第6話 リチリア島防衛戦の始まり

・・6・・

 9の月4の日

 午前11時50分

 リチリア島東部・敵上陸地点を見晴らせる小山


 ロンドリウム協商連合海軍先遣艦隊が作戦を成功させた翌日の昼。多少の延期をしたものの妖魔帝国軍はリチリア島に上陸しようとしていた。

 人類側の戦力と配置は以下のようになっている。


『人類諸国側戦力及び配置』

 リチリア島東部、キャターニャの南、シャラクーシ――人口二万二千の町――の北に協商連合陸軍一個旅団。及びイリス法国軍(協商連合制式採用ライフル装備連隊含む)一個旅団。計一万。

 リチリア島中部、島の東西に横たわる高地の真ん中にある中部の町、キュティルに協商連合陸軍一個旅団。計五千。

 敵陽動及び南部防衛に協商連合陸軍一個旅団。

 キャターニャ西の東部絶対防衛線に協商連合陸軍一個旅団。計五千。

 西部の中心地タレルモに後方戦力として、法国陸軍一個旅団。計五千。

 その他、各地に志願した武装市民兵(内半数が即席教育訓練完了)計一万三千。


 総計四万三千。


 対して、妖魔帝国軍の戦力は次のようになる。


 先遣上陸軍二個師団、計二万。

 第二上陸軍二個師団、計二万。

 予備戦力一個旅団、計五千。これは海戦による損失があった為の再編成戦力である。

 現状の総計四万五千。


 二度の海戦によって数だけならば互角となった両軍だが、フィリーネは市民兵を戦力としては考えておらず実質は三万対四万三千。制海権も妖魔帝国軍側にあることから依然妖魔帝国軍優位であった。

 ただし、注目すべき点はフィリーネが防衛戦をするにあたって用意した人類側の重火力戦力である。リチリア島に元々ある沿岸砲台も頼りになるものであるが、それよりも期待されているのは一般的な師団比三割増しで砲弾備蓄数二倍のカノン砲や速射性かつ移動可能な野砲である。これらは島東部に重点配置されており、敵軍による艦砲射撃による破壊を防ぐ為に掩体壕や塹壕によってよく防護されていた。事前艦砲射撃によって沿岸砲台の一部は破壊され機能喪失したが、こればかりかは確率論である。それでもかなりが生き残っていたし、カノン砲や野砲類に関しては殆ど被害を免れていた。

 なお、上記の準備期間は一ヶ月であるから入念ではないが、それでも土魔法なども用いて作られた急造の野戦築城はそれなりの形を作り上げていた。

 時刻は間もなく正午。テスラ少将から適任だと言うことで防衛戦総司令官となったフィリーネは今、敵上陸軍を見渡せるシャラクーシから西にある見晴らしの良い小山にいた。



 ・・Φ・・

 「すり減らしたとはいえ、万を越える敵兵の上陸は壮観ねえ」


 「随分と余裕な表情ですね。ここからは察知されないからって細巻煙草まで吸って」


 「別にいいじゃない、クリス大佐。どうせこの後は忙しくなるんだから煙草くらいいいでしょう?」


 フィリーネは紙煙草をくわえながら、紫煙を吐き出す。近くには沿岸砲台や平らな地にすぐ移動出来るように備えられた野砲が設置されているが、彼女がいる辺りにはクリス大佐と命令をすぐ送るための魔法無線装置の要員と僅かばかりの護衛の計十数名程度は誰もいない。彼女は全身にニコチンが巡っていくのを感じながら、やたら上機嫌だった。これから血潮が舞うであろうにも関わらずである。

 クリス大佐はやや呆れた様子で言う。親しき仲であり、上官である彼女が一種の戦争狂であるのは知っているが、発言の割にはもはや病気の類だと諦めてはいた。

 ただし、彼女の様子は味方にとっては好影響だった。敵を前にして平時と変わらぬ余裕を見せているからだった。


 「さてさて、敵はどうかしらっと」


 「単眼鏡をどうぞ」


 「あら、ありがと」


 フィリーネは喫煙を終えると地面に落として踏み潰して消化し、クリス大佐から単眼鏡を受け取って敵軍の様子を観察する。

 妖魔帝国上陸軍は既に艦隊から小型船艇をおろして進んでいる。針路からして、相手は予測通り島南東部にある砂浜海岸であるキャターニャ海岸に向かっていた。船には人だけでなく上陸してから使うであろう野砲など重火器類も満載している。


 「先陣は二万というところね。一度には来ないのは当たり前よね」


 「ええ、しかし一団の幾つかには違う軍服の奴らがいますね。灰色の。あれはなんでしょうか」


 「ああ、アレね。あいつらが一番先頭で、輸送船艇も人力ではなく風魔法増幅機関を積んでる。大盤振る舞いじゃない」


 「推定で一万、つまりは一個師団。連中が橋頭堡を築く尖兵でしょうね」


 「ええ。船の形もよーく観察すると少し違うわ。ほら、貴方もご覧なさい」


 「…………本当ですね。あの部分だけ見た目が少し違います」


 「恐らくだけど、上陸を速やかにするための渡し板にでもなるんでしょう。きっと普通の陸軍とは違うのよ。妖魔帝国の皇帝とやらは随分と賢いみたいね」


 二人が話している内容、それは上陸軍輸送船団の前方にいる一個師団だった。

 妖魔帝国陸軍で採用されている軍服の色と違って灰色である。装備も魔法能力者はジトゥーミラ・レポートにも記録されている最新式採用銃、非魔法能力者が持つライフルもやはり最新式だった。また、船艇には風魔法増幅機関があるだけでなく形状がやや違う。特に船首部分にそれは顕著に現れていた。

