第7話 リチリア島防衛戦2〜血と肉塊と鉄で溢れる砂浜海岸〜
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リチリア島東部の敵上陸地点を射程におさめる沿岸砲台、カノン砲、臼砲、野砲。協商連合軍と法国軍のありとあらゆる鉄は妖魔帝国上陸軍に降り注いだ。さらには匍匐前進を解除して前身を始めた海兵師団の一部部隊は突如として放なれたガトリング砲が襲いかかる。
一般的な師団砲兵部隊比三割増しの、それも集中運用されていた火線は尋常では無かった。
着弾の瞬間、人間共なぞ虐殺してくれると意気込んでいた。英雄になれると思っていた。活躍すれば両親や兄弟が豊かになれると信じていた兵達は膨大な砲弾によって人生を終えた。肉塊と化し、四肢を四散させ、脳漿と内臓を撒き散らして平時には海水浴客で賑わう砂浜を赤色へと変えていった。
砂浜に響くのは怒号と、悲鳴と、断末魔。親の名を呼ぶ声は再び火を噴いた速射性の高い野砲によって消され、片脚の吹き飛んだ妖魔帝国兵の命の火を消し去る。ここに陸軍兵だろうが、皇帝直接指導によって新たに生まれた海兵師団の兵の区別はない。士官、下士官、兵の区別無く鉄は彼等の命を奪っていく。魔法障壁を展開したところで、火砲のエネルギーを前には余りにも無力だった。展開すればひと目でわかるそれに、火砲は容赦なく襲いかかったからだった。
「応射!! 応射しろ!!」
「敵の砲撃地は暴露してるだろ! 海でのうのうと浮かんでいる艦隊はどうした!」
「母ちゃん、母ちゃん!!」
「何が人間共は逃げただクソ野郎! あの上官ぶっ殺してやる!」
「もう死んでいねえよ! 真っ先にバラバラなっちまった!」
「代理の上官はいないのか!? クソッタレ砲兵の連中はどうした!?」
「前にいた海兵はどうした! あいつら自分達の事を選ばれたエリートっていってただろ!」
「バカ、伏せっ――」
「早く、味方を助けにいか――」
「着弾、舟にも着弾するぞ!」
「うわあああああああ!!」
「逃げろおおおおおお!!」
直前まで一発の銃弾も放たれなかった砂浜は地獄と化していた。沿岸砲台の第二射以降も容赦なく降ってくる。ようやく沖にいた艦隊から艦砲が発射されるが、沈黙させた沿岸砲台は一つだけ。それと野砲が二つと、カノン砲が一つ。火線は弱まる事を知らず、むしろ氷魔法による熱差によって壊れない程度の砲身冷却が行われていた野砲については分速八発、九発の勢いで放たれる。
なぜ妖魔帝国軍の反撃が覚束無いのか。
一つはようやく設置完了しようとしていた野砲に着弾して破壊された点。同時に砲弾を置いた場所も狙われた。魔法障壁を展開可能な兵も漏れなく狙われた。結果、既に開始三十分で揚陸させた時点の火砲の三割が破壊されていた。
二つは艦砲射撃にも限界がある点。これは昨夜の夜戦によって重火力を誇る戦艦や装甲巡洋艦に損害が出ており、小破艦の応急修理中もあって予定の火力を出せていない点。さらに、一ヶ月後に控えた大海戦の為に無闇矢鱈には撃てないのもあった。制海権は確保しているから弾薬などは後送されるが、それにも限界がある。
そして三つ。島の東部に砲火力を集中運用させている為にそこらじゅうから放たれており、すぐにはこれらを沈黙させられなかった点である。この時、協商連合軍と法国軍が投入した火砲は全て合わせると約百数十門に及ぶ。これは損害を受けた際に用意してある予備を含めても全体に対して六割の数であり、密度だけで言えば連合王国軍のそれより濃いものであった。
これらによって、戦闘開始からたった一時間で妖魔帝国陸軍は一個大隊を、先陣をきった新設海兵師団は一個大隊と一個中隊を失っていた。
「人間共め、島にある砲火力は限られているだろうに集中運用とは。その勇猛さは認めてやる。だが、制海権はこちらにあるのだ。――艦砲射撃、続けよ。本日分は撃ち尽くして構わん。陸軍を支援せよ」
だが、妖魔帝国海軍提督のクドロフ大将は焦りを一切見せていなかった。あちらの沿岸砲台の射程外から放てる艦載砲を最新の装甲戦艦数隻は搭載していた。三十シーラを越える口径である。既に敵がどこから撃ってくるかは判明したので、重火力の沿岸砲台を中心に狙った。
ヴォルティック艦隊の装甲戦艦から凄まじい砲音が響く。着弾したのは上陸地点から一番近い沿岸砲台。大爆発を確認したクドロフ大将は笑む。直撃だ。あそこにいた人間共は死んだだろうと。
「リチリア島にいるあの指揮官のやり口でしょうね。火力を集中させて打撃を与える点、見事ですよ。相手に不足は無さそうです。ですが、数はこちらが上ですし、補給は届きます。いつまで維持できるのでしょうね? くくくくくっ」
