第10話 リチリア島防衛戦5〜夜間奇襲。双剣の威力と独自魔法と、その代償。~
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端的に言うのであれば、フィリーネの率いる大隊の夜間奇襲の第一段階は成功していた。
「歯応え無しとはつまらないわね。もう六人よ?」
「それはお嬢が強すぎるからでさあ」
音もなく、あっさり次々と妖魔帝国兵を殺していく中隊規模の一団の中にフィリーネはいた。手に持つ双剣は血が付着しているが切れ味が落ちる気配は全くない。それが召喚武器である何よりの証拠だった。
「そうだけども。やっとこさ夜襲に気付いても、これじゃあ的を斬るのと同じよ。ねえ、ヨルン少佐」
「夜襲だから敵に無茶言ったらいけませんぜ。俺らとは訳が違いまさあ」
「それもそうね」
フィリーネはようやく夜間奇襲に気付いて騒然となる妖魔帝国兵達をまだまだ切断していく。隣にいるのは七〇一大隊の大隊長ヨルン少佐。三十代後半の男性で、軍人というよりは街の荒くれ者の頭領と言った方が違和感のない口調と外見が特徴の人物だ。彼はフィリーネが軍人になってまだ初期の頃に、フィリーネに目をつけられ勧誘された一人である。過去の事情で軍隊で腐っている所を、能力を見出されて今や立派な少佐になっていた。周りにいる大隊員はヨルン少佐の昔からの部下。手際良く殺していっていた。
「召喚武器は最高ね。SSともなれば尚更」
「双剣『漆黒ノ
「なんですって?」
「いいやなんでもないでさあ」
ヨルン少佐の冗談に、わざと恐ろしげに笑うフィリーネ。ヨルン少佐はおお怖い怖いと言いながら右手に持つ騎兵銃型召喚武器――銃身は騎兵銃よりさらにもう少しだけ短い――で射殺し、ホルスターにしまうと発掘された魔法武器の短剣で負傷しながらもまだ抵抗しようとしていた兵を殺すなどという器用な立ち回りをしていた。
ちなみにこの間に、フィリーネはさらに三人を切り伏せていた。
彼女が持つ双剣型召喚武器の名は『コールブラック・カーシーズ』と呼ばれている。闇属性威力五割増しなどという破格の性能時点でいかにもSSランク召喚武器といえるものなのだが、どこで覚えたのか不明な、一般的な見栄えの良い剣術では無く人殺しに特化した荒々しくも美しい斬り方とフィリーネが得意にしている魔法が闇属性――協商連合では闇魔法といえばラットンかフィリーネかと言われている――だけあって存分にその能力は引き出されていた。
それだけではない。この妖刀とも言える双剣の『独自魔法』は二つ――本来独自魔法は一つなのだが、この双剣は特異的で二つある――あり、うち一つは一撃必殺型ではなく常時発動型。独自魔法名称は『
悪魔族は闇魔法に一定の耐性があるのは人類側にとって周知の事実だが、この独自魔法『カース・オブ・ヴァルキュリア』。妖魔帝国兵に与えるその影響は凄まじかった。
「ひ、ひいいい!」
「邪神が……! 邪神が……! ああああああああ!」
「うわああああああ!!」
妖魔帝国人が言い放った邪神というのは、人類側が信ずる神々の事である。妖魔帝国の悪魔族にとって人類側の神は人間の感覚でいう邪神にあたり、人類側はその逆という関係が両者の宗教にある。だから彼等からこの発言が出たのである。
いくら闇属性耐性が先天的にあったとしても、それらは個人の魔法能力の資質や耐性強度に左右される。故に、SSランク召喚武器から発する独自魔法に対しては一握りの高度魔法能力者ならともかく弱小能力者程度では抵抗出来るはずもなく、非魔法能力者の中でも耐性強度が弱い者に至っては失神する有様だった。
それらを戦いながら見回していたヨルン少佐は感想をこぼす。
「これではまるで魔王の行進ですなあ。いや、行進というより蹂躙か。こいつぁひでえや」
「くふふふふっ! もっと! もっと血をよこしなさいな!」
