第12話 新兵器と首狩り戦術による効果は絶大で

・・12・・

 同日

 午後3時45分

 二カ国軍総司令部付近


 「L1ロケット第一波約六百、敵総司令部着弾。全くの不意打ちにより、約八割が効果認むる。全体の六パルセントが不発」


 「よし、よし! 不発弾が出るのは予期してたけれど、十分な成果だ。妖魔帝国軍の総司令部は大騒ぎだろうね。しかもエイジスが展開した何も出てこない見かけだけの魔法陣で全部やったと勘違いしてるだろうから、今後はエイジスが出てくるだけで恐怖心を煽る事が出来るよ。実際は全く違うし、今後はこうしなくてもいいけれど」


 僕は投入した新兵器が総司令部に直撃し、単眼鏡の観察からでもかなりの被害を与えた事に満足気に笑んでいた。人によっては、獰猛なそれに見えているかもしれない。

 自分の目で敵の頭たる司令部に大打撃を与えたのを目撃した友軍の将兵は大歓声を上げていた。


 「作戦成功ね、旦那様。エイジス、損害詳報を教えてくれるかしら?」


 「了解。現在解析中。――ジドゥーミラ・レポートからの照合完了。妖魔帝国軍第12軍集団総司令官、レドべージェフの魔力反応に急激な低下。推定、重症。副司令官ブズニキン、推定軽傷。他、総司令部通信施設の破壊と要員に多数の死傷者発生。さらに総司令部幕僚にも死傷者多数。推測、敵総司令部の機能喪失」


 「上出来さ!! エルキス参謀! マーチス大将閣下にお伝えして!」


 「了解しましたぁ! お任せ下さい!」


 僕は昂った気持ちで同じように敵軍の観察をしていた若い男性の参謀に、すぐにマーチス侯爵に戦果を伝えるように言う。彼は新兵器の効力を目の当たりにして高揚しているのだろう。威勢よく返答してすぐそこにある総司令部テントに駆け込んでいった。


 「協商連合の『ボビンドラム』も上々の戦果だったけれど、私達のも決して負けてはいないわね。いいえ、むしろ大戦果よ」


 「兵站に無理を言って量を増やしたのは正解だったね。ホーネスト大佐、速やかに第二射を――」


 「ご安心を。既に第二射は各自判断で作戦通り準備中。間もなく放てます」


 「完璧だよ。第二射以降は魔法障壁で防がれる数が増えるけどそれでもいい。端からこの兵器に求めてるのは威力ではなくて、心を揺さぶる点にあるからね」


 「アカツキ少将閣下の作戦に対する慧眼、尊敬致します。いやはや、まさかこれほどまでとは!」


 新兵器の投射指揮を行っているホーネスト大佐は素晴らしい! と感動の余り上ずった声で敵軍総司令部を眺めていた。

 彼はマーチス侯爵の派閥に属していて、技術者上がりだけど現場に来ている珍しいタイプの魔法能力者の軍人だ。とある兵器を発想とした僕の発案に対して、たまたまその場に居合わせた彼は興味津々となり自分に是非やらさせて貰いたいということで今回の新兵器、『L1ロケット』の運用責任者でもある。

 元から想定していたとはいえ、このような早期に訪れるとは思わなかった戦いに対して用いた新兵器は二つ。

 一つは魔法科学によって珍兵器ではなく名兵器に変貌を遂げた『ボビンドラム』。流石に第二波以降は一部が爆発前に破壊されてしまったけれど、統制の取れていない兵士が防ぎきれるはずもなく損害を与えていた。

 そしてもう一つは、この世界においては異例の射程距離を誇る飛翔兵器、『L1ロケット』だ。


 「『L1ロケット』は、最大射程二十キーラですが、敵がゆっくりと前進してくれて助かりましたね。諸元入力も楽でしたし、何より最大射程で発射するよりも命中率は高まります。二十キーラ先に届く時点で、世界初の遠距離攻撃兵器ではありますが」


