第14話 妖魔帝国軍を追い詰めたアカツキ達
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「逃走劇ご苦労だったね、妖魔帝国軍。けどお前達も、ここまでだ」
シューロウ高地からの逃走劇を繰り広げた妖魔帝国軍総司令部と直衛の軍。だけど、お前達の運は尽きたと残酷な宣告を僕は口にする。当初は二十五万もいた奴等は今や分散し、目の前にいるのは総司令部直衛にも関わらずたったの数千だった。遅れてここへやってきた敵軍兵士達も、最初に森を出たこいつらと同じように絶望の表情を露にしていた。
「対象、第十二軍集団副司令官ブズニキンを確認。総司令官レドベージェフは馬車内に軍医二名と同行。レドベージェフ、生命反応微弱。他、参謀等数名もいます」
「了解エイジス。総員、即時射撃体制のまま待機。これより降伏勧告を開始する」
僕の命令に部下は無言のままで頷くと、エイジスは拡声魔法の詠唱をする。相対距離はおよそ四百。全員に聞こえる為の措置だ。
すう。とゆっくりと息を吸うと、
「今や瓦解した妖魔帝国軍第十二軍集団へ告ぐ。お前達は包囲されており、退路も僕達が塞いだ。既に満身創痍である上に瀕死の総司令官を抱えていては戦えないだろう。よってお前達に降伏の意志があるのならば我が二カ国軍は受け入れ、捕虜についてもその生命及び扱いに関しても条約に則り保証する。お前達は本国軍であるから、我々の捕虜に対する扱いがどうなのかは知っているはずだ。なお、既に捕虜になっている西方へ逃げた二万五千についても同じ事を伝えたら降伏した。誠意ある回答を求む」
「虚言を吐くな! 野蛮な人間共の捕虜になって無事で済むはずがないだろう!」
真実を伝えると、妖魔帝国軍の将兵からは嘘を言うなという罵倒と二万五千が降伏した事実にショックを受ける二つの反応があった。前者はブズニキン中将を含む士官以上が多く、後者は下士官以下が多かった。だが、後者の中にはブズニキン中将の隣にいる参謀の大佐などもいた。
「二万五千が降伏だと……? では、殿の一個師団はどうなった……!」
「お前達が置いた殿の一個師団はよく戦ったが、これも降伏した。師団指揮官のゲルギエフ少将は兵達の命を尊重して早期に投降した。賢明な判断だよ」
「あの腰抜けめ……。早々と人間共に降伏するなぞ、魔人の恥晒しが……!」
司令官のレドベージェフが瀕死であるから代理はブズニキンなんだろうけど、その彼は四百メーラ離れているここからでも聞こえるような叫び声で部下を罵っていた。
僕はそれを見て呆れながら、
「大声で罵倒する元気があるのならば、指揮官として降伏して欲しいんだけどなあ……」
「まったくね。もう間に合わないでしょうけど、軍医の治療もするのに……」
「レドベージェフの十二時間生存確率、現在で約八パルセント。推測、否、ほぼ確定事項でワタクシ達の軍医が治療を施しても死亡します」
「だろうなあ。さあ、相手はどうするだろう」
「降伏したら?」
「約束は守るよ、リイナ。出来うる限りの治療を施すし、食糧だって配給する」
「なら攻撃してきたらどうするの?」
「残念ながら殲滅だ。ここで消えてもらう」
「まあ、そうなるわよね」
僕とリイナやエイジスが敵の処遇についての話をしている間も、まだブズニキンは何やら喚いていた。よくそんな元気が残っているものだよ。
対して彼の隣に控えている参謀はまだ冷静だった。自身の置かれた状況が分かっているのか、ブズニキンを宥めようとして、それでようやく静かになった奴は途端に静かになった。
それを見計らって、参謀がこちらに大きな声を出して話しかけてきた。あの中ではまだ比較的余裕のある魔法能力者に拡声魔法を付与してもらってだ。
「妖魔帝国軍第十二軍集団参謀本部作戦参謀次長、レルニフだ! アカツキ・ノースロード! お前の、いや、あなたの言っている事は本当か!? 東に向かった我らの友軍はどうなった?」
「東ないし南東方面に逃走したお前達の軍は途中までは追撃戦を仕掛けたが、半壊した所であえて逃がした! ブカレシタにこの戦況を伝えてもらうためにもね」
「完全なる敗北か……。わざと敗走させる余裕まであるとは、ここまでか……。――ブズニキン中将閣下、進言致します。我々の命運は尽きました。西方へ向かった友軍は全滅でしょう。東へ向かった友軍も半壊ではどうしようもありません。そして、我らも残すところ数千。降伏、しましょう……」
「もう無理だ……。降伏を選びましょう……」
「あの人間、アカツキの言う事が本当であれば命まではとられないでしょう……」