「あーあー、こりゃダメだ。まだ理性はあるだろうけど副作用が出てらあ」
「なあに、ヨルン。私はまだ正気よ?」
『いやいやいやいや』
歪んだ笑みで答えるフィリーネに、ヨルン少佐どころか今の発言が聞こえた部下達全員が否定をする。
双剣『コールブラック・カーシーズ』はSSランク召喚武器の中でも強力な武器であるが、だからこそ副作用が伴っていた。使用者が狂気に呑まれ血を欲する『血ヲ求ム狂イ人』というものである。
これは狂気に片脚どころか両脚を突っ込んでいるフィリーネだからこそ指揮を可能というある程度の理性を保っていられるが、常人であれば発狂死する位に強烈な状態異常効果なのだ。なのでこの召喚武器を触るものは持ち主以外誰もいなかった。
「何よ皆してー。口を動かすならお前達も殺りなさいな。私が狩り尽くしてしまうわよ?」
「おっかねえおっかねえ」
「獲物は残しておいてくださいよー」
「左右からも銃声と魔法音。周りに負けてらんないっすね!」
フィリーネが先陣を切り、一人また一人と妖魔帝国兵を屠っていく。部下達もフィリーネに負けじと敵が態勢を立て直す前に、むしろ立て直させない勢いで海兵師団宿営地をさらなる恐慌状へと陥れていく。
この時、七〇一大隊は大隊付軍医など非戦闘員を除いた――応急処置可能な人員はいるが――五個中隊で敵陣の各所を撹乱させており、負傷して後方に下がるごく一部の兵を除いて八面六臂の大活躍をしていた。やはり最もキルスコアが高いのはフィリーネのいる中隊。作戦地域中央を担当している彼女らはこれ以上させまいとやっと駆けつけた妖魔帝国の士官から兵に至るまで次々と狩っていた。
ただ、元々の作戦は長時間該当地域に留まるものではない。作戦第二段階があるからだ。
「……っつう。頭痛いし気持ち悪いし、何かに犯されそうな気分だけれど悪くないわ! ええとっても最高! さあさあさあ、次に行くわよ次に!」
「了解! しかしお嬢、大丈夫ですかい? 結構キてるみたいですが」
「この程度平気よ! そんな事より中隊は付いてきてる? 徐々に九時方向へ向かってさらに崩すわよ!」
「分かりやした! てめえら! 火をつけて次へ向かえ! 魔法能力者を優先してぶっつぶせ!」
「了解です!」
「こんばんは妖魔帝国の野郎共! ここがお前らの墓場だ!」
「墓標は用意しないがな!」
フィリーネ達はこれまでの戦闘地域を徹底的に痛めつけた後、作戦第二段階へと移行していく。目標は弾薬庫。師団司令部は二の次だ。食い込めれば狙おうという程度である。
戦闘開始から僅か三十分で五個中隊が襲撃した地点は滅茶苦茶になっていた。特に寝起きだった最初期はほぼ無抵抗で多数の妖魔帝国兵が殺されている。
フィリーネが次の目標地点の付近に到達した頃には妖魔帝国側もある程度反攻姿勢を取ろうとしていたが、中々覆せるものではない。相手が最精鋭の一個大隊ともなれば尚更だった。
「作戦地域西側の部隊の方が騒がしいわね。やっと隣の師団が来たのかしら」
「もう遅いですわな。とっとと片付けてしまいやしょう」
「ええ。狙うは弾薬庫。大きな花火を上げるわよ」
「アイサー!」
次なる獲物に狙いを澄ます一団は敵が防備を固めようとしている弾薬庫の近くまで押し寄せる。
絶対にここを守り通さねば。妖魔帝国兵達は決意するも、フィリーネの召喚武器の独自魔法がそれを許さない。鬼気迫る表情は恐怖に拍車をかけていた。
彼女らの背後にいる二個中隊は巧みに敵部隊を翻弄しており、背中は万全。
フィリーネはニタァ、と笑うと号令をかけた。
「総員、吶喊!」
『了解!』
フィリーネの一声の直後に召喚武器、魔法銃、長短様々な魔法杖が一斉に猛威を振るう。流れ弾や弱小の魔法攻撃は魔法障壁で防ぎ、死をも恐れぬ集団が師団宿営地を食い破っていく。
