第15話 二カ国軍にとっての攻勢限界とお粗末な法国の首脳部。そして、島の防衛を任されたとある女性将官。

・・14・・

7の月26の日

午前10時20分

シューロウ高地から南西25キーラ・妖魔帝国軍が放棄した拠点

二カ国軍総司令部


 シューロウ高地の戦いと追撃戦で勝利を収めたアカツキ達二カ国軍の活躍は人類側にとって輝かしいものだった。

 キシュナウ攻略を企図していた妖魔帝国軍第十二軍集団二十五万に対して占領したばかりのキシュナウで防衛戦をするのではなく、シューロウ高地にて迎撃。連合王国ドクトリンである『複合優勢火力ドクトリン』を体現し、協商連合もそれを実現するだけの火力を持ちえた為に敵を粉砕した。それらを実現しえたのはひとえに新兵器の投入による敵の混乱であった。

『ボビンドラム』により敵の主攻全面の突破力を奪い、『L1ロケット』によるアウトレンジで総司令部を叩く。後にアカツキ・ノースロードが最も好んだ戦法とする首狩り戦術はここでも成功し、シューロウ高地の戦いは二カ国軍の勝利となった。

 後の歴史家や軍人は語る。私達が妖魔帝国軍であったのならば同じ結末を迎えると。アカツキ・ノースロードの画期的な戦術はそれほどまでに洗練されていたと。

 戦いは続いた。シューロウ高地に続く追撃戦だ。

 妖魔帝国軍第十二軍集団は『L1ロケット』からの攻撃から逃れる為に、また纏めて屠られないようにと軍を三つに分けた。

 西方へ敗走していた妖魔帝国軍は二カ国軍四万の戦力に為す術もなかった。『L1ロケット』の投射。混乱すると、坂道を転がるだけのはずだった『ボビンドラム』は自走して襲いかかる。一度受けた攻撃だから『ボビンドラム』のいくつかは爆発前に破壊したものの統制の取れていない軍隊ではこれを迎撃するのにも限界がある。『L1ロケット』に対しても同様だった。対空レーダー管制による迎撃があったのならば、撃ち落とせただろう。しかしそんなものはどこにもない。あるとしたらエイジスくらいのものである。

 結果的に壊乱した妖魔帝国軍西方分散軍の総司令官は決意した。兵站と防衛用にある拠点まで持たない。だから降伏しようと。

 彼の名はボロニア・アノンスキー。階級は中将。ダロノワの父の旧友であり、旧友を見捨てた罪悪感に苛まれていた部下に心配りを忘れない誇り高き軍人貴族だった。

 なお、彼が後退しようとしていた拠点は恐怖の余り放棄されていた。もっとも、知るのは後になってだが。

 東方へ、正確には南東へ敗走した東方逃亡軍は三つに分散した中で一番被害が少なかった。

 途中まで同様に追撃戦を受けていたものの、二カ国軍三万は追わなかったのだ。この時残っていた妖魔帝国軍の軍勢は四万五千。

 彼等は自分達が信仰する神に感謝した。どんな理由かは不明だが追っ手がこれ以上来なかった事に。

 そして彼等は命からがらブカレシタにたどり着く。ブカレシタにいたのはそれまで死守していてようやく立て直しを始めていた、自分達が見下していた粛清され追いやられていた西方第三軍集団の生き残り六万五千。西方第三軍集団の面々は驚愕した。意気揚々と進軍した第十二軍集団がボロボロになって、野砲などを持ち帰らず逃げ帰ったきたのだから。

 当然、これまで見下された側は心の中でざまあみろとすら思っていた。なぜなら自分達西方軍は本国軍に比べて早くから特に連合王国軍の実力を知っていたからだ。

 ただ、西方第三軍集団の総司令官は違っていた。後方から届いた物資を用いて手厚く迎えたからだ。彼の名は、ニシュ・グラウディン。階級は少将。皇帝の苛烈な政治と改革に反対したが為に粛清され西方送りにされたが、優秀であるが故に死は免れた軍人だ。彼だからこそブカレシタにおける法国軍との戦いは耐え抜けたのである。

 これに敗走した東方逃亡軍の長たる、ラシード・カヴェーリン中将は自身の偏見を後悔し深く深く謝りたい気持ちになった。粛清帝に逆らうなんて馬鹿な事をと侮蔑していた味方に救われたのだから。

