間、俺はフリーズをしていた。




「ごめーん、そういえばカバンの奥に折り畳み傘があったんだった。」




 後ろから聞こえる中条の声で、やっと俺の金縛りが解けた。




「あれ?こんな暗くして何で座ってる・・・え?な・・・なんで?夏奈?」




 中条の声がみるみる恐怖に曇っていく。




「中条、あのっ」




 俺が振り向き声を発する瞬間、中条が俺が自身の手に持つ凶器の存在に気づいてへたり込む。




 俺も恐怖でうまく声が出ないが、何を言ったらいいのかなんてとても考えられなかった。




「い、いや・・・・」




 包丁を投げ捨てて、俺は思わず全力でその場から走って逃げてしまった。




 俺にガタガタ震えるしか反応しなくなった中条の姿を見て、おそらく、混乱も相まって俺は一番最悪な行動を取ってしまったのだ。




 雨の中、学校を飛び出し、住宅街を抜け、できる限り人が少ない所へが無我夢中で走った。


 途中、住宅街のバス停へたどり着き、そこで俺の体力が尽きた。


 幸いにも辺りに人がいなかった為、休むことにした。




「はぁ、はぁ、はぁ。一体何がどうなってるんだ。」




 バス停のベンチに座り、雨宿りをしながら次第に冷静になっていった。




「夏奈・・・あれは本当に死んでいた。」




 夏奈の変わり果てた姿を思い出し、軽く吐き気を感じる。




「けど、あのぬるい血液といい、俺が離れたほんの数分間に殺されたに違いない。やっぱり・・・」




 俺は俺と入れ替わる様にして部室から出て行った海の姿を思い浮かべる。




「やっぱり、海なのか・・・。何で・・・。」




 信じたくない気持ちと何故こんな事をしてしまったのかを聞きたい気持ちが相まっていた。




「理由を聞きたい。やらなきゃな。だって海は俺の弟だから。」




 1時間ほどバス停で悩みふけった結論は海を探すことだった。




 雨は少し弱くなっている気がした。




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 この小野寺市で海を探すのは困難と思えるが、海がいる場所は見当が付いていた。


 昔から海が悩んでいる時や落ち込んでる時に行く場所。




 ずばり、『不破神社』に違いない。


 先ほどまでいた住宅街の裏手の山の麓にある、小さい神社である。




「いてくれよ・・・。」




 先ほどまで全力で走っていた足には、神社の長い階段はかなり堪えるはずだったが、すぐそこにいるであろう海の存在を前にしたら苦痛など感じなかった。




 階段を1段1段踏みしめてやがて頂上である鳥居のそばに来て拝殿の賽銭箱の隣に座る海を発見した。




「海・・・。いたな・・・。けど、海・・・だよな?」




 海に歩み寄る俺だったが、海の違和感のある姿に思わず足を止めてしまう。




 体が黒く霞みがかっており、そこにいる存在なのかも分かりにくい。まるで水彩画の上に水墨画の人物を描いたような、存在が"浮いている"様に見えるのだ。




 俺が止まって観察をしていると、海は俺に気づいたのかゆっくりとこちらを見た。


 黒い影のような体だが、しかし眼だけは赤くギラギラと光っていたのだ。




 人でないと確信した俺は思わず後ずさりをしてしまう。




 海はゆっくりと立ち上がり、その刹那、人間とは到底思えないほどの脚力で俺に向かって走ってきた!




「うわっ!!!」




 咄嗟に横へ飛ぶように避けた。俺がさっきまで立ってた場所の石畳は見事に剥がれ穴が開いていた。




(何だよこれ!あんなの死ぬじゃねえか!)




 いざ、第六感でこれは死ぬと予感すると全く動けなくってしまった。




 ゆっくりと海の姿の化け物は俺に歩み寄ってくる。




(何とかしないと、殺されてしまう!)




