第5話 リチリア島東沖夜間海戦
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9の月3の日
午前2時45分
リチリア島東沖
協商連合先遣艦隊・旗艦『エルラード』
「各艦、魔法無線装置無線封鎖は続行中。艦隊運動に問題なし」
「現在、エルラードは約十二ノルで航行中。機関に異常無し。各艦艇目視で確認する限りは問題無しと思われる」
「前衛、予定時刻通りであれば間もなく『無人艦艇化』が完了」
「よーし、準備は良さそうだな! 妖魔帝国海軍の位置は推定でどのあたりだ?」
「そろそろ見えてくる頃かと。こんな時に、アカツキ少将のエイジスの神の目があれば楽なんでしょうけどね」
「無いものは強請っても仕方ねえさ、ロート大佐」
「失礼しました。仰る通りで」
リチリア島東沖の深い闇の最中。協商連合先遣艦隊は旗艦『エルラード』を中心とした三十二隻は複縦陣にて練度の高さを伺わせる統率の取れた航行していた。
彼等の目的は夜戦による奇襲である。昼間だとマトモにぶつかり合えば勝てる見込みがないからこそ、この時間を選択したのだ。
「俺らはただフィリーネ嬢を運んだわけじゃねえ。戦力は圧倒的に不利だが、魔法無線装置を個艦毎に配備しているからこそ連携力と奇襲という面で混乱させてやる。まあ、与えられる損害は限定的だろうがそれでいい」
「目標は二つ。ヴォルティック艦隊に対する奇襲攻撃、輸送艦隊を可能な限り沈める。攻撃の機会は一回きり。通過したら反転して北へ向かいつつ、本土南部の港に戻る。でしたね」
「ああ。フィリーネ嬢はありがてえ事にリチリア島には戻らなくていいと言ってくれた。陸戦に不慣れな俺らが戻ってきてもしゃあねえからな。リチリアに船残しても沈められるだけだしよ。だったら残った艦隊で本土南部に戻って圧力加えておいた方がいいってことよ」
「常識的ではありますね。それに、本国艦隊が来てくれればその時に加勢も可能です。無論、この夜戦でどれだけ残るかにもよりますが」
「そこはオレらの腕次第だろ。夜の闇を味方につけ混乱させ、敵が態勢を立て直す前に逃げりゃいい。もちろん、出来るだけ多く沈めることも忘れねえさ」
コーンウェル少将とロート大佐は、これからまるで宴でも始まるかのような楽しげな様子で話していた。
協商連合海軍の作戦は以下のように行われる。
1、魔法無線装置の傍受を防ぐ為にギリギリまで無線封鎖。敵を目視――担当は夜目に慣れた目視索敵の兵――した時点で封鎖解除。無線を活用した艦隊運動へ移行。
2、ヴォルティック艦隊に対しては直接決戦は挑まない。目視後単縦陣に変えた後、無人艦艇を切り離し特攻させる。後、艦隊は十時方向へ方向転換。側面からヴォルティック艦隊を砲撃。魔法攻撃が届くまでの肉薄はせず。攻撃には光魔法内封魔石探照灯も使用。
3、2において敵が混乱している間に、さらに敵艦隊後方へ到達後、敵陸軍輸送艦隊及び護衛艦隊を砲撃。砲撃及び数は多くないが連合王国からのプレゼントを使用して攻撃する。重点目標は輸送艦隊。2と同様、探照灯使用。
4、敵艦隊通過後、全速で北へ。敵の攻撃を振り切って法国南部の港へ帰投する。
以上のように、協商連合海軍先遣艦隊の作戦はまさに夜を味方につけた上で彼等が独自に考案した作戦と連合王国からのプレゼントのとある兵器によって行われるものだった。
これら作戦に、コーンウェル少将達は大いに自信を持っていたし今後の防衛戦を左右するものだからその意気込みは相当に強かった。
「見張りより通達! 敵目視! 距離は推定13000!」
「よくやった! 距離12000で無人艦艇切り離し距離10000で無線封鎖解除後十時方向転換して単縦陣へ変更! 野郎共、夜戦だぜ!」
『おうっっ!』