 故にこれ以降、ラシードは考えを改めた。味方に対しても、そして人間に対しても。

 中央へ逃亡した死にかけのレドベージェフ大将を含む軍はもっとも悲惨だった。最終的にはレドベージェフ大将どころか副司令官をも失い、戦況を鑑みて早期に降伏した殿一個師団を除く殆どが一帯に死体を晒すことになったのだから。

 結果として、妖魔帝国軍第十二軍集団は事実上の崩壊となった。二十五万はブカレシタに逃げ延びた四万五千とそれぞれ独自に生き延びたのを含めると五万もいなかった。完敗である。

 だが、勝利した二カ国軍もシューロウ高地の戦いを含めると八千の損害を受けていた。そして、損害よりも問題だった面をアカツキを含めて総司令部の大天幕にて議論がなされていた。



 ・・14・・

 「オレやラットン中将の出番はなく勝てた。が、ここが限界だな……」


 「そうじゃの……。兵力は良いのじゃがこのままブカレシタへ向かうのも、法国軍へ援軍を出すのも厳しいの……」


 僕の隣にはマーチス侯爵。マーチス侯爵の隣にいるラットン中将は険しい顔つきで言う。

 大テントの中央に置かれた大きなテーブルにはここ一帯の地図があり、そこには現況が木の駒で表現されている。ここにいる師団長クラスの半数以上と参謀や高級士官が囲んで見つめていた。


 「兵站参謀長、物資と武器弾薬について現状を伝えろ」


 「はっ」


 マーチス侯爵の指示に兵站参謀長はやや暗めの声音で返答すると、手元にある資料を読み上げる。


 「キシュナウ攻略の後に発生したシューロウ高地の戦い及び追撃戦により、我々二カ国軍は想定以上の物資と武器弾薬を消耗致しました。これは友軍が使用する分もそうなのですが、獲得した捕虜がかなり多いのが影響しております。武器弾薬についてはある程度の期間を置けば問題はありませんが、約四万近くに及ぶ新規獲得捕虜の食糧が問題であります……」


 「報告ご苦労。やはり新たな捕虜が物資面を圧迫するか……。後々を考えれば有効利用出来るだけに出し惜しみは出来ん。伝えて降伏させた手前もあるからな……」


 「四万をキシュナウに仮建設した収容所の資材だけでも相当に及ぶからの……。これには儂ら協商連合も協力しておるが、後送まで考えると頭が痛いわい」


 「重ねて報告しますと、この地に約九万いる我々も物資を圧迫しております。兵站参謀長として進言しますが、キシュナウに一度引いた方がよろしいのですが法国軍への手前それは不可能でありますよね……」


 「その辺り、アカツキ少将はどう分析する?」


 マーチス侯爵は僕に意見を求めてきた。

 追撃戦移行は比較的休養は取れたので身体面では問題ないけれど、この問題について考えっぱなしの自分はやや精神的疲労があったけれどそれはなるべく見せないようにして、


 「兵站参謀長が言うように兵站面ではキシュナウへ後退した方がいいのですが、ダボロドロブ攻略を終えた第一方面軍が大量の物資と共に二個師団やってきたので当面はなんとかなると思われます。また、第一方面軍はダボロドロブへ妖魔帝国軍が侵攻してくる気配は空中偵察にて確認しておりませんから追加で一個師団及び物資を輸送するのでキシュナウ及び当地の物資問題は大丈夫かと。それよりも、我々が戻る事によって善戦しているマルコ大将率いる法国軍へ士気の面で悪影響が及ぼされるでしょうし、妖魔帝国軍にとっては我々の約九万は圧力になります。まして、奴等はキシュナウへ向かった友軍が敗北したともう知っているでしょうから圧迫し続ければ後退を選ぶ可能性とありますので……」


 「となると、しばらくはここに留まった方が良さそうだな」


 マーチス侯爵は顎に人差し指を置いて言う。

 妖魔帝国軍第十四軍集団三十万に対して、法国軍は後方から送られた援軍も含めてよく戦っていた。

 妖魔帝国軍第十四軍集団は法国軍十六万がいるノヴァレドへ二十万、四万がいるソフィーへ七万、二万がいるルシェーティアに三万をそれぞれ進軍させて各所で激戦を繰り広げていた。

 数においては不利であるものの、地形を活かしてほぼ互角に渡り合っているんだ。ノヴァレドでは妖魔帝国軍は十七万にまで減じ、ソフィーでは六万。ルシェーティアでは二万五千になっていた。対して法国軍はノヴァレドにいるのが十四万に、ソフィーが五万五千に、ルシェーティアで一万三千。