 海は急に上を見上げ、後ろに飛びのいた


 その時だ、厚い雲を貫き、光が弾丸のように俺と海の間へ、轟音と共に落ちてきた。




 埃と空中に舞った石の破片で一時視界が見えなかったが、着弾地点にはどこか見覚えのある長い槍が地面に突き刺さっていた。




「やっと見つけた。全く余計な手間を取らせてくれるわ。ウジ虫が。」




 大きく円状に穴が開いた雲からゆっくりと人が降りてくる。




「え??人が・・・飛んでる?」




 一瞬、幻かと思ってしまったが、現実に人が降りてきてるのだ。


 その姿はスカート付きの水着に甲冑がついたような服の小柄な女性だった。




 少女は俺の近くに着陸して槍を引き抜き、俺に目もくれず海の方を見た。


 少しの間、沈黙が流れ少女と海はにらみ合っている。




 先に動作を見せたのは海であった。




 海の体がどんどん透けていき、すぐにその姿形が視認できなくなった。




「ちっ、やっぱり見えないか。」




 少女は舌打ちをすると俺の方に体を向ける。




「是非にも及ばないわ。池ノ上君、あなた・・・」




 雲の穴から月が覗き、少女に後光を指す。左手を俺に差し出すその姿は、夢で見たあのシーンそのものであった。




「わたしの眼になれ」




「は、はぁ?」




 俺は少女が何故俺の名前を知っているのか、すぐに分かった。




「お、お前、橘か?」




 一連の流れで全く気付かなかったが、確かに目の前の少女は同じ写真部の橘ちとせであった。




「・・・はっ!」




 俺の会話を遮るように、ガッ!っと鈍い金属音がなる。


 少女は持っていた槍で見えない海からの攻撃を防御していた。




「バカでも分かる様に簡単に言うわ!私はこいつが見えないけど、今の池ノ上君にはこいつが見えるわ!バカの視界をわたしと同調させるから、意識してこいつをしっかりと見て!」




 橘はそう話しながら何度何度も来る見えない攻撃を凌いでいた。


 しかし、ギリギリなのか橘の表情は苦しそうであった。


 そうこうしてる間に橘の腕に小さい裂傷が数か所現れていく。




(ちくしょう・・・)




「一体何がなんだかさっぱりわからないが、やってやる!あと途中からバカと池ノ上君が混ざってたぞ!」




 意を決して、ジっと橘の方へ目を凝らす。


(・・・海、どこだ海)




 徐々にぼやっとしたものが俺の視界に入り、そしてはっきりと今、橘に襲い掛かろうとしている海の姿を捉えた。




「!!」




 俺が声を発するその前に、橘の見事な右ハイキックがカウンターで海の頭部へ突き刺さる。




「ぐはあ!!」




 海の体が吹き飛び、勢いよく地面を転がっていく。




「トドメだ!」




 橘がジャンプして槍で突き刺そうとした。




 その時、倒れていたはずの海の姿が消え、4mほど後ろに退いていた。


 いや、消えたのではない。はっきりと俺は確かに見た。




 槍で刺される刹那に一瞬海の姿が光った様に見えた後、完全に空中に停止している橘と、雨。


 その間に立ち上がり、後ろに飛びのく海の姿。




 漫画や映画で見たことがある、まさに時間停止だ。


 しかし、その時間停止の中を確かに俺は"視認"していた




「ちっ、回避用の時間操作か。」




 橘はそう呟くと、手に持つ槍を逆さに持ち替えた。




「もういいわ。終わらせてやるとするわ。」




 先ほどまでのどこか美しさもある橘の繊細な動きと全く違った、単純に槍をただ力いっぱい、助走をつけて"ぶん投げた"。




 槍は直線の光の閃光となり、海に迫る。




 その時、海の姿が光る。




 さっきの時間停止で避けられる!