「徹底抗戦の余力すらありません……」
「アカツキにあの人形エイジス、リイナもいます。勝てません……」
おそらくあの参謀次長は生き残りの中でもかなり地位が高く、人望もあるんだろう。彼の意見に同調する――そうでなくても降伏を選ぶのが常識的ではある状態だし――士官が多かった。
僕も一応は降伏してくると頭の片隅では思うけれど最大限の警戒は解かない。エイジスもリイナも即攻撃に移れるままだ。
「…………な」
すると、ブズニキンは顔を俯かせたまま何かを言った。表情は分からない。ただ、エイジスは既に感じ取ったのか奴を睨む。拡張現実に表示された奴を囲む四角形は黄色から要警戒のオレンジ色に変化する。
ああ、そういうこと……。
「舐め腐りやがって人間が! 誰が! 貴様等に! 平伏すなど!」
「ブズニキン中将閣下!?」
「お待ちくださ――」
レルニフや周りの士官が止めようとするも数瞬足りなかった。
ブズニキンは短縮詠唱で球形の闇魔法を発射。向かった先は僕。でも、エイジスが事前に魔法障壁を十枚展開していたからそのうちの三枚を破るのがやっとだった。
僕は大きく、大きくため息をつく。見つめる先の視線を鋭くさせて。
「残念だ。とても、残念だよ」
「ま、ままま、待ってくれ! 今のはブズニキン中将閣下が勝手に!」
「お前達の司令官代理は愚かにも攻撃の意志を見せたよ?」
「貴様は俺に逆らうのか!? 攻撃だ! 攻撃しろ!」
「何を仰って!? あ、あああ……」
「総員、斉射。殲滅しろ」
僕は冷たく言い放つ。部下に躊躇などあるはずもない。あれだけ降伏を促したにも関わらず、錯乱気味とはいえ目の前で自身の信ずる上官を攻撃されたんだ。並の魔法能力者であれば障壁を破られ戦死していた魔法攻撃というのもあって、忠実に僕の命令をこなし始める。
魔法銃の射撃、エイジスによる多重魔法攻撃。リイナの氷魔法。まともな戦闘でも十二分な魔法火力が妖魔帝国軍を襲い、反撃の暇もなく蹴散らされていく。
参謀次長が待ってくれと言うけれど待つ理由なんてどこにもない。攻撃されたという事実があるのだし、代理とはいえ司令官自らやったんだ。そんな者を捕虜にする必要は無いし、ああは言ったけれどあの計画にもってこいの人物を捕虜にしてあるのだから。
「誰一人逃すな。味方が包囲しているとはいえ、ここで全員殺すつもりでやれ」
「了解」
「了解しました。自分は魔法騎兵にて四散しようとしている者共を追い詰めます」
「任せたよアレン大尉」
「はっ」
瀕死の総司令官が乗っている馬車を庇っていた兵達を、馬車ごとエイジスが吹き飛ばす様子を見やりながら僕はアレン大尉に対して返答する。拡張現実画面にはエイジスからの情報で真っ先に殺したブズニキンの他にレドベージェフもたった今死んだのが表示されていた。
戦闘はわずか一時間ほどで集結した。既に残党狩りへ移行している。
レドベージェフ、ブズニキンなど第十二軍集団総司令部の面々にとってはあっけない最期だった。
「朝ね。戦場でなければ清々しい天気だわ」
「確かに血の匂いがなければ一日頑張れるような空だけど、あいにく夜を丸々過ごしたからね……。少し眠いや」
「マスターに若干の疲労を確認。帰投後、休養を推奨します」
「ああ、野戦司令部のテントにあるベッドでもいいからちょっと寝たいよ」
いつも携行している懐中時計の針は日の出の時刻から少し経っている事を示していた。朝陽は輝き、空は高く澄んでいる。けれど前方に広がるのは死体の山と未だに燃え続ける森林地帯。天気がどれほど良くてもここは間違いなく戦場だった。
「アカツキ少将閣下、総司令部へ戦況を伝えましたが、処理を終えたら戻って良いと許可が出ました。それと、マーチス大将閣下から直々にご苦労だったと」
「了解。残党を狩るにはもう少し時間を要するだろうから、森林地帯の西方へ向かおう。友軍総司令部へ近づきつつ、指揮は継続する。帰れるのは、夕方かなあ……」
「早く帰りたいものですが、仕方ありませんね」
「そそ。マーチス大将閣下には伝えておいて」
「はっ」
シューロウ高地に続き、その南に広がる森林地帯や周辺で繰り広げられた追撃戦についても二カ国軍は快勝した。開戦以来戦場慣れした兵士や士官の顔も明るい。
「今回も勝った。けど、ここら辺が当面の限界かな……」
だけど、僕の頭の中では山積みになっている問題が常にこびりついて離れなかった。
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