敵を目視してからの協商連合海軍先遣艦隊の将兵の動きは教範に載せられる程に素晴らしいものだった。既に準備要員は別艦に移動して無人艦艇を切り離した後に、艦隊は見たものを虜にさせるような理想的な動きで単縦陣へ変化。無人艦艇と有人艦艇は別行動を開始した。
距離が十キーラを切ると、無線封鎖解除。旗艦より各艦へ通信が送られる。
『亡霊艦隊ノ呪イ発現ト同ジクシテ、悪魔共ニ鉄ノ花火ヲ打チ上ゲヨ。合図ハ、タマヤ』
無線封鎖解除後に各艦に出されたのは傍受されても意図が伝わりにくい暗号じみたものであった。無論、目の前にもう敵がいるのだからこのような暗号は送らなくてもいいが、傍受をされていた場合次の意図が読まれかねない。よって、この後の作戦行動も全て暗号のような文章を彼らは送ってやり取りする予定でいる。
なお、この文言を考えたのはフィリーネである。既に陸ではアカツキが無線傍受を防ぐ為の暗号文を参謀本部情報部門と合同で作り上げていたが、フィリーネも同様の手段を取っていた。今後は味方同士であるから暗号の共通化――例えばアカツキが考えているのはモールス信号方式(ただし、定期的に逆さ読みやモールス信号方式だけでなく変更用に話者がかなり減ったエルフやドワーフの独自言語もある)でフィリーネも偶然か必然かここに行き着いている――とその教育であるが、二カ国であればさして時間をかけずに実現出来るであろう。
「敵艦隊、微速にて航行中。錨は下ろしておらず」
「ちっ、流石に敵も馬鹿じゃねえってか。警戒はされてたみてえだな」
情報要員からの通達にコーンウェル少将は舌打ちをするが、苛立ちはなかった。想定内であるからだ。
「まだリチリアから距離は少しありますからね。あとは、このような奇襲を警戒してでしょうか。――どうやら気付かれたようです。亡霊艦隊、
「4000なら上出来だ。指揮官は警戒してても兵までは夜中だからって油断してたか?」
「無灯火の亡霊ですから気付くのに遅れたのでしょう」
「こっちもまあ、気付かれるわな。よーし、このまま全速でぶっ飛ばしてぶっぱなすぞ!」
『了解!』
無人艦艇とヴォルティック艦隊前面との距離は二千まで詰まる。ただし妖魔帝国海軍艦艇は手間取っていた。攻撃手段が艦の前方にある主砲のみでしか攻撃出来ず火力が限定される上に、何より奇襲だったので諸元入力に時間がかかっているからだ。
この時代にはレーダーはない為探知魔法を用いて諸元入力を行うが、魔法能力者も寝ていた為にすぐには行動には移せなかった。
彼我の距離は一千、八百と近付く。そして五百の時点で妖魔帝国海軍側も気が付いた。この艦艇には誰も乗っていないのではと。
だがもう遅い。亡霊艦隊は全速で突っ込んでくるのだ。艦の缶を温め直す手間も省くためと微速で動いていた上に教範通りの艦隊行動をしていた各艦は、衝突を防ぐ為にてんでばらばらで動き出す。これが致命的になるとも知らず。
距離、二百。百。
ついに、亡霊艦隊は妖魔帝国海軍艦艇と文字通り衝突した。だが、それは衝角による破壊だけではなく、大爆発だった。
亡霊艦隊の各艦に満載されているのは火薬。それを遅延式の魔石の爆発によって誘爆させ、大爆発させるものであった。
こうなると、防ぐ手段はない。いかに数百トルから一千トル級の小さい艦とはいえ、それは一つの爆弾だ。用意されていた十の亡霊艦隊のうち、二つは破壊されたが四つは見事に意図通りの大爆発を起こしてヴォルティック艦隊の装甲巡洋艦や装甲戦艦を大破せしめていた。
「ヒュー!! 景気のいい花火だぜ! お前ら、行くぞぉぉ! 各艦へ通信、タマヤ!」
「了解! タマヤ!」
タマヤの合図があった直後、先遣艦隊二十二隻による探照灯を利用した統制砲撃が始まった。既に諸元入力は完了し、未だに速度が遅い艦艇を狙うのは容易だった。
先遣艦隊が一斉発射した砲撃は装甲の薄い艦艇を中破させ、装甲の厚い巡洋艦や戦艦には小破程度に留まるが約四割が命中する。初弾にしては十分すぎる命中力だった。
