第13話 確信した勝利のはずだった妖魔帝国軍第十二軍集団の末路
・・13・・
7の月21の日
午前1時
シューロウ高地より南50キーラ
敗走中の第十二軍集団総司令部
「どうして、どうしてこうなった……!」
妖魔帝国軍の勝利を信じて疑わなかったブズニキン中将は今や軽傷とはいえ手負いで敗走の途中であった。彼は自分の黒馬――妖魔帝国内の馬はほとんどが黒である――では無く誰かの馬に騎乗していた。
戦闘開始前のような自信に満ちた表情は消え失せ、あるのは絶望と怒りだけである。
ブズニキン中将を始めとした軍集団総司令部は敵の未確認兵器の射程から逃れる為に南へと後退している。これが転身であるのならばまだ良かった。しかし、総司令部の面々は情報要員と幕僚の半数が死んだか重症。残りの内二割は動けるとはいえ手負いだった。ブズニキン中将もその一人である。そして、馬車の中には最早いつ死んでもおかしくない瀕死の総司令官、レドべージェフ大将が悲痛な呻き声を上げて存在していた。現在も魔法軍医と非魔法軍医の双方による懸命な治療が行われているがおそらく長くない。総司令官がこの有様で自分が次席であるから引き継いでいるがとても指揮は出来ずにブカレシタまで逃げようとしているが間違いなく間に合わない。
何故ならば、単なる敗走にしてはかなり疲労困憊の彼の顔が何が起きたか物語っているからだ。
「気が休まらない……。大将閣下をお守りせねばならないが、敵は空からも攻めてくる……。寝たのはいつだ……」
シューロウ高地での敗退以降、妖魔帝国軍に対しては二カ国軍は昼夜を関わらず追撃戦を仕掛けてきたからだ。
例えば当日の夜、二カ国軍が戦闘であえて運用せずに温存しておいた召喚士攻撃飛行隊が牙をむいた。威容を誇っていた妖魔帝国軍第十二軍集団は一箇所に集まると危険だからと大きく分けると三つに分散して後退せざるを得ず、また瀕死の総司令官を抱えている為余りに多いと目立つのでブズニキン中将達の軍は左右に分かれた軍より少ない人数だった。
しかし二カ国軍はこちらの居場所を空から目を光らせているからだろう正確に空爆を行ってきた。
通常時ならともかくこの状態では対空攻撃はまばらであり、しかも敵は命中率は無視して安全な運用上限高度から爆撃をしている。これでは当てられる魔法が限られるのだから尚更混乱に拍車をかけた。
例えば翌朝。司令部機能が喪失して通信が死んでいるのだから左右に分かれた二つの友軍はどうなったか不明だ。総司令部とその直衛師団を含めた四個師団は一個師団を殿として後退した。しかし、空を支配されている以上は結局また空爆。しかもあの遠くまで飛翔して爆発し、司令部を壊滅せしめた槍を放ってきた人形まで出現し恐慌状態へ。一度遠くから砲撃が聞こえてきたので殿はもうダメだろう。
そして、日没が午後八時と遅いこの地域でも深い夜となり日付が変わった午前一時。兵から生き残った高級参謀に至るまで一睡も出来ず精神面もボロボロになりつつある今、ブズニキン中将達残存二個師団相当――一個師団相当は散り散りになって逃亡した。止めるものはいるはずもない――はようやくシューロウ高地南五十キーラに到達して、ブカレシタまで残す所約七十キーラとなっていた。
「森、か……。確か南北十八キルラ。東西はもう少し広かったか……。そんなことはどうでもいい……。だが、これなら少なくとも空からは攻められまい。探知魔法を使わせて伏兵にも警戒しているが……、この有様では限界があるだろうな」
彼等がやっとの事で辿り着いたのはブカレシタから北西六十キーラにある森林地帯、妖魔帝国軍が地域名にちなんで『ドズドランの森』と呼称している場所だ。
平原地帯が多いとはいえ未開発の山脈より西なのでこのように森が広がっている。当然森を迂回していく案も出てはいたが最短ルートはここだ。森林地帯を貫いて整備した街道筋もあるし、何より身を隠すものがほとんどない平原地帯にいては敵の空爆の脅威に晒される。
森の中とはいえ空爆を受ける可能性は高いが東西南北にかなり広大な面積の森だから特定はされにくいだろう。そのために二万は比較的分散させて進ませている。また、伏兵に襲われる危険性もあったが、今は最短ルートを選ばねばならない事情がある。瀕死のレドべージェフ大将を一分でも早くブカレシタへ送りたかったからだ。間に合わない可能性の方が高いが、大将閣下に踏ん張ってもらって生きていてほしいという思いもあって彼はここを選んだのである。
いつもの冷静な状態ならこんな場所は選ばない。しかし、極限の状態になりつつある彼に思考の余裕など存在するはずもなかった。
「それも、これも……、あの外道のアカツキ・ノースロードのせいだ……!」