 「まさか妖魔帝国軍は総司令部まで飛んでくるとは思わなかったでしょうね。その結果が今だもの」


 「全くです。ええ!」


 「かなり上機嫌だね、ホーネスト大佐」


 「それはもう! 何せ、自分は歴史に刻まれる瞬間にいるわけですから! しかも倉庫に眠っていた『コングラーヴ・ロケット』が大化けしたんですよ!」


 「はははっ。確かにね。『コングラーヴ・ロケット』は最大射程三キーラ。火薬の推進のみだったからね。だけど、魔法と魔法科学があればこの通りさ」


 「自分は今、震えておりますよ! ああ! まさか自らの名前が載るだなんて!」


 「軍の教科書に間違いなく載るさ。最高の名誉だよ」


 「はい! はい!」


 ホーネスト大佐は感激が治まらないという様子だった。

 この新兵器である『L1ロケット』、実はかなりの短期間で完成したんだ。理由は元ある兵器を参考にして作り上げたから。

 元ある兵器というのは、前世に存在していた『コングリーヴ・ロケット』に類似した兵器『コングラーヴ・ロケット』。どうやらこの世界でも似た名前の人が二十数年前に開発はしていたらしい。平和な世界だったから実験と多少の試験運用しかしていなかったみたいだけど。

 ジトゥーミラの戦いから帰還してから、僕は外交とリイナとの結婚の準備だけをしていたわけじゃない。多忙ではあったけれど、たまたま軍の書物庫で本を読んでいた時にこれを見つけたんだ。

 そこで、ピンと来た。魔法の力を使えばもっと遠くに飛ばせるんじゃないかと。結果的にそれは正しかった。協商連合で新兵器を見せてもらったあの見学の際にこの話をちらりとしてみたのだ。というのも、このロケットを元に作ってみようとなった際に課題がいくつかあったから。

 すると、協商連合の技術者からヒントをいくつか貰った。それが解決の糸口になったんだ。

 無論、当時の協商連合の技術者は、


 「何を作るんですか? 興味深い匂いはしますけど」


 と聞かれたけれど。

 帰国してからはすぐさま改良案を提示した。あとは連合王国の技術者と魔法科学研究所の溢れる才能が見事作り出してくれたんだ。

 それが、『L1ロケット』ってわけ。

『L1ロケット』の性能は次の通りだ。


 正式名称:『L1ロケット』

 通称:アルネシアの風鳴り針

 開発:連合王国軍魔法科学研究所

 生産:王立工廠アルネセイラ工場/ドルノワ工業/オランディアインダストリアル/ミュルヘル・ヨークインダストリー

 最大射程:中型・20キーラ(型式:L1M)/大型・10キーラ(型式:L1L)

 搭載爆薬:中型・30キラ/大型・50キラ

 推進方式:三段階仕様。発射時・火薬/飛翔時・風魔法内包魔石/落下時・風魔法内包魔石

 飛行補助:尾部補助翼搭載。姿勢制御用。


 性能からしたら、『L1ロケット』は『コングラーヴ・ロケット』を凌駕するものだ。何せ射程が段違いだからね。

 発射時はこれまでと同じだけれど、そこから高く飛行する際には、先端部に付けられた爆薬の下、真ん中よりやや上に付けられた遅延発動術式が組み込まれた風魔法内包の魔石が左右一つずつセットされたものが発動する。

 そして最大高度から落下する際には真ん中よりやや下に付けられたこれまた左右一つずつセットされた風魔法内包魔石が遅延術式で発動。自由落下も相まって時速百キーラ以上で落ちてくるわけだ。

 搭載爆薬は今回発射した中型で三十キラ。これ以上は兵器の耐久性――元の兵器より早くなるから材質を変えたので兵器そのものの重量が増したんだ――及び射程距離が限界なので控えめな量になった。それでも三十キラだ。大型なら射程は半分だけど搭載爆薬は五十キラにもなる。

 一からの開発ではなく、元ある兵器の改良みたいなものだから製作にはほとんど時間がかからず、姿勢制御など幾つかは前世ではソ連軍が開発した『カチューシャ』を参考にさせてもらってアドバイスをした。それに対して魔法科学研究所の貪欲な知識欲を持つ研究員は派遣――このあたりはマーチス侯爵に便宜を図ってもらった――された軍技術研究所の技術者と合同で僕の雑なスケッチを再現してくれた。

 結果、結婚式が終わった頃には開発完了。試験を行った後に図面を国内の工廠や会社に回して製作依頼。幸い、小銃の生産が一段落していたから各工廠等は仕事が欲しかったらしく工場の空いた部分を稼働させて生産をしていった。