陸軍総指揮官、モイスキン大将はヴォルティック艦隊前方の装甲戦艦から戦場の様をまるで演劇を見るかのように楽しんでいた。上陸させた二個師団のうち、二個大隊一個中隊がやられたが、まだ後方には次の上陸軍二万が控えているし再編成させた予備の一個旅団もある。数的に有利であるのと制海権を妖魔帝国側が握っているから、敵の勢いが弱まるまで耐えればあとはこちらのものだと考えていた。あれだけ撃ちまくっていればそのうち限界が訪れるのは明白だし、そのタイミングで押せば海岸一帯はおさえられるとも。
モイスキン大将の予想は半分は当たっていた。海軍の艦砲射撃によってリチリア島防衛軍の沿岸砲台や野砲などが徐々に弱まっているからだ。しかし、予測に反してその弱まり方が鈍かった。
「防護はしてあるでしょうねえ。たった一ヶ月でよくやったものですよ。まあ、こちらも一ヶ月しか無いので、容赦なく押し潰しますがね。――一個師団を追加で上陸させなさい! 拠点を確保し、敵を追いやるのです!」
モイスキン大将は新たに命令を下す。そして、彼は上機嫌でこう言った。
「私も鉄と血の世界へ赴きますかね」
午後五時前。夕焼けの眩しくなった刻に、モイスキン大将は総指揮官として徐々に海岸地帯を制圧しつつあったキャターニャ砂浜海岸へと向かった。
・・Φ・・
所変わって、キャターニャの西にあるヴォルティック艦隊の射程外に置かれているリチリア島防衛戦総司令部には協商連合一個旅団がおり、そこには南東部から司令部に戻ってきたフィリーネ達がいた。司令部内は魔法無線装置により戦闘の最新状況が次々と届いており、その大量の情報を情報要員達が捌き、参謀達が地図に書き込んでいっていた。
フィリーネはそれらの情報に対して逐一正確な命令を与えていた。
「南東部沿岸砲台、沈黙。通信応答せず」
「もうダメでしょうね。生き残りが逃げ延びれるのを期待しましょ」
「南東部沿岸砲台西の砲兵部隊、二門を喪失。敵火力強まりつつあり、これ以上の火線維持は困難」
「撤退なさい。砲は温存させたいけれど、後退の欺瞞をさせたいから一部だけ残して続行。あとは全部南のウチの旅団と合流。防衛線へ向かわせること」
「主戦線、シャラクーシ展開砲兵部隊もカノン砲一門と野砲四門喪失」
「流石に主戦場だと被害が増えるわね……。兵の損失は?」
「シャラクーシ防衛線の法国及び協商連合の二個旅団、損失は一個大隊と一個中隊。敵の攻勢強く、遅滞防御に変更しつつシャラクーシ防衛陣地まで撤退しつつあり」
「あそこの旅団長二人は優秀ね。基本的には現場の判断に任せると言ってあるだけあって、打ち合わせ通り動いてくれてるじゃない」
フィリーネは通信の内容を聞きつつ、情報が書かれていく地図を見るという並行作業をしながら、頭の中で最前線がどうなっているかを想像する。
最初こそ優勢火力で敵に圧倒的な鉄をぶつけていたが、反攻が整い始めた妖魔帝国陸軍と海兵師団は仕返しと言わんばかりに制圧域を広げており、押され始めていた。
今日の所は潮時か、と考えていると新たな通信が届いた。
「シャラクーシ防衛線、法国旅団第八〇一大隊から通信。戦力の二割を喪失。弾薬は十分なれど、特に魔法能力者の消耗激しいとのこと」
「八〇一は後退させよう。代わりに協商連合の大隊で支えられるかい?」
通信は法国軍大隊が損耗しつつあるというものだった。それに対して、法国軍指揮官のニコラ少将はすかさず反応しフィリーネも適切だと思う命令を出す。いかに師団兵力比において魔法能力者が多い法国とはいえ、敵の複合火力――非魔法と魔法――の前には限界を迎えつつあるようだった。
「そうね、法国の魔法能力者兵にはまだ生きてもらわないと困るから後退がいいわ。代替として、協商連合旅団第二連隊麾下、二〇二大隊を出すわ。二〇二は待機させたはぼ無傷の大隊。大隊長に『死ぬ気でやりなさい。ただし、多く生きて帰ってこい』と通信を送りなさい」
「了解しました」
情報要員は直ちに協商連合軍の指定された大隊に通信を送る。すぐに大隊長から返信は届いた。
『我ら、少将閣下の手足なり。妖魔共の戦意を挫いてみせましょう』
という内容だった。
大隊長からの返信に満足気な笑みをフィリーネは浮かべ、ニコラ少将は二つの意味で感心していた。
「協商連合軍の士気はすごいね。まさに貴方の身体のように理想的な動きを見せてくれる。フィリーネ少将達、協商連合軍が魔法無線装置を大隊単位で持ってきたからかな?」
「この防衛戦に不可欠なのは綿密な連携よ。その為に多少の無理をしたけれど大隊毎に魔法無線装置を配備させられるだけ持ってきたの。当然、貴方達法国軍の分もね。当然、法国の分のお代は請求するけれど」