ブズニキン中将の怒りの矛先は、人形の飼い主であり妖魔帝国軍にとっては悪名高いアカツキ・ノースロードに向かっていた。
全てきっかけを作ったのはアカツキである。奴のせいで二十五万の大軍勢は今やここにいるのは二万のみ。残り二手の友軍もかなり遠くから聞こえる砲声などから無事では済まされないだろうと容易く推測出来た。一体どれだけ減ったのかなど最早検討もつかない。
「ああ、くそ……。今何時だ……」
「一時半であります、中将閣下……」
「……すまん。ありがとう、ヒューコフ参謀」
「いえ……」
「大将閣下のご容態は……?」
「持ってあと二日と、魔法軍医が……。あの攻撃によって、左脚を欠損し右腕も手首から先がありませんから大量出血で……。本格的な治療をしない限りは……」
「大将閣下にはなんとしても耐えてもらわないといけないな……」
「まさか古くからの貴族である高貴な血筋のお方があんなあっけなく吹き飛ぶとは……」
「魔法障壁が間に合わなかった……。私の責任だ……」
「いえ、一枚だけ張れたからこそ死なずに済んだのです。大将閣下も、貴方も……」
「そう、だな……」
顔を俯かせてブズニキン中将は終始答える。とても部下の顔を見れなかった。
道が整備されているとはいえ、照明の魔法でぼんやりとしか灯りが無い中の森林地帯の行軍は不気味である。静かすぎるのが拍車をかけていた。
今のところ探知魔法によれば伏兵が潜んでいるという可能性は少なそうだ。それだけが唯一彼を安堵させて支えている点だった。
しかし、脳内が疲れきってまともに物事を考えられない彼にせよ参謀にせよ恐るべき一つを失念していた。
それは、彼等がエイジスの探知圏内にいる以上は『居場所も行き先も筒抜けになっている』という事である。
午前二時を過ぎた頃だった。
ブズニキン中将達は森林地帯の中央よりやや北側まで到着して小休憩をしていた。
やっと少しは休める。誰もが僅かばかりでいいから気を抜いていたらソレは聞こえてきてしまったのだ。
甲高い風鳴り音。アカツキ達が『L1ロケット』と称するが飛来する音だった。
「ちぃっ!! またか!! またアレか!!」
小休憩の間でもいいからと下馬して寝かけていたブズニキン中将は目を覚まし、悪態をつく。
「うわぁあぁぁぁぁ!!」
「もう勘弁してくれぇぇぇ!!」
「どこでもいいから逃げろぉぉぉ!!」
部下達は情けない悲鳴を口から出していた。
彼等が休息を取っている僅かな部分だけ空が若干空が開けている。そこからは風魔法の白い輝きを放ちながら飛翔するL1ロケットがあった。
連合王国軍がアルネシアの風鳴り針と称するそれは妖魔帝国軍残存の後方に着弾し、いくらかが機転の利いた魔法能力者兵の魔法障壁によって防がれたとはいえ多数が命中し被害が生じる。
「なぜ分かった!? 灯りすら最低限にしていたのだぞ!? その最低限すら捉えたのか!?」
ブズニキン中将は顔を悲痛に歪ませながらも部下が落ち着くように指示を飛ばす。だが混乱は収まらない。再び甲高い風鳴り音が響いたからだ。数はシューロウで聞いたものより少ない。が、そんなことはどうでもよかった。
「南下するぞ! このままでは大将閣下が危ない!」
「りょ、了解!」
「南下! 南下!」
「早くブカレシタに帰らせてくれぇぇぇえ!」
妖魔帝国軍残存軍はとにかく南へ、南へと逃げる。森を抜けるには彼等の距離単位であと八キルラほど。全速で走れば午前三時には抜けられる。
しかし、妖魔帝国軍にとって二カ国軍というのは悪夢の体現であった。まだまだ攻撃が止まないのである。まず発生したのは北からの爆発音であった。L1ロケットよりも大きい。
「今度は!? 空からという事はまさか!」
「空襲です! それにこれは、森が、燃えている!?」
「魔石の爆弾の中身を変えたのか!?」
「北が燃えて、待て待て待て待て! 空爆がこちらに近付いているぞ!?」
「そんなぁぁぁぁぁ!?」
「このままでは丸焼けだ!」
「…………奴らまさか」
泣きっ面に蜂の如く、ついに壊乱した部下の様子を止めることなど出来ず、ブズニキン中将は顔を青ざめて言う。
空爆の位置は爆発音からして一番後方の周辺から聞こえてきていた。次の着弾は少し近付き、その次の着弾はさらに近付く。
しかも使われているのはこれまでのような爆発系火属性魔法ではなく、延焼効果の高い系統の火属性魔法。それらは東西に広く投下され、すなわち彼等は南に逃げるしか無くなっていた。
こうなると森にいた妖魔帝国軍残存軍は混乱に拍車がかかり組織的は困難となる。
「今だ、かかれぇー!!」
「吶、喊!!」
「あ、うわああああああああ!?」
「連合王国軍!? どうしてここに!?」