 これはジドゥーミラ・レポートでも書かれている無能と評される第十四軍集団の総司令官モドルブ・カテニキン大将が働く無能という醜態を示していたせいだね。無論、相手が法国軍の名将マルコ大将というのもあるのだけど。

 ともかく、法国軍は活躍しているといってもいい状態なんだ。だからこそ、僕達も妖魔帝国軍第十四軍集団へ圧迫するためにも下がるのは得策じゃなかった。

 ただ、援軍にいけないのも事実なわけで……。


 「マルコ大将閣下からは魔法無線装置で、『貴軍の大活躍に最大限の感謝を。同胞達の勝利によって我々法国軍の士気は高まっています。まだまだ戦えますよ』と通信が入っているのはありがたい話でありますね」


 「マルコ大将には申し訳ない旨を伝えたが、本当によくやってくれているよ。最も、法国の首脳部には苛立ちを隠せないがね」


 「全くじゃよ。何から何まで行動が遅すぎるのじゃ。援軍はまだ間に合ったからいいものの、それによって様々な手間も生じておる。特に、儂ら協商連合が関わる面についてはの。昨日入った情報がまさに典型例じゃて」


 「リチリア島の、ですか」


 「そうじゃよ、アカツキ少将」


 「協商連合軍はとりあえず二個師団をリチリア島に置くと決めたようですが、正直に申しますとこれは時間稼ぎですよね……」


 「本当にの!! なぜ外国の地に協商連合軍を送らねばならんのだと儂は腹立たしい! しかもただの援軍ではないのじゃからな!」


 ラットン中将が声を大にしてイライラした様子で述べた昨日入った情報というのは、法国と協商連合のとある決定事項だった。

 法国軍は旧東方領の戦線を支えるためについに本国南部の師団まで引き抜く事になったんだ。でも、問題はそこではない。

 ジドゥーミラ・レポートで恐らくは八の月のいずれかであらわれるであろう、妖魔帝国軍海軍艦隊の出撃の対策が七の月末も近付いたこの日にようやく決まったんだ。

 リチリア島。法国南部と南方植民地の中間地点にある交通と軍事的な要衝である南北二十キーラ、東西六十キーラの島だ。ここには法国軍一万五千が開戦以来展開していたけれど、このうち一個旅団五千を引き抜き戦線へ転用すると決まった。

 それまで法国はリチリア島については我々だけでどうにか出来ると豪語していたけれど、今はこの有様。となると、穴埋めは法国軍でどうにかしないといけないんだけどそれも不可能。

 じゃあどうするかとなるわけだけど、これまで再三支援を持ちかけていた協商連合へようやく泣きついたってとこなんだ。

 支援内容は、当初は協商連合艦隊と連合王国艦隊の連合艦隊三個艦隊を送って法国海軍一個艦隊と協調し、妖魔帝国軍が新たに編成したヴォルティック艦隊五個艦隊と艦隊決戦を挑むというもの。

 ヴォルティック艦隊が出撃したとして、ただ海軍だけを連れてくる訳がない。なぜならリチリア島は法国南部へ上陸する為の足掛かりに必須であり、奴等にとっては喉から手が出るほど欲しい場所だからだ。

 ジドゥーミラ・レポートでヴォルティック艦隊の存在を知っているだけに警戒していたし、リチリア島の東側で艦隊決戦を挑みたいと協商連合と連合王国の海軍は考えていた。

 しかし、ギリギリまで法国首脳部がごねた為に協商連合や連合王国にとっては大幅に予定が遅れてしまい、どれだけ素早く動かしても間違いなく準備は間に合わない。何せ共和国の港の使用についても交渉が難航――よりにもよって見返りを求めてきたんだ――した故に結局それぞれの本国軍港から出撃させないといけなくて、となると大陸西方から大回りして法国南部に広がる中洋海まで行かないといけない。三個艦隊という大規模でありしかも二カ国海軍の意思疎通など様々な面において時間は必要なんだ。

 しかも当初の作戦が狂いに狂っていているから修正案と急場凌ぎの作戦立案にさらに時間がかかる。

 結果、支援内容はこのように変わってしまった。


 1、ヴォルティック艦隊は陸軍兵力を伴う為に現状の法国軍一個師団では不足。そこで、協商連合軍は二個師団を協商連合軍先遣一個艦隊――脚を早くするため装甲艦を除いた艦隊――と同時にリチリア島に送る。即時動かせる師団と艦隊なので到着予定は八の月上旬。