 これも元の兵器が複雑ではない作りだったので生産には手間取らず、しかし期間が短かったので六の月末までに用意出来たのは約二万五千発だった。

 それらは前線に運ばれ、本来は後に予定していたブカレシタ戦に使う予定だったけれど、急展開が起こったので今初登場になったという具合だね。


 「提案から開発完了までかなりの急ぎだったのにここまでやり遂げてくれた魔法科学研究所と技術者には感謝しないとね。褒賞は手配しておくよ。それと、生産してくれた会社にもさ」


 「そうして頂ければ喜ぶと思いますよ。自分もですがね」


 ホーネスト大佐も僕の無理を叶えてくれて、戦争において多大なる貢献をしたわけだからこの後にある勲章や報奨金を想像したのか見ている僕も気分が良くなるくらいの笑顔で言う。


 「さて、第二射ですよ。相手はまだ慌てふためいてますね」


 「私が妖魔帝国軍側だったらあんな風になっていたわよ。カノン砲ですら届かない距離から当てられているのだもの」


 「僕もだね。敵からしたら悪夢だよ、これは。おまけに司令部機能が第一射で死んだんだ」


 「流石は首狩り戦術で名高いアカツキ少将です。お味方であって本当に良かったと思えるほどですよ。この光景を見たらより強く感じます。――了解。第二射を始めろ」


 ホーネスト大佐が隣に控えている魔法無線装置の要員から準備完了を受け取ったので即時発射許可を取る。

『L1ロケット』は発射台が二タイプ同時生産されており、L1M十連発射台が六十基、L1L十連発射台が三十基がこの戦場に存在している。

 L1M十連発射台から、再び六百発ものL1Mロケットが発射された。火薬発射の後には風魔法推進による風鳴り音が戦場に響き渡る。これは敵に対して相当な恐怖を与える音になるだろうね。

 そして、丁度発射されたくらいにマーチス侯爵とラットン中将が現れた。僕とリイナやホーネスト大佐等は敬礼すると、二人とも喜色の笑みを浮かべて答礼する。マーチス侯爵に至っては普段の威厳ある姿からすると珍しいくらいに破顔していた。


 「戦果は上々のようだな、アカツキ少将。見ての通り敵の混乱に乗じて前線には吶喊を命じておいたぞ」


 「壮観じゃのお。空高く舞い、敵に大いなる打撃を食らわせた連合王国の新兵器は賞賛に値するわい」


 「ありがとうございます。マーチス大将閣下、ラットン中将閣下」


 「改めて、オレが貴官の義父であることを誇りに思うぞ」


 「儂もこんな孫が欲しいわい。いや、儂の孫も優秀じゃけどな?」


 「感謝の極みにございます。しかし、無茶を実現してくれたのは研究員や技術者。そして各会社の従業員と、輸送をしてくれた兵士達です。彼等には褒賞を与えてくだされば、私は満足ですよ」


 「だから貴官は部下に慕われるのだ。見ろ、隣にいるホーネスト大佐なぞ喜色満面ではないか」


 「し、失礼しました。つい、つい想像してしまいまして」


 「気にするな。ホーネスト大佐はよくやってくれたのだから勲章等は期待しておけ」


 「はっ! ありがとうございます! アカツキ少将閣下、貴方と偶然出会えた縁に最大限の感謝を!」


 「いいっていいって。内地で暮らしている奥さんや子供には楽な生活をさせてあげるよう僕も便宜を図っておくからさ。しばらくの間、出ずっぱりにさせてしまったんだし」


 「あ、ありがとうございまずぅぅ……」


 苦労が報われたのか、ついにホーネスト大佐は感極まって涙ぐんでしまっていた。僕やリイナは彼の肩を叩いて健闘を讃え、マーチス侯爵やラットン中将は微笑む。


 「いやはや、せっかく北ではアルヴィンや息子がダボロドロブを制圧してこちらもキシュナウを抑えてようやくと思っていたのにこれだから焦ったが、どうにかなりそうだな」


 「はい。シューロウ高地の戦いは勝利となるでしょう」


 マーチス侯爵が言うように、僕達がキシュナウを間もなく制圧という時点で北のダボロドロブで戦うアルヴィンおじさんやルークス中将は敵の頑強な抵抗を受けながらも予定の範囲でダボロドロブを占領。その後にキシュナウを占領してこの事態だったんだけど、アルヴィンおじさんからはこんな通信が届いていた。


『ノースロード家の誇りたるアカツキがいる以上、勝利を確信している。マーチス大将閣下やラットン中将もいるのだから負けないだろう。気張らず、深呼吸してみるといいぞ。お前なら絶対に打開する案があるんだからな。――追伸、間に合わないかもしれないが次に備えての援軍として手が空いたこちらの一個師団を送る。ノースロード領の師団だ。助けたいと強い希望があったからきっとお前の役に立つ』


 アルヴィンおじさん、アドバイスは嬉しいけれど追伸で重要な部分を送るのやめようね!?