それを見計らったように、残存軍がいる地点からやや離れた場所から突如として出現した、妖魔帝国軍を挟むように左右にいたのは赤ではなく緑色の軍服――正確には戦闘服――連合王国軍だった。規模はおよそ一個連隊。複数列とはいえ細く伸びた妖魔帝国残存軍に対して夜襲を仕掛けた彼等は全員が魔法を使っており魔法銃を持っていた。
彼等の正体は二個連隊基幹『アカツキ旅団』の連隊の一つであった。緑色の軍服は元より使われる予定だった戦闘服であり、今回用いられることになったのだが、夜闇でもこの軍服は真価を発揮した。ギリギリまで魔力を隠匿させていたのもそうだが、夜の色では視認しづらくしかも木々の自然と溶け込んでいて尚更見つけづらいのである。ただし味方からすれば妖魔帝国軍とは明らかに違う軍服のため一目瞭然。味方にとってはよし、敵にとっては最悪の衣服であった。この戦闘服を旅団分導入したのは無論アカツキである。
「近接戦闘だっっ! 全員打ち崩せっっ!」
「うぉぉおぉおぉ!!」
「ちぇいやああああああ!!」
「瞬脚、身体強化完了! でぇぇぇやああぁぁぁ!!」
凄まじい気迫と魔法能力者にも関わらず近接戦闘の訓練も施されたアカツキ旅団の一個連隊は、そもそも奇襲であった点と正確な支援射撃もあり残存軍の統率力を完全に奪い圧倒していた。彼等は元々妖魔帝国軍が逃走していた南へとまるで猟のように追いやっていく。
妖魔帝国軍は次々とアカツキ旅団の連隊に狩られていき、僅か一時間で逃走した者を除き死ぬか捕虜になるかのどちらかになっていた。
戦闘が一段落して、指揮官である連隊長のウィンザー大佐は部下にとある事を聞いていた。
「敵の中将はどこだ?」
「申し訳ありません、時間稼ぎをされ逃げられました」
「南に逃げたか?」
「恐らくは。分断した北側の敵に関しては狩猟状態であり、逃げた者に関しては深追いはしていません。どうせこの森一帯はこちらの勢力圏になりつつあるので」
「南に逃げたならいい。我らが少将閣下が待ち受けているのだからな。こんなにも夜襲が上手くいくとは思わなかったが、寝ずの行進をしていたのだから仕方ないか」
「おまけに指揮官を失ったも同然でしょうからね。あとは、フィナーレをアカツキ少将閣下が飾ってくれるでしょう」
「ああ。ならば我々は残党狩りを続けるぞ」
「はっ!」
アカツキの部下達がこのような会話をしているなか、午前四時前。あと一時間と少しが経過すれば朝日が出始める頃。ブズニキン中将はレドベージェフ大将を載せた場所を命懸けで護衛し、今やバラバラになってしまったが為に数千にまで減った総司令部直衛部隊でなんとか逃げ切りもうすぐ森を抜ける地点まで来ていた。
「やっと、森を……!」
「後ろは大火災です……。森は火に包まれて……」
「人間共め……、我らを火炙りにしようとするとは、卑怯な手ばかり……!」
どんな作戦も人間が行えば卑怯と決めつけるあり、ブズニキン中将は魔人至上主義者である。彼等はその人間達に追い詰められているのだがそのような事まで考えられる余裕は最早彼らにはない。
森の出口が見えてきた。魔力を隠蔽しギリギリまで存在を隠し、友軍を屠った伏兵からは何とか逃れられただろう。銃声や魔法による攻撃音が遠くなってきたのがその証拠だ。
後はこの森を抜ければブカレシタに辿り着く。こう思っていたがしかし、やはりブズニキン中将達の運命はここまでであった。
それは森を抜けた直後だった。まもなく空が白んでくる時間だが、まだ暗闇である。しかし暗闇からでもぼんやりと浮かんだ何かがいた。
そしてそこから証明用魔導具と灯りの魔法、さらにはブズニキン中将達がいる上空には照明弾が撃たれた。
「そ、んな……」
「おしまい、だ……」
「忌々しい、人間め……」
最後の発言はブズニキン中将。
馬さえ失い自らの脚で逃げていた彼は眼前の光景に立ち尽くす。部下の中には絶望の余り膝をついてしまっていた。
彼等の前、退路を塞いでいたのは伏兵と同じ戦闘服を着用していた一個連隊としてはやや少ない歩兵と騎兵だった。歩兵は魔法銃を構えておりいつでも射撃可能な状態だった。魔法銃を構える者の後ろには一個大隊を少し下回る馬に騎乗している者達。彼等は連合王国軍アカツキ旅団のもう一つの連隊所属員であり、騎乗している一個大隊は騎乗経験のある者だった。
ということはつまり、当然騎兵部隊の真ん中には彼がいたのである。
「アカ、ツキ……」
ブズニキン中将達を馬上から冷たい視線で見下すアカツキ。右隣に浮かぶは魔法の多重展開を始めたエイジス。左隣にはいつでも自身の魔法を放たれるようにしているリイナや、アカツキの部下アレン大尉達がいた。
「逃走劇ご苦労だったね、妖魔帝国軍。けどお前達も、ここまでだ」
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