しかし、妖魔帝国海軍も反撃はしてくる。妖魔帝国海軍中央に至る頃には若干だが被害が出始めていた。
「ウェルシー小破、艦速低下!」
「イルルゥ主砲に直撃弾中破! 艦隊行動困難!」
「予想はしてたぜクソッタレ! 踏ん張れと伝えろ!」
「……イルルゥより通信! 『我、生存は難しく、これより尖兵となり特攻を開始す!』 とのこと!」
「あの野郎……。貴艦の勇猛生涯忘れぬ。本国にて英雄として語り継がれるだろう。武運長久を。と送れ!」
「了解!」
「続いて損害報告しろ! 俺らの目的はまだあるぞ!」
「現在中破1、小破3! 損害軽微2!」
「敵の損害は!?」
「これまで推定大破4、中破2、小破5!」
「流石は皇帝直々の新造艦隊ってか! 思ったより被害が与えられていねえが十分だ! 次行くぞ次! 連合王国からのプレゼントはどうだ!?」
「あとは目標を捉えるだけです!」
「よーしいいぞぉ! 連中にロケット花火とやらをぶつけてやろうじゃねえか!」
多少の損害を受けながらも協商連合海軍先遣艦隊は着実に作戦を遂行していた。一隻が特攻したものの足の早い艦艇を中心としているからこそ、敵の命中弾を受けにくかった。
そして、彼等が用意していたのは連合王国からのプレゼント。即席で固定器具を取り付けられていた、シューロウ高地で猛威をふるったあの『L1ロケット』だった。
数こそシューロウ高地に大半を回していたから数は少ないが、作戦開始ギリギリに連合王国側がなんとか融通し法国経由で運んだ『L1ロケット』は、艦隊のうち搭載可能だった十隻に二斉射分あった。
ついに艦隊はヴォルティック艦隊後方へと辿り着く。その先には護衛艦隊と陸軍と海兵師団が乗った輸送艦隊があった。
「まずは砲撃だ! 狙え、狙えよぉ! 斉射は艦長共に任せる!」
「了解! 護衛艦隊との距離4000、輸送艦隊最前方は10000!」
「輸送艦隊は後だな! よーし、よーし、撃ち方始めェ!!」
「撃てぇ!!」
『エルラード』の主砲はコーンウェル少将の命令の後、艦長の命令で斉射された。他の各艦も比較的統制の取れた射撃がなされる。これらを実現しているのはやはり魔法無線装置だ。対して妖魔帝国海軍は装甲戦艦や装甲巡洋艦にまでは個艦配備されているが、末端の艦までは数が揃えられなかった。未だに体制が整っていないのもあるし、妖魔帝国軍としては初の、連隊毎の魔法無線装置配備が上陸陸軍にあてられているのもあった。
「敵装甲戦艦に夾叉! 次弾はいけますよ!」
「おうぶち当てろ!」
「装填、完了!」
「撃てェ!」
「了解です! 撃てぇ!!」
第二射は夾叉が多かった為に命中弾が増加した。火力不足は否めないが、それでも装甲戦艦1を小破、装甲巡洋艦1が中破と2が小破。その他の小規模艦にも中破と小破したものがあった。
作戦はついに最終段階に移る。輸送艦隊をついに捉えたからだ。
「L1ロケット、いつでもいけます!」
「各艦から同様の報告多数!」
「しゃおらぁ! 打ち上げろぉぉ! 発射だ発射ァ!」
益荒男のような雄叫びでコーンウェル少将はL1ロケット発射を命じる。
瞬間、協商連合海軍先遣艦隊十隻から十発ずつ計百発のL1ロケットが打ち上げられた。
高く空を飛翔するL1ロケットは誘導方式ではない為に陸のようにはいかなかったが、それでも長射程を活かして三割は命中して爆発を巻き起こしていた。うち一隻は不幸な事に弾薬搭載の輸送艦で、誘爆して轟沈であった。
「ヒャーハッハー! 見たか妖魔共! 槍花火の味はどうだぁ!」
「コーンウェル少将、興奮しすぎでは……」
「これに興奮しねえやつはいねえだろ! お前だってニヤついてんじゃねえか!」
コーンウェル少将を落ち着かせようとしていたロート大佐であるが、彼も満面の笑みである。自覚のあるコーンウェル少将に比べて無自覚なロート大佐の方がある意味タチの悪い性格かもしれない。
「次弾装填しろよぉ! もう一発ぶっ込んでやれぇ!」
『了解っっ!』
