第9話 リチリア島防衛戦4~深夜の海兵師団の宿営地は一変する〜

・・9・・

9の月7の日

午前0時35分

シャラクーシ防衛線より南の地点

妖魔帝国軍最前線・第一海兵師団宿営地



 日付が変わり七の日となった。リチリア島キャターニャ砂浜海岸からやや北にある妖魔帝国軍第一海兵師団宿営地には大勢の将兵が今日の朝に再び始まる戦闘に控えて眠りにつき、起きているのは見張りの兵士のみ。それらは北にいる敵軍である協商連合や法国軍を警戒しつつ監視体制をしいていた。

 しかし、ずっと気を張り詰めていたら疲れてしまうのは常のこと。見張りの内、上等兵の二人は雑談を交えながら任についていた。


 「人間共、激しい抵抗をしているって聞いたぞ? なんでも最前線の連中が本部近くの野戦病院に沢山いるとか」


 「初日の砲撃のせいだろうなあ。俺はその後の上陸でホッとしたぜ。あんなん食らっちまったらいくら魔法障壁を張れても無理があるっての」


 「魔法使えない奴らはもっと悲惨だろうな。曹長殿曰く、徹底的に魔法能力者を狙ってたとか」


 「当たり前っちゃ当たり前だわな。けれど、こっちが数では上なんだから、こんな抵抗出来んのも今のうちだって。なんてったって俺らは魔人、悪魔族。しかも皇帝陛下から選ばれし、海兵師団なんだからな。最新鋭のこの魔法銃に、海兵師団の魔法能力者兵だけが持てる魔法杖。まさに特別って感じだよな」


 「あと、他じゃあ早速飯が少し悪くなったらしいけど、海兵師団の飯は代わりなし。こんな辺鄙な島じゃ無けりゃ最高だよなあ」


 「ほんとにな。早く故郷に帰りたいぜ」


 「ははは、言えてる」


 二人の上等兵は海兵師団に配属される際から交流のある仲である。よく話すし、非番の日には遊んでもいる。苛烈な差別政策が取られている妖魔帝国とはいえ彼らは優遇民族たる悪魔族。高度魔法能力者の証たる羽こそ無いものの、魔力は同等クラスの人間より多い。そして軍に入っているからこそ家族の生活は帝国内では楽な部類だった。

 故に家族や故郷を案じてもいるのである。この部分は敵側の人間と同じようなものであった。


 「お前ら、警備はしているか」


 「こ、これは先任曹長殿!」


 「万事順調であります!」


 二人がのんびりと話している時に現れたのは寝ていたと思っていた直属上官の曹長だった。年齢は人間の見た目で言えば四十代。ベテランの彼は、上等兵の二人にとっては頭の上がらない上官である。何せ、兵の神様とも呼ばれる先任曹長であるのだから。


 「そう固くならんでいい。楽にしろ。まだ夜間警備は五時間ほどあるだろ。帰っても砲撃につぐ砲撃で寝づらい。敵を見つけたもしくは疑わしいモンを感じた時以外は楽にしておけ」


 「はっ! ありがとうございます」


 「配慮感謝します! ところで曹長殿はどうしてここに? 寝られていると思ったんですが」


 「もよおしてしまっただけだ。今から便所に行く。とはいっても前からだからすぐに終わるがな」


 先任曹長は彼等の緊張を解すためか、軽く笑ってそう言う。すると二人は表情を崩して、



 「ははは、なるほど。それは仕方ありませんね」


 「すぐそこですがお気をつけて」


 「ああ。ありがとう。ただし、私語は程々にな。オレは怒らんが、少尉殿に見つかったら面倒だ」


『了解しました』


 「警備を引き続きよろしくな。休憩時間になったら軽食でも食っておけ。明後日からはお前らも前線だ」


『はっ』


 先任曹長は言うと、手を振って小便をしにいった。

 二人は任務時以外は気さくな曹長に対して敬礼をした後に、再び会話を始める。


 「俺さ、あの方が上官で良かったと思ってるよ。何かと気にかけてくれるからな」


 「訓練はめちゃくちゃ厳しかったけれど、それ以外は悪くない方だもんな。だからよ、明後日からは最前線に出ても安心して戦えるぜ」


 「まったくだ。そしてこの島の人間共を殺して、故郷で自慢しよう。勲章貰える活躍したら間違いなくモテるぞ」


 「いいなそれ。装備品かっぱらって証拠の品って見せてもいいんじゃねえか?」


 「だったら絶対に活躍しないと。曹長殿に褒められるくらいにな。で、勲章と装備品引っさげて帰郷だ」


 「薔薇色の未来だな。楽しみだぜ」


 二人は初日の地獄を直接経験していないからこそ、まだそのような事を言い合える余裕があった。いざ最前線となれば余裕は無くなるであろうが、しかし勲章を獲得できるほどの活躍をすれば故郷で賞賛されるのは間違いない。後の生活は今よりもっと楽になるし、何より栄誉があるのだから結婚にも困らないのは確かなのだ。

 二人はこのあとも警備をしつつ、軽食は何があったかとか他愛もない話をしていた。

 しかし午前一時を過ぎてから、口調の荒い方の上等兵が何かを感じる。


 「ん? 何か今気配がしなかったか? なんつーの、近くではないが遠くもないんだけどよ」


 「まさか。俺らの担当地域はちょっと西ではあるけれど前方と後方の間の部分だぞ。砲撃に巻き込まれなかった野生動物の類だろ」


 「だと思うんだけどよお。注意しておいた方がいいかもしれね――」


 「えっ」


 それは一瞬の出来事だった。

 寸前まで薄気味悪そうに話していた同期の首が飛んだのである。

 そして、彼もまた。


 「て――」


 「ひひっ、もう遅いわよ?」


 敵襲と言おうと思ったが一文字目までしか出なかった。

 彼が最期に見たモノ。それは、双剣を手に持ち狂気の笑みで襲いかかる人間の女性だった。

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