「稚拙な時間操作が通用すると思うなー!!」




 橘が叫ぶと、槍は海の腹部に刺さりそのまま槍ごと神社の太い大木に突き刺さった。




 俺は見た。確かに時間停止されていたが、槍だけは止まらず海を貫いた事を。




 あっけ取られて槍で打ち付けられている海を見ていると後ろから橘に言われる。




「池ノ上君、日向さんと弟さんはもう戻らないけど、せめてこの世界から二人の存在を消してあげる。ついでに池ノ上君の記憶も消すから元通りとは言えないけどこっちの方がマシと思うわ。感謝なさい。あとは・・・こいつを回収するにあたって、えーっと・・・」




 橘がブツブツと独り言を言い始めてる時、海が俺の方を向き、手をゆっくりと俺に伸ばした。




 その海は先ほどまでの異形ではなく、いつもの海であった。




 口から血を流し悲痛な表情しながら涙ながらに、声は聞こえなかったが、確かにこう言った。




『兄ちゃん・・・』




「海!!!」




 俺は、我を忘れて海に駆け寄る。




「バ、バカ!!!止めろ!!!」




 橘の制止を無視して、海の手に触れた瞬間、辺り一面に目を覆い隠すほどの眩い光が覆いつくす。




「うわっ!海っ!」




「わ・・・・


 わたしを頼れ・・・!」




 最後に橘の声を聞きながら俺が光に飲み込まれ、意識が遠のいていく。




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 幼稚園生くらいの俺はしくしく泣いている小さい弟の手をとって歩いていた。




「もう泣くなって!」




「だって、兄ちゃんからもらったロボット壊れた」




「・・・ほら!これやる!」




「え、でもこれ兄ちゃんの新しいやつ」




「俺は兄ちゃんだしな!もうこんな子供っぽいのいらない!」




 ・・・これは海の記憶なのか?




 次は小学生くらいの俺が喧嘩している場面に替わる。




「今度弟をいじめたらただじゃおかないからな!」




 座り込んで泣いている弟に手を差し出す小さい頃の俺。




「ほら、帰るぞ。泣くなよー」




「兄ちゃん・・・ありがと。」




「俺は兄ちゃんだからな!当たり前だ!」




 海の声が聞こえる。




「強くて憧れてた兄ちゃん、守られるばかりだったから、守りたかった。だから必死になって兄ちゃんを一人前に守れる人間になろうと勉強もスポーツも頑張った。俺が頑張れて楽しい人生を送れたのは全部兄ちゃんのおかげだ。本当に有難う。兄ちゃん。また次があれば兄ちゃんの側にいたい。」




「お、おい!海!」




 ・・・・・


 ・・・




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 ガバっと飛び起きる俺。いつもの自分の部屋だ。




 時計を見るとAM6:30。日付は5月・・・8日!




「はーよかったー。全部夢だったのかー。」




 全部夢オチであると確信した俺は思わず安堵する。




 しかし、目がすっかり覚めてしまった俺は、登校の準備の為に顔を洗いに行こうと思った。




「ふぁ、、、」




 アクビしながら洗面所のドアを開くと、そこには今まさにTシャツを脱ごうとしている下着姿の可愛らしい小さい女の子がいたのだ。




「あ・・・」




 お互いに見合わせて、一瞬沈黙が流れる。




「まままままま、間違えましたー!」




 慌てて洗面所のドアを閉めて固まる俺。




(だだだ誰だ!?俺間違ってないよな!?あれ???)




 っと思っていたら変わらぬ下着姿の少女が洗面所のドアをまた開けた。




「ちょっとー。一応気くらい使ってよねー!わたしも一応年ごろなんだしさー!」




「ええっと・・・どちら様でしょうか・・・?」




「じー、、、寝ぼけてるの?兄ちゃんの大事な大事な可愛い妹の"海"ちゃん忘れるとか!」




「・・・・・


 ・・・・


 はぁ!!!???」




 そこには妹と豪語する弟と同じ名前を名乗る妹になってしまった弟がいた。


 そしてやはり、顔は俺と全然似ていなかった。

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