「ひとおつ! ふたあつ! みっつ! 手応えのある奴はいないのかしら! 雑魚ばっかりで話にならない!」
「人間共め言わせておけばあああ!!」
「あら、少しは骨のある奴がいるじゃない。けど――」
フィリーネの進路を塞ごうとしたのは海兵師団の士官、大尉だった。両隣には直卒の部下。赤黒い火の魔弾が彼女に複数飛んでいく。
だが、フィリーネは笑っていた。
「瞬脚、
「なぁ!?」
彼女は身体強化魔法を行使すると直撃コースの手前で高く飛翔。難なく三人の攻撃を躱かわした後に空中でさらに詠唱。軍靴の踵かかと部分には風魔法の短い刃が発現する。
そして落下に入った時には敵海兵大尉の直上にいた。ここでフィリーネはさらに短縮詠唱を行う。
「圧殺せよ。グラビティ」
発動したのは闇魔法重力操作系のグラビティ。生物にとって形を保てない程の重力が大尉を襲ったが最期。彼は緊急展開した魔法障壁諸共頭部から圧縮機械にかけられたように、骨と肉全てが押し潰される音と、内臓と脳漿と大量の血液を撒き散らして惨殺された。
両隣にいる兵は悲鳴を上げる暇すら与えられない。
「ひひっ、一刀両断」
「お前は首がおさらばよ」
着地直後、右隣にいた兵をまず大きく振り上げた脚は、風魔法の刃で体躯を深く斬られ死亡。左隣にいた兵は魔法障壁などまるで無意味だったかのように回転蹴りで首ごと斬り飛ばされた。僅か数秒の出来事だった。
「た、大尉いいいいい!」
「そんな! 大尉がやられるなんて!」
「なんとしても弾薬庫を守れ! 守るんだ!」
どうやらフィリーネが殺した大尉はそれなりに実力のある人物だったらしい。ただでさえ地に落ちた士気へ追い討ちをかけていたが、敵にとってここは宿営地の、しかも重要拠点たる弾薬庫付近。妖魔帝国の海兵下士官はフィリーネの独自魔法の影響を受けつつも勇気を振り絞って抵抗しようとする。
「そいつぁ無理な相談だな」
「ええ! 目の前にデカい獲物があるんですから!」
「そぉら! 点火用の火の玉だ!」
フィリーネが死体を量産している隙にヨルン少佐と部下達は三百メーラ先にある弾薬庫に向けて火属性魔法を複数発射する。目標としていたこの弾薬庫には二個大隊分の弾薬が保管されている。ある程度距離がはなれているとはいえ、とてつもない爆発を引き起こすのは素人でも分かる事。彼等は爆発に備えて魔法障壁を展開して衝撃に備え後退。
そして。
「着弾、今ァ!」
ヨルン少佐の発言と同時に、火属性魔法が弾薬庫へ着弾した。何発かは魔法能力者兵が防いだものの全てを捌ききれず、二発が当たった瞬間に弾薬庫は大爆発を引き起こした。
凄まじい爆発と音と衝撃波が周辺を支配し、巻き込まれた妖魔帝国兵は四肢をバラバラにするか爆圧で吹き飛ばされる。
阿鼻叫喚の光景。悲鳴と断末魔が響く深夜はまさに地獄。フィリーネはこの景色を、満足気な笑みを見せながら殺戮を繰り広げていた。
ところが、その彼女は頬を引き攣らせる。
「ちっ……、そろそろ限界かしら……。これ以上は頭がおかしくなりすぎて理性が保てない……。――総員撤収! 任務は果たしたから戻るわよ! 最後にあちこちに放火しておきなさい!」
『了解!』
周囲の部下はフィリーネの命令にすぐ応え、引き際に火力の高い魔法を放つか魔法銃などの銃撃を行う。この戦闘地域の中では比較的安全な場所にいた小型の魔法無線装置を持つ兵と情報要員は各中隊に命令を送り、大隊全ては速やか且つ統率の取れた動きで撤退を始めた。
妖魔帝国兵達は受けた被害の大きさから追撃には至れなかった。そこかしこで炎上しているからである。よって七〇一大隊は楽に味方の防衛線に向かうことが出来た。
概ね任務を成功させ、夜間奇襲という有利な要素が多かったからか負傷者も僅かだった大隊員達は明るい表情でシャラクーシ防衛線へ身体強化魔法の素早い動きで走る。