 フィリーネはこの時点で一つの分析をしていた。


 「賢い? 少将閣下が敵を褒めるとは珍しいですね」


 「上陸してから分かるわ。戦う時にも、ね」


 「はあ……」


 クリス大佐はフィリーネの言わんとすることは何となくだが感じているが、真意までは分からなかった。

 当然である。灰色軍服の妖魔帝国軍は『陸軍』ではないのだから。

 島に接近した妖魔帝国軍はついに砂浜へ上陸した。特に動きが迅速なのは灰色軍服だった。

 小型艦艇は砂浜に到着すると船首が変形して渡り板が地面につく。そこから次々と兵達が船艇から降りていっているのだ。練度については兵達の行動でひと目でわかった。士官による優れた統率、恐らく何度も砂浜海岸で訓練したと理解出来る兵達の動き。橋頭堡を築くために速やかに降ろされる火砲類や物資弾薬。砂浜海岸はやや傾斜があり、身を守る事も出来るために兵達はそこへ着くと匍匐前進可能な姿勢になっていた。妖魔帝国軍だけでない、連合王国軍ですらアカツキの息が直接関わっている部隊でしかまだ行われていない手法だった。


 「なるほど……。あんな舟は初見ですね。それに、やけに上陸後の動きが慣れています」


 「でしょうね。私達協商連合軍でも開発リソースと経験知識が足りなくてまだ研究中の分野だもの」


 「軍の戦略研究室と参謀本部が年明けには編成すると言っていた、『海兵隊』ですか」


 「そそ、協商連合海兵隊ユニオン・マリーンよ」


 「まさか少将閣下も携われている兵科が、先に妖魔帝国軍に実戦投入されると思いませんでした。確かに、賞賛に値しますね」


 「だからこそ、まったくもって厄介だわ。陸だけでなく海兵までいるとなると話が少し変わってくるもの」


 とはいえ、フィリーネの表情にはまだ余裕があった。この時代に海兵隊の組織を思いつき、編成させた皇帝の顔を見てみたいとは思ったが、だからといってこの後行われる攻撃に変更はないからだ。いくら訓練されているとはいってもやはり砂浜海岸は歩きにくい。それに、もう一つの一般的な陸軍は多少の訓練は施されていそうだが足並みは灰色軍服より遅かった。

 上陸部隊の援護に沖にいるヴォルティック艦隊からは艦載砲が放たれるが、未だにどこに部隊がいるか分からない為に命中は無かった。せいぜい欺瞞陣地に着弾する程度であるし、フィリーネ達がいる方にも放たれるが数百メートルも先だった。


 「海兵隊、海兵隊か……。あの人は元気かしら……」


 「何か言いましたか、少将閣下?」


 「いいえ、なんでもないわクリス大佐。この後、自分達を精鋭だと信じているだろう灰色をぶっ飛ばすのが楽しみで仕方ないだけよ」


 「そうですか」


 フィリーネが思い出したのは、前世においてまるで親のような存在だったとある海兵隊の軍人。今やその生存を知る由もない彼女だが、上陸を果たした妖魔帝国軍海兵師団を見てつい頭によぎったのである。

 無論、それをクリス大佐に言うはずがない。すぐに不敵な笑みに変えて返すと、クリス大佐はそれ以降言葉は返さなかった。

 妖魔帝国軍は次々と上陸し、既に連隊規模が行動している。だが、フィリーネはまだ命令を下さない。


 「かなり引きつけるんですね」


 「まだよまだ。連中の野砲じゃこの辺りも展開した火砲類にも届かないわ。それに今頃、味方は確実に命中するよう準備をしているはず」


 「魔法無線の封鎖解除は」


 「私が送った時点で解除よ。厳命してあるから誰も飛ばしてないでしょうね?」


 フィリーネが情報要員の方を向いていうと、情報要員の下士官は頷き、


 「はっ。嵐の前の静けさです」


 「ならよし。やきもきしてるかもしれないけれど、すぐに多忙になるわ」


 「了解しました」


 「少将閣下、さらに船艇が上陸。約一千」


 「まだよ」


 フィリーネは全体を見渡す為に単眼鏡から目視に切り替える。およそ百数十メーラの高さであるこの地点からは、敵兵はまるで豆粒のようだが約四千となればなかなかの迫力を有していた。

 彼女は敵を見つめ続け、ついに決意した。


 「無線封鎖解除。作戦開始、『カギヤ』を送りなさい。ゼロ秒にて一斉射撃」


 「了解。『カギヤ』を送信。また、ゼロ秒にて一斉射撃を各砲兵部隊も通達」


 無線封鎖は解除され、展開している各砲兵部隊へ符号が届く。

 五十秒、五十五秒。そして、ゼロ秒。

 瞬間、各所からけたたましい砲撃音が同時に放たれる。魔法無線装置が各砲部隊にも配備されたからこそ実現可能な、見事な一斉射撃だった。

 午後一時三十分。リチリア島防衛戦の火蓋は切られたのである。

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