 2、ヴォルティック艦隊襲来を遅らせる為に法国海軍は足止めの艦隊戦を決行。協商連合及び連合王国海軍は戦力を無駄に失うと進言するも聞かず、二カ国海軍は最早これを当てとせず、派遣した二個師団を重点として上陸戦に備える。


 3、二カ国海軍の到着予定はヴォルティック艦隊及び敵上陸軍に間に合わないので先んじて派遣した二個師団の救援及び逆襲の為の陸軍派遣が必要となり、輸送艦の手配が追加。作戦立案に大きく狂いが生じた為に、到着は九の月末。


 4、ヴォルティック艦隊のリチリア島到着が遅くとも八の月末なので、リチリア島派遣の師団は一ヶ月の持久戦を必要とする。


 なんというか、お粗末にも程がある酷い話だった。

 軍の失態ではなくて支援を受ける側の政治的醜態で揉めた結果が、外国の軍である協商連合陸軍が無駄に血を流すのが確定のようなものになってしまったんだ。

 当然、外交交渉にあたっていた協商連合外務大臣はそれはもうブチ切れものだったようで、見返りは高くつくと吐き捨てたくらい。僕は協商連合の外務大臣に会ったことがあるから、あの人が激怒するのはよっぽどだなと思った。まあ、こんなんじゃ怒るのも無理はないけどさあ……。


 「ただ、不幸中の幸いなのは派遣される儂らの二個師団の総司令官が極めて有能な魔法能力者女性将官であることじゃな……。我が協商連合が連合王国に途中からはやや遅れたものの改革そのものを推進出来たのは彼女の存在が大きいのじゃよ」


 「ええと、確か名前が……」


 「フィリーネ・リヴェットじゃ。お主よりは年上じゃが、まだ三十と若くして将官に登り詰めた女傑ぞ。つまりお主と同じ、少将じゃよ。そして、軍運用から思想までお主とそっくりな人物じゃ」


 「そう、フィリーネ・リヴェット少将でしたね。私と似た考えの軍人は自分で言うのもおこがましいのですが、珍しいですから」


 フィリーネ・リヴェット少将。協商連合軍においては超がつくほどの有名人だ。僕が協商連合へ訪れた時は、フィリーネ少将は北部で実戦志向の演習を行っていた為に会えなかったけれど、レセプションでは彼女の功績はかなり耳にしていたし、僕も知っていた。

 曰く、協商連合における改革推進の第一功績者。

 曰く、双剣型のSSランク召喚武器を巧みに使って圧倒する女傑。

 曰く、女性将官で魔法能力者にも関わらず模擬戦や演習にて常に最前線に自ら立って姫神が如く戦う戦乙女。

 曰く、戦う様は戦乙女でありながらその笑顔と笑い声は狂人バーサーカー

 そして、曰く戦争に対する姿勢や戦略眼は協商連合のアカツキに類似する点が多い。

 この話を聞いて、まるで前世のあの上官みたいだと苦笑いしたよね。自分が転生した側とはいえ、いやいやまさかと引っかかていた思考をすぐに考え直したけれど。


 「いや、オレも協商連合には素晴らしい女性将官がいるものだと感心したぞ。彼女の功績などは読んだが、今日までに協商連合も軍が大幅に強化されたのに納得したものだ」


 「貴族でこそないが、あやつは名家出身にも関わらず軍人の道を選んでのお。メキメキと才覚を現して今に至るのじゃ。じゃからあやつが派遣に進んで志願したのには驚いたが、儂らとしても今回の件には申し分ない人物故に決定したのじゃよ」


 「となると、ラットン中将。一ヶ月持ちそうか?」


 「いや、いくら彼女とて耐えきれるかは分かりませぬな……。何せ、時間が足らぬ……」


 「手腕と運に任せる他ないと……」


 「リチリア島の全ての命運は、法国軍ではなく協商連合軍の彼女に委ねられそうですね……」


 僕はそうコメントすると、マーチス侯爵やラットン中将だけでなく周りにいた面々も首肯して同意する。

 リイナも興味深そうな表情をしながら、


 「同じ女性として尊敬するわ。絶対生きていてほしい人よ」


 と言っていた。

 フィリーネ少将。一度でいいから会ってみたいものだ。色々と面白い話が聞けそうな人だから、絶対に無事でいてほしい。

 僕は一ヶ月後に起こりうるであろう、リチリア島の戦いで彼女が無事であることを祈る。

 ああでも、その前に僕達がいるこの戦線をどうするか考えなきゃね。

 何せこっちはこっちで課題は山積みなのだから。

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