「L1ロケット、装填完了っ!」
「目標、敵輸送艦! 諸元入力、…………良し!」
「よしきた! 発射ァ!」
「了解! 発射ッッ!」
『L1ロケット』の最終発射となる第二射が闇夜に打ち上げられる。最高高度に達する前と落下時に発動する緑白の風魔法推進の色は再び輸送艦隊の艦艇に着弾し爆発を起こす。今度の命中率は四割。海戦における無誘導弾での敵への攻撃の難しさを伺わせる数字ではあるが、取り扱いや発射などの訓練時間が僅か鑑みればかなり良いと考えても良いだろう。
この攻撃によって新たに三隻の輸送艦が炎上。うち一隻が沈んだ。
「各艦『L1ロケット』の全弾発射完了!」
「よーしてめえら! ずらかるぞ! そろそろ敵も立て直しが終わる頃だ! 全速で逃げろ! 追ってくるやつだけ迎撃しろ! ここまでやったんだ敵の弾に当たんじゃねえぞ!」
『了解!!』
無人艦艇による攻撃、不意打ちの反航戦での砲撃、そして『L1ロケット』による敵輸送艦隊への攻撃。いずれも難易度の高い任務であったが、コーンウェル少将は十分に戦果を上げたと判断し、またこれ以上戦域に留まるのは不利であるという事で全速での撤退を命じる。艦隊は北へ転針し、速度において優位であるのを活かしてすぐさま離脱していった。
妖魔帝国海軍としては何としてでも追跡したい所ではあるが、一定の警戒を敷いていたにも関わらず協商連合海軍先遣艦隊による作戦勝ちによって炎上した各艦艇の消火やダメージコントロール、沈んだ艦船から放り出された味方の救出、被害状況の把握によりそれは不可能であった。夜であるから無闇に追う途中に味方同士の追突を防止したいのもあっただろう。結局、小型艦艇以外はその場からほとんど動けないままで砲撃をするしかなかった。無論正確になってきたのもあったからか協商連合海軍先遣艦隊にいくらかの打撃は与えたが。
午前三時より始まり、夜が明けた午前七時には終わった『リチリア島沖夜間海戦』は協商連合海軍先遣艦隊の戦術的勝利となった。
ヴォルティック艦隊の被害は、撃沈4(戦艦1、装甲巡洋艦1、旧式巡洋艦2)、大破2(戦艦1、装甲巡洋艦1)、中破5(装甲巡洋艦1、旧式巡洋艦2、巡洋艦以下艦艇2)、小破9(戦艦1、装甲巡洋艦2、巡洋艦以下艦艇6)の合計20。さらにここへ輸送艦隊の被害が、撃沈2、大破1、中破2、小破4の合計9であった。
ヴォルティック艦隊は一夜の海戦にて戦力の六分の一が被害を受け、六隻は戦力外と化してしまった。小破艦はともかくとして中破艦は応急修理をしても全力は出せなくなった。また、輸送艦隊も損害を受けた事で一千八百名が死傷。三千名分の兵器や十数門の野砲、少数の魔石が海の藻屑となった。先の法国海軍との戦闘を含め、上陸前から妖魔帝国上陸軍の戦力は約四万五千に減じたことになった。
また、この夜戦の影響によりリチリア島への砲撃は予定時刻より四時間遅れる事となり、実質八時間しか行えなかった。
しかし、妖魔帝国軍にこれだけの損害を与えた協商連合海軍先遣艦隊も無傷ではない。
撃沈3、大破2、中破2、小破4の計11隻が沈むか戦闘不能になるか損害を受けるかとなり、損害軽微を含めれば無傷だったのは三割に過ぎなかった。彼我の戦力差が約六倍であったのだから、むしろこれだけの損害で住んだのはひとえにコーンウェル少将と各艦長の手腕、兵達の練度の賜物であったと言える。
コーンウェル少将は港の魔法無線装置の範囲内となってすぐにリチリア島へ通信を送った。
『我、夜襲ニ成功。悪魔共二冷水浴ビセ、リチリアノ
この通信と送られた推定損害(若干多いが、大体合っていた)に、リチリア島の面々は大いに湧いたしフィリーネも素直に喜んだ。
そして、9の月4の日を迎える。
すなわち、リチリア島防衛戦の始まりの日であった。
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