「財務省がヒィヒィ言いそうだけれど、負けたら元も子もないからね。お陰で僕達も協商連合軍だけでなく自軍同士でも飛躍的に連携力が増しているんだ。協商連合様々だね」
「私達だけじゃないわ。法国軍兵士の国を守ろうとする気概が無かったらこんなに戦えてないもの」
「ありがとう、フィリーネ少将。そう言ってもらえると誇らしいよ」
「新たに通信。協商連合旅団本部より、法国軍の大隊活躍によりシャラクーシ防衛線の態勢整いつつあり。間もなく日没につき、敵軍の勢いは弱まりつつあり」
「了解。敵も四半日に及ぶ交戦で消耗しているのでしょう。その間に作戦通り動きなさいと伝えて。あと、ご苦労ともね」
「了解しました」
時刻は六時過ぎとなり、あと一時間強で日没を迎える。自軍の損失を鑑みて協商連合軍と法国軍の前線部隊は所定の位置にまで後退しつつあった。交戦開始から六時間でキャターニャ砂浜海岸は制圧されてしまったが、敵に追撃を躊躇させる被害を与えさせたのと日没となるのもあって攻勢は弱くなっている。
妖魔帝国軍は午後六時半までに陸軍一個大隊と一個中隊が、海兵は二個大隊が死傷した。合計で約二千の死傷者が発生したのである。
対して協商連合軍と法国軍は、それぞれ一個大隊が死傷。合計で約千二百名が死傷した。
数的不利の人類側より妖魔帝国軍側の方が死傷者が多く、初日は防衛軍側の戦術的勝利と言える結果だった。
「フィリーネ少将閣下」
「なあに、クリス大佐」
「日没後はどうしますか?」
「妖魔共は上陸後の激しい戦いで消耗しているのと同じく、こちらも六時間の戦闘で最前線部隊が疲弊しているだろうから明日に備えさせなさい。無理な夜戦はしなくていいわ。私達は一ヶ月耐えきればいいのだから」
「では夜のうちに後方から武器弾薬の補充をさせます」
「よろしく。ただし、灯りは極力抑えなさい。海にいるヴォルティック艦隊からの艦砲射撃はほとんどないと思うけれど、いい的になるのはよろしくないもの」
「確か、少将閣下の予測では――」
「連中はここまで遠征にきてるから艦隊が放てる弾数には限りがあるはず。大海戦を控えているのだもの、命中率の低くなる夜間砲撃はしてこないはずよ。制海権をとられているから後送の輸送船団から補給は届くでしょうけど、それはしばらく先じゃないかしら。法国とウチの生き残りの、足の早い艦艇が監視線を張っているから引っかかるはずだけど、連絡が無いって事はそういう事よ」
「リチリアが大型の魔法無線装置同士の連絡が可能な距離で助かりましたね」
「ええ、ギリギリだけれどもね。ま、醜態を晒してくれた法国海軍にはこれくらいは働いて貰わないと困るわ」
「でも、問題はこれからじゃないかな。フィリーネ少将」
「そうねえ、ニコラ少将。明日以降はいよいよ敵艦隊に島を包囲され始めるでしょうから海の近くは危なくなるわ。女子供とか非戦闘員の市民は殆ど本土に避難させられたけれど、市民兵として残っている奴らも多い。命令はよく聞いておくだけは伝えなきゃならないわ」
「となると、タレルモの僕達法国の一個旅団は今の位置から少し山側へ向かわせるかい?」
「北側の海は港からしばらく水深が浅いから無理して近付いてはこないでしょうけど、一応そうしておきましょう。連中、威圧はしてくるだろうけれど」
「威圧で済むならいいさ。キュティルの物資保管庫も無事ならまだまだ戦えるからね」
「少将閣下、南側の旅団はどうしますか? あの辺りは山と海が近いですから一番危ないかと」
「南部の第一次防衛線は最悪放棄してもいいわ、クリス大佐。南に関しては東部が主戦場になるから敵は陽動程度しかしてこないでしょうから、キュティルに通じる街道の交差点部分、町を守ってくれればいいの」
「了解。全て作戦通りですね」
「そういう事よ。あの旅団には作戦後期まで残ってもらわないと困るから、温存よ」
日没を迎えてから敵の攻撃もおさまり、協商連合と法国の両軍の指揮官クラスなどで今後についての意見が交わされる。防衛軍にとっての目標は一ヶ月後までに島の西、全体の四割は死守するというものである。その為にはいかに兵力を温存して抵抗するかが鍵であり、積極的攻勢を好むフィリーネにしてはかなり防衛重視の戦い方だった。局地的なものに関しては別であるのだが。
ともかく、リチリア島防衛戦の初日は人類側の勝利と言って差し支えない戦果を上げた。
しかし、血を血で洗う戦いはまだ始まりを告げたばかりなのである。
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