しかし、一人だけ余裕の無い表情がいた。フィリーネである。既に『コールブラック・カーシーズ』は着剣しているが、額には脂汗。しきりにこめかみを指で抑えていた。隣を走るヨルン少佐は分かりきっていた事とはいえ、心配そうに声をかける。
「お嬢、お嬢? もう安全圏ですし速度を落としやしょうか?」
「…………問題、無いわ。それともなあに、あんたも私に血をくれるのかしら……??」
「あーもー、言わんこっちゃねえ……。おーい、お前ら速度落とすぞー」
『アイサー、少佐殿!』
酷く濁った瞳と抑えきれずに歪む口角のフィリーネに、ヨルン少佐はため息をつきつつ部下に走る速さを下げるよう指示を飛ばし、部下達はフィリーネの様子を目にしてかなり気を遣ったのだろう。小走り程度にまでスピードを落としていた。
「私は……、こんな命令出してないんだけど……」
「なあお嬢。そりゃもうお嬢のお陰で助かりましたけど、かっ飛ばし過ぎですぜ。ちょっとキメすぎでしょうて」
「…………分かってるわよ。六、七割程度でもこんなにクるとは思わなかった……。どいつもこいつも雑魚すぎるくせに、連中の血、あんなにいい匂いがしたから抑えられなかったのよ」
「まさに魔剣ですな……。今も結構危ないんでしょう?」
「弾薬庫爆破の時でギリギリ……。次からはもっと調整して戦うつもりよ……」
「そうしてくだせえ、お嬢」
フィリーネにとっての誤算は、自身の召喚武器の副作用の強さであった。これまでは代償を知っているからこそ演習や訓練ではかなり抑え目に使っていたし、実力者との訓練も全力の六割から七割だったとしてもせいぜい十数分までだった。
ところが今回は六割から七割程度の力で一時間以上の連続稼働である。その結果が今のフィリーネの様子。強い吐き気や目眩の身体症状だけでなく、血を見たいという強烈な殺人衝動や狂気に呑まれかけているなどの危うい精神状態。誰の目から見ても今後の乱用は禁物とも言えるものだった。
無論、実戦ではどれくらいの力の配分で使えばいいか分かったなどの収穫もあったのだが。
「ああ、それとこいつも言っておきますわ。クリス大佐に会われる前までには気分を落ち着かせてくだせえ。酷い顔してますし、眼なんて俺が最悪の頃よりどす黒く濁りきってますぜ」
「あらそう……。一服は絶対必要ね……」
「ええ、必須ですぜ。後で一本いりやすか?」
「あんたのはかなりキツいのだものね。頂くわ」
「了解でさあ」
午前一時に始まった夜間奇襲作戦は大成功を収め、フィリーネ達は午前四時半前にはシャラクーシ防衛線に帰還した。
この戦闘における妖魔帝国側の死傷者は海兵師団が二個大隊一個中隊。急遽かけつけた西側が担当の第二十六師団は一個中隊。計約千四百。海兵師団は余りにも大きい被害により翌朝の攻勢を中止せざるを得ず、建て直しを強いられる事となる。当然攻勢計画も遅延する事となった。
対して七〇一大隊の死傷者は僅か十二名。うち死者は二名、重傷三名で、残りは数日もすれば前線に戻れる軽傷。両者の損害比は一:一〇〇以上。七〇一側の圧勝だった。
七〇一の凱旋に、早朝にも関わらず大歓声のシャラクーシ防衛線は落ちていた士気が再び上昇。彼等には大いなる自信がついた。まだまだ自分達は戦えるぞと。
しかし、フィリーネはシャラクーシ防衛線からは早々に本部へと引き上げた。体力はともかく精神的に厳しかったからである。
七の日の朝から夜にかけて、彼女は一切自分のテントから出なかったという。翌日八の日昼になって、顔色が悪いながらもフィリーネはようやく総司令部に姿を現した。
その時のフィリーネの様子を、ニコラ少将は副官のテオドーロ大佐にこう漏らしていた。
「まるで何か悪いものに取り憑かれた後みたいだね……。聞いてはいたけど、あの魔剣は彼女にとって諸刃の剣だよ」
と。
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