 と僕は思ったけれど別途ちゃんと送られてきていた。なんというか、アルヴィンおじさんらしいとは思ったけどさ。


 「マーチス大将閣下、最前線から通信が届きました!」


 「おお。読み上げてくれ」


 第三射、第四射とロケットが放たれる中で、総司令部のテントから情報要員の士官が最前線からの知らせを伝えにやってくる。

 マーチス侯爵は表情を軽くだけど引き締めて言うと、情報要員は読み上げを始めた。


 「前衛四個師団は濃密な後方火力支援とアルネシアの風鳴り針によって司令部機能を失い混乱した敵を川へ追いやりさらに進撃。架橋は破壊し、逆にこちらが架橋を開始。さらには敵が構築した渡河用通路を再構築しつつ川南へ到達。最前線は現在、敵前衛と衝突し打ち崩しつつあり。敵の損害は魔物軍団を含め推定五万から六万とのこと!」


 「ほう、既に妖魔帝国軍は二十万を切ったか。中央はどうだ?」


 「中央は予定していた『ボビンドラム』の攻撃を終了し、前進を開始。その、第五師団師団長はアルネシアの風鳴り針を『アカツキ少将閣下の首狩り爆弾』と呼んでおりまして、士気昂りいつでも突撃出来ると」


 「ははっ、アカツキの首狩り爆弾か。間違ってないだろう。第五師団は彼の故郷の師団だ。希望通り許可を出す」


 「了解しました」


 「損害は?」


 「味方の死傷者は約三千から四千という推測が上がってきております。ただし、報告からは半数程度は治療すれば前線には戻せると」


 「やはり魔力に優れる魔人達相手となるとこの有利でもそれくらいは出るか……。一般も魔法も手厚く用意させている。惜しみなく使ってやれ」


 「はっ!」


 戦況は相手の予想を大きく覆しているであろう、二カ国軍に有利な状態だった。それでも味方に三千から四千の損害が生じたのはマーチス侯爵が言うように魔法能力者の魔力量の差があるからだね。混乱している中でも抵抗する者がそれなりにいるあたりは流石は本国軍というところだろうか。

 でも、シューロウ高地の戦いの勝利はこちらのものだ。既に反転攻勢の追撃戦に転じているのだから。


 「マーチス大将閣下、もう夕暮れ時ですね」


 「ああ。時刻は午後六時半だ。あと一時間半もすれば日が沈む」


 戦況は僅か四半日で大きく変化した。絶え間ない火力投射――大量射撃に耐えうる兵站と砲身が焼け付く前に氷魔法で冷やすという手法を取っているからこそだけど――によって魔物軍団はほぼ消えたといっていいし、本国軍ですら一個師団相当の戦力が僅かな時間で喪失。

 そして何よりも大きいのは、総司令官たるレドべージェフ大将が重症を負って指揮不能にされた上に司令部機能は壊滅した。つまり組織的戦闘をする頭脳がやられたんだ。その総司令部があった後方は『L1ロケット』の射程内にいたくない恐怖の一心で後退している。そんなものを見せられれば中央や前衛に展開していた軍も後退する。そこへ二カ国軍の大きな衝撃力を伴った突撃だ。妖魔帝国軍が統制射撃が出来ないから、現場判断で竜騎兵も投入され、敵軍は余計に混乱する。

 あれだけ整っていた妖魔帝国軍第十二軍集団も今やバラバラになり、南へ南へと逃げていた。


 「マスター。総司令部を含む後方軍は大きく南へと後退していきます。中央や前衛も追随する形で潰走していますが、この先にあるのは」


 「ああ、そうだねエイジス。奴らにはまだまだ、悪夢を見続けてもらわないと」


 「旦那様は戦争になると、いい性格をしているわよね。そこもまたゾクゾクしちゃう面だけれども」


 「これは相手が仕掛けてきた戦争なんだ。だから、相応の代償は支払ってもらわないとね」


 僕はシューロウ高地より南に広がる地形を頭で思い浮かべながら、きっと悪役のような笑顔をしていると思う。

 さあ、妖魔帝国軍。戦争を続けようじゃないか。

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